理化学研究所(理研)は、がん診断や投薬前診断に有用なマーカー分子である「グルタチオン転移酵素(GST)」の存在や量を可視化することができるイメージングプローブの開発に成功したことを発表した。

同成果は、理研基幹研究所 伊藤ナノ医工学研究室の阿部洋専任研究員、柴田綾基礎科学特別研究員、伊藤美香ジュニア・リサーチ・アソシエイト、伊藤嘉浩主任研究員らとスウェーデン・カロリンスカ研究所のRalf Morgenstern教授との国際共同研究によるもので、米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」(オンライン版)に掲載された。

グルタチオン転移酵素(GST)は、生体内で異物を解毒する機構の一翼を担っている重要な酵素で、異物と細胞内に豊富に存在する3つのペプチド結合からなるグルタチオンを結びつけ、異物-グルタチオン抱合体を作りだす機能を持つ。この反応の結果、抱合体は親水性が向上し、多剤耐性タンパク質と呼ばれる薬剤排出ポンプによって生体外に排出され、無毒化されるが、がん細胞では、GSTが過剰に発現していることが知られており、がん診断のためのマーカー分子として注目されている。

GSTとグルタチオンの異物排出機構。細胞内に取り込まれた異物は、GSTの働きによりグルタチオンとの抱合体になる。その結果、親水性が向上した異物は多剤耐性タンパク質と呼ばれる薬剤排出ポンプにより速やかに細胞外に排出され、無毒化される

また、過剰なGSTは、抗がん薬を速やかに細胞外に排出してしまうため、薬剤耐性の原因にもなっているため、がんの投薬治療の方針を決定する上で、細胞のGST量を知ることは重要となるが、これまでに報告されているGST検出プローブは、検出感度に問題があるものや、蛍光を発生する際にプローブ自身がグルタチオンと抱合体を形成して細胞外に排出されてしまう問題があり、実用的なGST検出プローブの開発が難しいのが実情であった。

今回、研究グループは、細胞内のGSTを検出するため、市販の蛍光化合物のアミノ基に求電子性のアリールスルフォニル保護基を導入する手法で、検出プローブを合成した。同検出プローブにGSTとグルタチオンを加えると、GSTの触媒反応によりグルタチオンが検出プローブに対し求核攻撃を行う。この反応によりマイゼンハイマー錯体が形成された後、検出プローブから保護基が外れると蛍光が発生することが確認された。

GST検出プローブの合成とGST検出機構
(A):市販の蛍光化合物のアミノ基に求電子性のアリールスルフォニル保護基を導入することで無蛍光のGST検出プローブを合成。
(B):プローブに対するグルタチオンの求核攻撃をGSTが触媒する。この反応の結果、マイゼンハイマー錯体が形成され、次いでこの錯体が分解し、プローブからアリールスルフォニル保護基が外れることで蛍光が発生する

この蛍光量から、GSTの量を定量的に測定することができることから、研究では、蛍光化合物として青色のクマリン、緑色のローダミン、赤色のクレシルバイオレットを用いて測定を実施、いずれの化合物もアリールスルフォニル保護基を導入することで、ほぼ無蛍光の化合物になったほか、同プローブにGSTとグルタチオンを添加したところと、アリールスルフォニル保護基が外れてそれぞれの色の蛍光が発生したという。

GST検出プローブの構造と各プローブの蛍光スペクトル。いずれの検出プローブもGSTとグルタチオン添加前では無蛍光の化合物であるのに対し、GSTとグルタチオン添加後ではクマリンは450nm、ローダミンは520nm、クレシルバイオレットは620nm付近に蛍光強度が増加した

また、GSTとグルタチオン濃度を固定し、合成したクマリン、ローダミン、クレシルバイオレットの各種検出プローブ濃度を変化させて、GSTに対する検出プローブの反応性を検討した結果、それぞれの検出プローブとグルタチオンの反応性は、GSTが存在する場合とGSTが存在しない場合とで比較した場合、クマリンプローブは106倍、ローダミンプローブは107倍、クレシルバイオレットプローブは109倍に大きく増加することが確認された。このことから、開発したプローブがGSTに特異的な基質であることが明らかとなったほか、ヒトの乳がん細胞株を用いたモデル実験系では、クレシルバイオレットプローブを培地に添加することで細胞内のGST量の検出にも成功した。

細胞内のGST量の検出。クレシルバイオレットプローブを用いてヒトの乳がん細胞内のGSTの検出を行った結果。GSTが過剰に発現している細胞(A)では、クレシルバイオレットの強い赤色の蛍光が見られたのに対し、正常細胞(B)では、ほとんど蛍光が観測できなかった

この際、GSTが過剰に発現している細胞では赤色の蛍光が観測できるのに対し、GST量の低い正常細胞では、蛍光はほとんど観測できなかったという。

今回開発された手法は汎用性が高く、蛍光剤以外の薬剤にも応用が可能であることから、研究グループでは今後、同手法を抗がん剤へ応用し、GST量の高いがん細胞に特異的に薬理活性を示すプロドラックの開発を進めていく計画としている。