Imagine Cupは、「テクノロジーを使って、世界に変化を起こしたい!」という、そんな熱い思いを持った学生たちが世界に挑戦するITコンペティションだ。今年7月、ニューヨークで開催される世界大会への出場をかけた日本大会が4月17日、日本マイクロソフト本社で開催された(関連記事)。

さて、日本から出場する学生たちは、いったいどのようなプロジェクトで世界舞台へ挑むのだろうか? 本レポートでは、ソフトウェアデザイン部門1位となった同志社大学のチームに焦点を絞って紹介しよう。

開発途上国の携帯電話普及を利用した総合診療&医療クラウド

同志社大学のチーム「MI3(エムアイスリー)」は、今年で3度目の挑戦である。チームリーダーの今井祐介氏は、「昨年は、筑駒"PAKEN"チームに敗れ、正直かなり悔しい思いでいっぱいだった。世界大会では、日本チームとしてPAKENを応援していたけれど、次の大会では、必ず自分たちがあの場に立ちたいと強く思って取り組んできた」と、この一年プロジェクトにかけてきた思いを語ってくれた。

チームメンバーは、今井氏と同じく情報工学を学ぶ石川勇樹氏と今入康友氏、そして、今年は新たに経済学部の田中志樹氏が合流した。「田中君が加わったことで、これまでのメンバーだけでは得ることができなかった新しい視点や発想を持って、プロジェクトを展開することができた」と今井氏は語る。

世界大会では、各国からのエンジニア、産学関係の有識者、企業オーナー、ベンチャーキャピタルといった面々が審査員となり、技術的な裏付けからビジネスとしての実現性まで、実にさまざまな質問が投げかけられる。そしてプレゼンテーション力も審査対象となる。こうした場に挑むにあたって、技術力だけはなく得意分野を集結させた今回のチームは強力なメンバー構成であると言えよう。

チームMI3が提案するのは、『Dr.One(ドクターワン)』と名付けた携帯電話利用による簡易総合診療と、医療クラウドを組み合わせたシステムだ。Imagine Cupでは、国連ミレニアム開発目標(MDGs)の8つの開発目標から、各チームがゴール設定を選択し、テクノロジーを使ったソリューションを競う。MI3が目指すゴールへの取り組みは「乳幼児死亡率削減。HIV/エイズ、マラリア、その他の疾病の蔓延防止」である。

プレゼンの様子

「Dr.One」のシステム構築概要

同チームは、開発途上国での乳幼児死亡率の高さは、「医療リテラシーの低さ」と「医療インフラの未発達さ」が原因にあるのではないかと考察した。テクノロジーでいったい何ができるのかを考える中、急速に発展している携帯電話分野に着目した。Dr.Oneは、携帯電話を利用したテキストメッセージのやりとりによって、自宅から病気の診断ができ、診察予約などができるシステムだ。コンセプトは、"Medical in your hand."

診断システムには、医師と患者との問診のみで病気を診断する総合診療という考え方を採用している。このアルゴリズム構築にあたって、チームメンバーは、同分野での専門医たちに直接連絡をとり、助言を得たという。医療データベースとメールサーバーは、Windows Azureを用いたクラウド上で処理される。

Window Phoneを使ったデモ画面。利用者はシステムとの対話により、症状から病名を絞り込み、その病気に対するアドバイスを得ることができる。自然言語処理を用い、医療に特化した言語モデルを構築することで、データ認識率を高めることが可能だという

地域ごとの病気発症件数を表示するシステムには、検索エンジン「Bing」を利用。同じ地域の住人たちに対して、いち早く情報提供を行うことも可能になるという

Dr.Oneが収集した情報は、統計データとして蓄積されていく。NPOや医療従事者側は、このデータにアクセスし、診療所での診療時間や保有する薬の情報を提供することができる。

従来の医療エキスパートシステムで一般的に使われてきた「言語情報システム」に加え、実際の診療時における細かい非言語情報を備えていることが、Dr.Oneのデータベースの優位性だという。

また、ビジネスモデルとしては、本システムを携帯電話の付加価値サービスとして採用してくれる携帯事業会社を募り、対価を得るといったものを想定している。NPOや医者などの情報提供者であれば、Webアプリケーションへのアクセスは無料とする。運用・保守費用などを見積ると年間9万ドルになり、黒字化するためには4万ユーザーの獲得が必要と算出している。

MI3は「さらには薬品デリバリーや音声オペレーターを使ったシステムなどにも発展させていくことができる。医師、薬品メーカー、NGO、政府などを巻き込んで、新しいビジネスを加速化し、医療支援の在り方を根本から覆して地域の活性化にもつなげていく。そんな可能性を秘めたソリューションだと考えている」とシステムの可能性についても説明した。

プレゼン終了後、審査員からは、具体的な実用性について問われたが、現時点では「導入一年後において、例えば死亡率がどれくらい改善されるのかといった具体的な数値は出していない」とのこと。ただし、世界では50,000通りの病気がある中で、アフリカではおよそ1,000通りの病名でカバーできるといった統計データなどを提示。「地域で流行る病気に特化することで診断確率が高まり、現地医療に貢献できるシステムである」と強調し、実用性について説いた。

審査員からの様々な質問にもたじろぐことなく答えていたMI3のメンバーたち

その他のチームのソリューションを簡単に紹介しておこう。

ソフトウェア部門2位の関西大学大学院「KAISER」。視覚に障がいをもつ人向けに、Kinectセンサーを利用し、段差や道路の障害物を検知し、音で知らせるソリューション「The Third Eye」を考案した

ソフトウェア部門3位の関西学院大学・大学院「PIJIN」。多言語に対応した自然言語処理エンジンを用いて構築する、地球上のWebサービスを多言語で利用可能にするためのプラットフォームを考案。インターナショナルなメンバーにより構成されている。メンバーの一人が、日本に来たばかりの時に困った、自らの経験を元に思い付いたという

デジタルサイネージとクラウドによる新しい募金システム

一方、組み込み開発部門では、組み込み機器を使ったインパクトのあるデモを取り入れ、見た目にも楽しめる活気のあるプレゼンテーションが行われた。組み込み開発部門では、さらなる大接戦となり、2チームが同率2位となった。

組み込み開発部門の優勝チームは、異なる大学(京都工芸繊維大学、大阪市立デザイン教育研究所、早稲田大学)からの混成チーム。カフェやレストランなどに設置したデジタルサイネージ(タッチパネルディスプレイ端末利用)とクラウドを利用した、新しい募金システム『SunDonation』を考案した。メンバー同士が物理的に離れた場所に住んでいたが、スカイプを利用するなどして、プロジェクトを進行してきた。

プレゼン冒頭には語りを入れる演出も

Kinectを用いた顔認証による募金閲覧や、ターゲティング広告などの可能性も挙げるなど、これまでにないシステムの革新性をアピールしたが、実社会のマーケティング分野で注目されている分野でもあり、審査でもその分の注目度が高まった。

デジタルサイネージと組み合わせた新しい募金システムを提案

東京工業高等専門学校のチーム「coccolo」は、LED信号機の可視光を利用してアイドリングのストップを行うソリューションで、信号機とバギーカーをつかったデモを披露した。同校からは別チームが昨年世界大会に出場している。今年の世界大会を目指し、大変完成度の高いソリューションとプレゼンが披露されたが、惜しい結果に

こちらも常連となるサレジオ高等専門学校の「SP2LC」。実際の同校学生の東ティモールでのボランティア経験などを元に、東ティモールの選挙システム構築を考案し、大会に挑んだ

ニューヨークに向けてスタート!

ひとことで言えば、「今年は何かが違う!!」。これが、今年の日本大会に出場した全チームのプレゼンテーションを見終わっての率直な感想であった。

プレゼンテーションに関しては、これまでは日本人学生が苦手とするイメージが強かったが、今年最終選考に残った6チームによる発表では、ビジネスモデルや実用性にまで考慮して内容を詳細に詰め、データによる裏付けや検証、実機を使ったデモ、さらには質疑応答にも備えるなど、どのプロジェクトが選ばれてもおかしくないものであった。

日本代表チームとして、世界大会に出場経験のある東京大学 知の構造化センター 助教の中山浩太郎氏は、審査員の代表として総評を語る中で、「とにかく技術、プレゼン、チームワークの完成度の高さに驚いた。しかし、あえて厳しく言うとすれば、世界大会のレベルは、誰もが口を揃えて『世界レベルはこんなに違うのか』と言うほどに高い。現在、すでに想定しているレベルをさらに見直して、どんどん改善して世界大会に臨んでほしい」と激励した。

中山氏の言葉どおり、世界大会の壁は高い。昨年、ポーランドで行われた世界大会では、台湾やタイなどのアジア勢が5部門を総なめにする中で、日本代表は上位にも進めずといった悔しい結果に終わった。

その直後に開始された、日本マイクロソフトのアカデミック担当者たちの活動からは、2011年大会に向けた説明会やワークショップなど、今まで以上の思いで学生支援に取り組んできた様子が伺い知れる。今回の日本大会での各チームの完成度の高さは、こうした関係者たちの熱意による取り組みが、学生たちに伝わった結果とも言えるだろう。なお、組み込み開発の「SunDonation」は、マイクロソフトの学生育成セミナーで出会ったメンバーたちがいつしかImagine Cupを目指し、チーム結成に至ったのだそうだ。企業の学生支援において成果を出すには、継続性がいかに重要であるかをあらためて実感した一日であった。

MI3とSunDonation両チームの、7月のニューヨーク大会での活躍を楽しみに待ちたい。