どのように「クオンタムリープ」を成し遂げるか?

だが、日本にはかつて、敗戦の焦土の中から奇跡的な「クオンタムリープ」を成し遂げた力がある。問題は、過去に成功したモデルをどう変えるか、どのような社会を目指すかにあると、出井氏は言う。

「今回の大震災は、私たちにとても大切なことを気付かせてくれました。一つは、自然との向き合い方、一つは近代科学技術との付き合い方、そしてもう一つは、東京と地方の関係を見直すことです」

日本は、不安定なプレート上に位置する島国だ。山が多く、多くの人が海と山の間に暮らすことを選択せざるを得ない。巨大な地震や津波とともに生きていかねばならないのはこの国の宿命だ。そして、日本人は古来より、そういう地理的条件のもとで自然と共生する暮らし方を築き上げてきた。ところが、戦後の経済成長期に、成長に目を奪われるあまり自然との距離感を失ってしまった。

「自然とのまっとうな距離感を取り戻し、自然と共生するまちづくり、国づくりに取り組んでいかなければなりません」

それは、時計の針を過去に戻すということではなく、伝統的な日本の知恵を、現代の技術で改めて具現化することだ。そういう形で日本を再設計することが求められている。

もう一つの大きな教訓は、私たちが原発についてあまりにも無知だったということだ。原発は、近代科学技術の象徴だ。日本は科学技術の力で国を豊かにしてきたが、いま改めて科学技術との向き合い方が問われている。

「原発は、単純に廃止したところで、寝覚めの悪い解決策にしかならないんじゃないかと思います。かと言って、安易な推進策に与するわけにもいかない。日本の技術者が総力を挙げて、輸入ものの技術に頼らず、本当に安全なものをゼロから作り直す道を考えてもいいのではないか」

出井氏は問題を投げかける。

原発の問題は、都市と地方の関係の縮図でもある。戦後の成長モデルは、あらゆるインテリジェンスやリソース、権限を東京に集中させ、東京を富ませることを目指していた。そして、東京が成長するための代償を、地方は担わされ続けてきた。

「戦後のビジネスモデルは、東京の巨大なメインフレームが全てを処理して、地方はダム端末で入出力だけを行っているようなものでした。それは70年代、80年代までの発想で、自律分散型のインターネット時代にはそぐわない。PCやスマートフォンのような高機能端末も当たり前になっているいま、地方がインテリジェンスとリソースを持って、新しいものを自由に作り出していけるような社会モデルに変えていくべきです」

アジアとの連携に力を入れるのはなぜか?

アジアとの連携に力を入れる理由も尋ねた。

「アジアは、昔の日本がやったことにいま取り組んでいます。"世界の工場"として、規格化されたものをたくさん作っている。ただ、そこにはイノベーションが少ない。2020年にはアジアが世界のGDPの四十数パーセントを占めるというレポートもありますが、イノベーションを生み出さなければ、図体がでかいだけと言われても仕方がない」

アジア発のイノベーションを起こす。そのために日本とアジアが連携する。その思いが、AIFへとつながっている。

アジアの期待に応えていくことも、日本がアジアと連携する大きな意義だ。

「アジアの一番のニーズは都市化です。例えば中国では、一週間で100万都市が一つ必要になっていると言われています。日本の都市づくりのノウハウや技術で、アジアのニーズに応えられるものもたくさんある」

アジアは、多くの貧困層を抱えている地域でもある。

「お金も技術も持つ豊かな日本が、アジアの中でできることはたくさんあります。"開国"というと、移民の受け入れとか、英語教育をどうするとか、そういう話になりがちですが、そうではなくて、弱きを助ける意味での開国を目指すべきです」

そのために、まず日本がもっとしっかりしなければならないというのが出井氏の考えだ。

AIFの主要テーマ

AIFは今年で5回目を迎える。今年は、震災からの復興が大きなテーマだ。だが、「元に戻す」ことが復興の目的ではないと出井氏は言う。

「以前の状態に戻したところで、20年間停滞している"冷蔵庫"の状態に戻るだけです。そうではなくて、ゼロから新しいモデルを作り直すことを目指さなければならない。コンピュータで言えば、OSを新しく作り直すようなものです」

集中処理のメインフレームに求められるOSと、インターネット時代の分散処理に求められるOSでは、自ずから機能が変わってくる。それと同じように、地方の自立を促し、自然との共生を目指す社会に求められるOSは、都市一極集中、経済成長優先主義の社会で作り上げたOSとは異なる。

こうした日本のグランドデザインを議論するセッションが、20日の午前中に予定されている。

クオンタムリープ社が、新しいOSの象徴として注目しているのが、「スマートシティ」だ。被災地復興のための手段としても期待を寄せており、AIFでも「東日本復興の障害と可能性―『東北スカイビレッジ構想』を題材に」(20日14時~15時40分)というセッションを予定している。

「『東北スカイビレッジ構想』は、若手建築家、迫慶一郎氏が運営するSAKO建築設計工社を中心に作り上げた具体的な復興計画案です。例えば仙台平野には高台がありません。そのため、津波から逃げる避難場所がなく、大きな被害を受けました。ですが、平野部で生まれ育った人は、平野でまた暮らしたいという要望を持っています。その要望を満たしつつ防災を実現するため、田園に浮かぶコンパクトシティという形を提案しています」(クオンタムリープ)

この構想の根底には、まさしくOSの設計思想がある。津波で地盤が緩んでいる土地の上に、各人が個別に家を建てようとすれば、基盤整備があちこちで何度も発生する。極めて非効率だ。そこに「スカイビレッジ」という"OS"を導入すれば、基盤整備は一度に集中的に行うことができる。その上に各戸を建てれば、トータルのコストを抑えられる算段だ。

「スカイビレッジ構想」は、出井氏が指摘した「自然との共生」を現代の科学技術で具現化する試みでもある。津波を防潮堤で食い止めるのではなく、津波を起こるものとして受け入れ、その上で津波の力をどう逃がすかという設計上の工夫がなされている。そして、この構想が実現すれば、地方活性化の文脈でも大きな意味を持つに違いない。

また、この構想は、アジアの都市化ニーズに応える試金石としての意味合いもある。アジアの都市化ニーズは、都市部にとどまらない。貧しい農村部の生活レベルを一気に一定程度上げるための手段として、農村部をスマートシティ化することも期待されている。津波で被害を受けた仙台平野にまちを作るこの構想が具現化すれば、農村部のスマートシティ実現にも弾みがつくはずだ。

AIFではさらに、シンガポールのSingbrigde社のCEOを招いて、「21世紀型スマートシティをどう実現するか?‐東北から自然共生型スマートシティで日本を変える、世界を変える」(20日16時~17時30分)というセッションも予定されている。

「Singbridge社は、スマートシティのシステムを組み上げる分野で先行している企業です。日本は、要素技術は得意でも、システムに組むところが弱いとよく言われます。新幹線は、システムを世界に売り込んでいる例ですが、スマートシティも、システムを作るところに取り組んでいかなければなりません。先行企業の事例から、そのノウハウを学ぶセッションです」(クオンタムリープ)

他にも、出井氏も指摘した原発を巡る議論や、ICTの未来像、復興を支える金融のあり方、官僚のリソースをどう活用するかなど、新しい日本の姿を考える上で興味深いセッションが目白押しだ。若手起業家やエンジェル投資家がアントレプレナーシップについて語る、学生向けの無料特別セッションもある。

AIFの特徴は、参加者が自由に議論に参加することにある。「新しいアイディアやビジネスは自由な議論の中から生まれる」という出井氏の信念のもと、各自の考えを率直に発言し、自由に議論できる環境を作り上げてきた。

セッションのテーマに関心がある人はもちろんのこと、通り一遍の見解ではなく、ユニークなアイディアに活路を見出したい人や、「我こそは」と思う意見を持っている人にとっては、特に実りあるフォーラムになるに違いない。