東京工業大学(東工大)は8月19日、細胞内分解システム「オートファジー」が、動く遺伝子「トランスポゾン」による損傷から真核細胞のゲノムを守るシステムであることを発見したと発表した。同時に、オートファジーの破綻が、腫瘍の発生につながっている可能性があることも判明した。同大学フロンティア研究機構の特任助教・鈴木邦律士と特任教授・大隅良典士らの研究グループによる発見で、8月16日付の米科学誌「Developmental Cell」に掲載された。

研究グループでは、動植物と同じ真核生物である単細胞生物のパン酵母「Saccharomyces cerevisiae」を利用して、オートファジーの機能解明に取り組んでいる。オートファジーは自食作用ともいわれ、真核細胞が自己の構成成分である細胞質や細胞内小器官オルガネラを食べる(分解する)現象だ。従来は、非選択的な分解システムと考えられてきたが、近年になって選択的に分解される標的たんぱく質が数多く報告されるようになってきている。ちなみにパン酵母は、栄養源がなくなった時にオートファジーによって細胞内成分を再利用して生命を維持する仕組みを持つ。

そしてトランスポゾンについてだが、細胞内でゲノム上の位置を転移することができるのが特徴だ。近年の研究により、トランスポゾンはヒトゲノムのほぼ半分、高等植物においてはゲノムの70%以上を占めていることも判明している。トランスポゾンは、自身が宿主のゲノムの中を動き回れることから、宿主の遺伝子を発現させたり変化させたりゲノムを組み替えたりするなどして、生物の環境適応や進化に大きく貢献してきたと考えられている。

パン酵母において最も多数を占めるトランスポゾン「Ty1」は、「レトロトランスポゾン」と呼ばれるグループに所属。その生活環は、ヒト免疫不全ウィルス(HIV)などのレトロウィルスと類似しているのが特徴だ。レトロトランスポゾンは自分自身をRNAに転写した後、DNAに逆転写することで転移していくタイプである。

Ty1が転写・翻訳されると、「Ty1ウィルス様粒子」(Virus-Like Particle=VLP)が細胞質に形成。Ty1のゲノムはTy1 VLPに積み込まれた後、逆転写される。その産物がパン酵母のゲノムに組み込まれることにより、Ty1の生活環は完結するという具合だ。ただし、Ty1の生活環と細胞内の分解機構との関係は、従来は全くの不明であった。

そこで、今回の実験ではTy1 VLPの局在を、電子顕微鏡法と蛍光たんぱく質を使用した蛍光顕微鏡法によって解析。Ty1 VLPは細胞内の1ヶ所に集積し、オートファジーによって選択的に分解されることを突き止めたのである。要は、選択的オートファジーが、真核細胞のゲノムを安定化させているという仕組みだったのだ。

また、Ty1 VLPの選択的分解に必要なたんぱく質を分子遺伝学的解析手法によって同定。選択的オートファジー機能を失わせた酵母細胞はTy1 VLPを効率よく分解できないことがわかり、結果としてレトロトランスポゾンがパン酵母のゲノムへと高精度で挿入され、ゲノムが広い範囲で損傷を受けることも判明した。

さらに、オートファジーの破綻が腫瘍の発生につながっている可能性があることも、今回の結果から推測されている。これまで腫瘍形成に直接関わる原因は特定されていなかったが、トランスポゾンによるゲノムの不安定化がその原因である可能性が浮かび上がってきたというわけである。