続くゲストスピーカーは、物書堂の廣瀬則仁。物書堂は、Mac OS X/iPhone OS用ソフトウェアの企画・開発および販売を行っている。外国語や国語辞書、六法全書など、レファレンス類中心に開発を行っているが、2008年にリリースされたiPhone用アプリ「大辞林」は、累計10万本を超えるベストセラーとなり、大きな注目を集めた。

Guest 02 物書堂

2008年、代表取締役の廣瀬則仁氏、取締役の荒野健太氏によって設立。Macintoshで文章を書く人々に対して、創造力を最大限に発揮できる道具を提供することを目的に、Mac OS X/iPhone OS用のソフトウェア企画・開発、および販売を行う。大ヒットとなったiPhoneアプリ「大辞林」のほか、Mac OS X用日本語入力プログラム「かわせみ」等、数多くのアプリケーションを開発。
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廣瀬則仁 HIROSE Norihito

1972年生まれ。株式会社エルゴソフトで「egword」「egbridge」の開発を担当。2008年に物書堂を設立。「大辞林」「プチ・ロワイヤル」「模範六法」「類語新辞典」「漢検プチドリル5000」等のiPhoneアプリを手がけるほか、Macの日本語入力プログラム「かわせみ」の開発も行っている。


iPhone辞書アプリで紙以上に読みやすい組版を実現

iPhoneアプリ「大辞林」。使用書体はヒラギノ明朝 ProN W3で縦組み

大辞林には、ヒラギノ明朝がバンドルされている。これは辞書らしさを表現するために必要な措置だった。

「iPhone OSに搭載されているフォントはヒラギノ角ゴシック。けれども、国語辞書を引くときに、ゴシック体だと違和感がある。やはり、きちんとした明朝体で読みたいと思ったのです」(廣瀬)

こうした意識は、他のアプリにも反映されている。たとえば「角川類語新辞典」ではイワタUD明朝と明朝体オールドを、「漢検プチドリル5000」では游教科書体を採用している。コンテンツの内容を考慮したフォントを選択することで高品質化を目指し、競合他社との差別化を図ることが可能となった。大辞林では、縦書き表記を踏襲しつつ、iPhone用アプリならではのインタフェイスも開発した。

「和文と欧文の混在、縦中横、漢文、数式などを、きちんと表示するために、独自のレイアウトエンジンを搭載しています。それによって、ヒラギノ明朝のポテンシャルを、最大限、引き出すことができたのではないか。そう自負しています」(廣瀬)

辞書ゆえに和文、英文、数字、漢文、数式などさまざまなな要素が混在する。iPhoneアプリ「大辞林」では独自のレイアウトエンジンにより縦中横や縦組み中の欧文処理、ルビ処理など、複雑な組版を実現している

可読性の高さも重視しなければならないが、同時に、操作性の高さも実現しなければならない。いや、アプリの開発においては、なにより操作性が優先される。 「iPhoneのタッチパネルは指で操作します。しかし、指はマウスポインタではない。ですから、タッチしやすい文字サイズというものを考えなければなりません」(廣瀬)

電子辞書による「大辞林」は、ビットマップフォントを使用しているためトメやハネがわかりづらい。こちらは横組み(左)。『大辞林』(三省堂刊)の文字組み。ベタ組みで丸数字の前にアキがある程度の文字組み。およそ3,000ページで重さは3Kgほどとのこと(右)

ちなみに、商用フォントをバンドルしているということは、当然、フォントベンダーにも利益を配分するということになる。物書堂ではレベニューシェア方式を採っている。利益配分の内訳は、アップルに30%、コンテンツメーカーに30%から50%、フォントベンダーに5%から7%、そして物書堂が20%から35%というかたちになっている。

iPhoneアプリ「角川類語新辞典」。小さなサイズでも可読性を確保し、思考を妨げないという目的でUD書体を使用(左)。見出しの書体には明朝オールドを使用。本文と使い分けることでクールな印象と可読性を両立させている(右)

「フォントベンダーにそんなに配分するのかと驚かれることもあります。けれども、美しい書体や文字組は、紙メディアやPC環境では、ごくあたりまえのものとして受け止められている。我々はモバイル環境でもそれを普及・発展させたいし、こうした試みが、フォントビジネスの成功やフォント文化の育成、さらには、日本語の文字文化を次世代に受け渡すことにつながるのではないかと考えているのです」(廣瀬)