20年を振り返って

Torvalds氏とともに登壇したGreg Kroah-Hartman氏

この20年を振り返るよう促されたTorvalds氏の率直な感想は、「1つのプロジェクトをこんなに続けるとは思わなかった」というもの。そのうえで、「次の20年も続けていけるか」という質問に対して「考えられない」とコメントし、「もし若くて情熱的な才能ある開発者が出てくれば喜んで道を譲る」と続けた。

また、印象に残ったトピックスを問われると、少し悩んだ末に「1つのアイデアで大きく変わるということはなかった」と返答。続けて、次のように語った。

「小さなアイデアで少しずつ変更を施し、それを毎日積み重ねた結果、5年後、10年後に振り返ったときには大きな変更になっていたというのが実情。将来のイノベーションやビジョンを語る技術者も多いが、そうしたアイデアだけでは世界は動かない。汗をかいて労力を費やすことで、初めて前に進んでいくものだ」

このように答えた後に、「個人的なことになるが」と前置きし、「19年前に個人のプロジェクトからコミュニティのプロジェクトに移管したときのことは印象深い。その瞬間に自分のおもちゃではなくなったのだから」と紹介。加えて、広く受け入れられた思い出として、「OracleがLinuxをサポートするというニュースを耳にしたときは、メジャーリーグに昇格したような気分になった」と振り返った。

苦労したのはやはり…

会場からの「大変だったことは何か」との質問には、やはり何百、何千というプロジェクト関係者をまとめあげることを挙げた。それぞれが異なる思惑を持ちながら開発作業を進めいてく中では揉め事も多く、それを収めるのに苦労したこともあったという。

さらに、Linuxカーネルの開発では、メーリングリストや掲示版で連絡をとり合うケースが多いが、文字ベースのコミュニケーションならではの難しさがあることも明かした。

具体的には、対面や電話の会話とは異なり、すぐにレスポンスが得られるわけではないため、婉曲的な表現で説明してしまうと、真意を確認するようなコメントをもらうこともあり、ディスカッションが進まなくなる。そのため、どうしても単刀直入な物言いになり、相手を傷つけたり、怒らせたりすることも少なからずあるという。

もっとも、開発作業に関わるディスカッションについては、文字ベースでなくても「キッパリと言い切ったほうがいい」とも説明する。「仮に譲歩して、納得のいかないものを受け入れてしまったら、その後数ヶ月間気の乗らない作業を強いられることになる」とし、「『このコードはひどい、死んだほうがいい』なんてコメントはやりすぎだが(笑)、はっきりと主張することは大切。もし後になって間違っていることがわかったら、そこで認めればよいだけなので怖がることはない」とコメント。「自分も"攻撃"をしかけることがあるが、誤りがわかたときにはしっかりと認めるようにしている」と続け、笑いを誘った。

また、過去の苦い思い出として、プロジェクト開始当初のハードウェアメーカーの対応の悪さも挙げた。「ハードウェアのドキュメントがなければ対応コードを書くのが難しいが、メーカーが提供してくれないこともあった」という。ユーザーからサポートの要望を受けても応えることができないこともあり、「この状況にはストレスが溜まった」と明かした。

Ubuntu開発チームへの苦言

聴講者からは話題のCanonicalに関する質問もあがった。Torvalds氏は、同社が提供する「Ubuntu」について、「ユーザーを中心に考えたテクニカルでないアプローチをとっており、優れたディストリビューション」と評価。「他のディストリビューションに欠けているものがあるとしたら、Ubuntuのような視点だろう」とも語った。

ただし、「Linuxカーネルへの貢献が少ない」と苦言も呈し、「優れた開発者もたくさんいるのに残念」とコメントした。

また、カーネルメンテナーのKroah-Hartman氏は、Microsoftを引き合いに出し、「(自社でOSを開発している)Microsoftは貢献量がそれほど多い方はないが、それでもCanonicalよりはまし」と冗談交じりに口にした。

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以上、簡単ではあるが、LinuxCon Japan 2011初日の基調講演の模様を紹介した。

福島第一原発の事故が未だに収束しない中、来日を控えるVIPは少なくない。そんな状況にも関わらず、今回のLinuxCon Japanでは、Torvalds氏をはじめ、Linux開発の根幹を支える開発者が多数参集し、最新の技術情報を提供した。前日には、災害時におけるオープンコラボレーションをテーマにしたフォーラム「The Power of Collaboration in Crisis」も開催。LinuxConに登壇した開発者も多数参加している。

LinuxCon Japan 2011は、そうした開発者らの気持ちが表に現れた熱いカンファレンスとなった。