マウスコンピューターのパソコンは、メーカー製ならではの安心感のもとで、利用用途にあわせて製品仕様を選べる自由度の高いBTOオプションが揃っているのが特徴だ。さらに業界トップクラスのスピードで最新PC機能を取り込み、のみならずコストパフォーマンスまでもが非常に高い。何故ここまで出来るのか? 同社の製品生産工場を訪れ、その秘密を探ってみることにした。
やってきたのは長野県・飯山市。マウスコンピューターのパソコン製品、ならびにiiyamaブランドで展開するディスプレイ製品などは国内生産であり、この地にある同社飯山工場がそれらを一手に担っている。今回は、同工場の工場長である松本一成氏に案内してもらいながら、飯山工場の内部を隅々まで詳細に取材させていただいた。
マウスが実現した"強い国内生産"
さて、仕様が一定の量産パソコンに比べれば、仕様がユーザー毎となるBTOパソコンは製造に手間がかかる。マウスコンピューターでは、BTOメーカーのご多分に漏れず、製品の生産方式にはラインでは無くセル方式を採用している。単純に人件費などのコストを考えれば真っ先に海外生産というイメージだが、同社は国内生産にこだわる方針へと舵を切っている。ただ、同社の国内生産は単なるこだわりでは無く、強みを発揮する明確な理由があって選択された方針なので、先の"こだわる"と言う表現は少し語弊があるかもしれない。
「飯山工場は単なる生産工場ではないのです。生産工場の中に"品質管理"と"生産技術"の部門も一体となった体制を敷いていて、さらに開発部門の一部も東京と連携するかたちで飯山工場内に置かれています」(松本氏)。特にBTOではパソコンの構成部品の数が膨大なものとなり、生産時の"品質管理"は非常に困難になる。最新世代の製品を先駆けて手がける同社においては、その困難さはさらに増すだろう。一方、実際の工場内の生産方法の確立と効率化などを担当する"生産技術"も、ひとつの製品個体ごとに生産するセル方式を採っているとはいえ、常に100の選択項目を超すBTOを用意する同社においては、製品に直結する重要なファクターだ。
これらを生産工場の中に入れてしまっているのが同社の国内生産の最大の強みとなる。これは組織構造上そうなっている……というだけのことではない。物理的に、生産工場スタッフの作業スペースのすぐ近くに、品質管理や生産技術のスタッフのデスクが置かれているのだ。例えば、最新アーキテクチャのCPUが新たに登場したとして、東京と飯山の開発部門が製品開発、すぐさま生産技術が製品の生産方法を確立すると、それがシームレスに生産工場に反映され、さらに製品に問題が発生しても品質管理がタイムラグ無しで対応できる。よくある生産工場のみ海外で、他の管理や技術系などは国内に、と切り離してしまうと、このスピード感や連携は難しいだろう。すべてが密な国内生産にしたからこそ可能になったことである。
上記の例で言えば、生産技術が確立した生産方法を実際に生産工場に流した際に、生産工場の実際の生産過程で細かい課題に気が付くという場合もあるだろう。その時の、生産工場の部門から生産技術の部門への改善のフィードバックは一瞬だ。「そんな時は、少し大きな声で呼べば、すぐに担当者が来てくれますから。飯山工場では、人としての環境を良くする。何よりもスタッフ同士のコミュニケーションを大切にして来ましたから、分け隔てなく連携できるのです」(松本氏)。品質管理の部門などは、生産工場のフロア内にパーテーションすら設置されずに隣接している。「生産現場の本当に目と鼻の先で、造っている製品が見えるところで品質管理の目が光っているのは頼もしい。ただ、相当に緊張しますが(笑)」(松本氏)。
ちなみに飯山工場では、もともとはイーヤマ(iiyama)のディスプレイ製品を専門に生産していた。当時のイーヤマ製品の納入先が特殊だったこともあり、不良率などのトラブルへの考え方は非常にシビアで、一般的な製品に比べると桁違いの品質管理が必要な生産が求められていた。そこから工場設備や人員を引き継いでパソコン生産を行っているのが、現在の飯山工場ということになる。
「当時の考え方をパソコン生産へも活かしています。品質追求にはキリがありません。例えば100台に1台の不良率で、不良率が規定内だからOKとは、我々は考えません。1台のパソコンを購入したユーザーにとっては、その1台が100%ですからね」(松本氏)。
そういった歴史的経緯から、飯山工場ではかなりユニークな生産が行われているのだ。ではその実際の中身を、以降でレポートしたい。
セル方式を独自アレンジした生産工場
それでは、前置きはこのくらいにして、いよいよ実際の生産工場の内部に潜入だ。ユーザーの注文を受けてから、一台のパソコンが出来上がり、出荷されるまでの生産現場の模様をレポートしよう。なお、飯山工場でのパソコン生産は、いわゆる"セル方式"を採用しているが、すこしアレンジされたものとなっている。ディスプレイ生産では"ライン方式"のノウハウを蓄積してきた工場なので、ライン方式のメリットも取り込んだセル方式での生産が行われている。
まずは注文の受け入れ。マウスコンピューターのオンラインストアなどで注文があると、その段階で製品1台毎の必要部品や、その部品それぞれのシリアルなどが印刷された注文指示書が発行される。ピッキングミスが起こらないよう、必要な部品は工場納入時点でシリアルが付けられ、データベースでシステマティックに管理されているので、注文指示書をもとにスタッフが部品倉庫からてきぱきと必要部品を集め、組み立て工程のフロアへと進んで行く。組み立て工程では、スタッフ一人が1台の作業デスクの上で、すべての作業をパソコンの組み上がりまで完了させる。
ここまではBTOパソコンのセル方式では見慣れた風景。この後の工程が飯山工場ならではで、ライン方式ライクに、組み立て工程までのスタッフとは違う、別のスタッフが組み上がったパソコンを受け取り、通電テストや再分解による品質チェックを実施する。このチェック工程は生産製品すべてが対象の全数チェックというのも驚きだ。セル方式ですべてを同じスタッフが実施するのと、別のスタッフが視点を変えてチェックするのでは、見落としミス発生の頻度がかなり違ってくるのだそうだ。
全数チェックが終了すると、製品はまた別のスタッフに引き継がれ、OSやソフトウェア類のインストールの工程に入る。ここまででシステムとしては完成するので、それが終了すると、ストレステストなどを実施するエージング工程へと進む。そして初期不良など無くエージングをパスすると、また別のスタッフがこれを受け取り、最後に正常動作を確認する最終動作チェックのテストを行う。これらをクリアした製品は、梱包作業のフロアへと進み、テスト内容のクリアや内容物に間違いが無いかのチェックを受けつつ、梱包され、出荷のトラックへと搬入されて行く。
飯山は品質追求に妥協無し
一連の生産内容を見て、筆者が最も驚いたのは、チェックや動作テストの項目の種類や頻度の多さである。しかもこれらの項目の多くは、実は会社側が指示して実施しているものと言うよりは、各スタッフが自主的に提案したり、スタッフのQCサークル活動から生まれ、実施へと至ったものが非常に多いのだそうだ。「仲間として共有し、競い合って積極的に改善して行くのが飯山工場の特徴です。私が工場内を歩いていると、作業中のスタッフが、"○○の工程をこうしてくれ"とか、"もっとこうした方がいい"とか、直接言ってくるんです」(松本氏)。1台のパソコンを購入したユーザーにとっては、その1台が100%という考え方が、工場内に広く浸透しているということだろう。
そこまで徹底した取り組みをしながらも、素早い納期を実現していたり、また、そういった取り組みを実際に生産で実施したりできるのは、"品質管理"と"生産技術"が内包された国内生産であるからこそだろう。セル方式でありながら生産効率は向上し、品質を担保しながら海外生産にも負けないコスト面での強みを発揮できているのだと思える。
取材の最後に、飯山工場の今後の目標や、将来への取り組みについて伺った。「飯山工場では、スタッフ同士のコミュニケーションを大切にしていると言いましたが、これが本当に重要なのです。人としての働きやすさの環境の良さが、品質に繋がるので、大事にしたい。もっとビジネス的にやれば、例えば製品価格しか追い求めなければ、そういった方法でコスト低減も出来るのかもしれませんが、それでは製品への思い入れが無くなってしまう。飯山の地域性なのか、スタッフも含め、モノづくりが好きな人たちが集まってやっているのが飯山工場なのです。この先も妥協せず、もっと品質を追求したいと、飯山工場では考えています」(松本氏)。