宇宙航空研究開発機構(JAXA)は3月24日、国や社会によって宇宙産業はなぜ重要なのか、現状の技術レベルはどこまできていて、国際競争力はあるのか、宇宙産業の成長と発展のために今、何が必要なのかを探るシンポジウム「JAXA産業連携シンポジウム2010 ~宇宙産業の発展のために今、何が必要なのか?~」を開催した。

同シンポジウムはJAXAが毎年実施しているもので、今回で第6回目の開催。今年度は前年に開催されたシンポジウムの内容や宇宙基本計画を踏まえ、宇宙産業には何が求められているのかを探るのが目的の1つとなっている。

今回のシンポジウムは、JAXA産業連携センター長である古藤俊一氏による「JAXA産業連携の取り組み"2009"」と政策研究大学院大学の角南篤准教授による「~期待される宇宙産業の発展と新成長戦略~」とそれぞれ題された2本の講演と、NHKの解説委員である室山哲也氏をコーディネータに、JAXAのほか、宇宙産業に関わるさまざまな企業の担当者を一堂に集めたパネルディスカッションの2部構成で行われた。今回は、その中で前半の2つの講演をレポートしたい。

写真はパネルディスカッションの風景。左からコーディネーターでNHK解説委員の室山哲也氏、政策研究大学院大学の角南篤准教授、NEC航空宇宙・防衛事業本部 副事業本部長の近藤邦夫氏、三菱電機 電子システム事業本部 宇宙システム事業部長の稲畑廣行氏、三菱重工業 航空宇宙事業本部 宇宙機器部長の浅田正一郎氏、スカパーJSAT 衛星事業本部 宇宙ビジネス推進部長の前田吉徳氏、パスコ 衛星事業部 取締役事業部長の笹川正氏、宇宙開発戦略本部事務局 内閣参事官の横田真氏、JAXA理事の小澤秀司氏の9名でさまざまな話題についてディスカッションが行われた

JAXA産業連携センターの活動実績と将来の動き

JAXA産業連携センター長である古藤俊一氏

JAXA産業連携センターは、宇宙開発事業団(NASDA)の産学連携推進室を前身に、2003年10月にJAXAの産学官連携部となり、2009年4月に現在の姿へと発展してきた経緯を持ち、主な目的を、産業基盤の強化、維持および国際競争力の強化や大学、中小企業による小型衛星開発および利用支援などを目的とした取り組みを進めることしている。

また、宇宙オープンラボ制度による事業化支援や民間技術の宇宙への応用などの活用のほか、JAXAの保有する知財の活用促進やJAXA保有の試験設備の民間活用の促進などに対しても取り組んでいるという。

具体的には産業連携の形として、従来以上に民間と組んで、宇宙利用の促進を図り、広く海外にも展開できる事業へと成長させようというのが狙いとなっている。

産業連携を進めることで産業競争力の強化を目指す

例えばこれまでにもH-IIAロケットの打ち上げ事業やH-IIBロケットの共同開発では三菱重工業と連携が行われてきたし、三菱電機がHTVに搭載した近傍接近用通信装置(PROX)がNASAの宇宙貨物輸送機「Cygnus」に採用することが決定したほか、NECが米Aerojet-Generalと協業し、はやぶさで培ったイオンエンジン技術の海外展開に向けた取り組みなどを進めている。

JAXAのプロジェクトを通じて進められた産業連携の例

2010年度としては静止衛星システムの性能向上、競争力強化としての軽量化、高密度実装衛星の制御方式の開発などを行っていくほか、きく8号に搭載した大型展開アンテナの販売を行っていくための取り組み、イオンエンジンの継続した事業強化による売れるものへの発展を図るとしている。また、随時民間よりアイデアを募集し、新規案件の創出へとつないでいきたいともしている。加えて、「実際に宇宙で実証しないと信憑性が疑わしいということになる」(古藤氏)となるため、そうした実証機会の提供も検討していく計画という。

平成22年度に計画されている産業連携活動の一例

このほか、最近は宇宙関連に携わる技術者達の横のつながりがなかなか取れなくなってきているということもあり、各企業の30代の技術者を一堂に集めて合宿形式で意見交換の実施も開始したという。これについて「宇宙に参画する人材はそんなに多くない。そうした人材たちの横のつながりを作ることで、将来の日本の宇宙産業の発展につながれば」(同)という考えの下、こうした活動をはじめたとその背景を説明した。

国際競争力の向上に向けた新産業としての宇宙

政策研究大学院大学の角南篤准教授

政策研究大学院大学 科学技術政策プログラム・ディレクターで、科学技術振興機構 中国総合研究センター副センター長である角南篤准教授は、日本経済が成熟し、経済の低迷、中国の台頭などの国際競争力の低下に対し、新しい産業が求められていることを指摘。そうした新産業の1つが宇宙産業であると指摘する。

「高度経済成長はどこの国も1度しか経験しない。そして、必ずしもどの国も経験するわけでもない。そうした意味ではイノベーションなどに何かしら関わりがあるのではないかと思っている」(角南氏)とし、今こそ真剣にイノベーションを起こす必要があることを強調した。

戦後日本経済の実質成長率と日本経済のポジションの変化

また、「日本の個々の技術は非常に良いが、市場が成長してくると、競争力が低下してしまう傾向にある」と日本のビジネスを分析。経済を成長させるためにはイノベーションが重要だということは、経済協力開発機構(OECD)なども認めており、各国ともに科学技術に注力、社会科学論文におけるイノベーションへの関心が世界規模で高まってきている、特にサブプライムローンの破綻を単に発した経済対策の中の多くが科学技術への振興に向いており、米国でも基礎研究への重点投資を表明していると、世界中でイノベーションへの注力が進められていることを強調した。しかし、そうした状況の中でも日本は、科学技術への関心が薄く、また予算も低い。「我が国はそういった意味では必ずしも恵まれた状況にはない」と苦言を呈し、他のどの経済分野よりも先に変革を生み出していけるかどうかという点において、宇宙産業が期待されているのではないかとの見方を示した。

中心市場の変遷と世界市場における各アプリケーションの日本シェアの変化

さらに、グリーン成長に向けたパラダイムをいかに構築するかが全世界的に争点となっており、需要サイドのイノベーション政策として、政府調達や助成金による導入促進策の推進などが求められており、宇宙産業の創出や発展にも海外への展開も含めて、そうした国家としての支援が求められることになるのではないかとの考えを示した。

全世界がイノベーションの創出に向けた政策を進めている

加えて、2009年の政権交代による民主党政権下になって、政策として、宇宙利用体制の構築や宇宙基本法の活用などが記されているが、「最近、若干だが動きが遅いと思える。ただし、それはこれまでの野党が与党になったものの、実際に宇宙政策を実行できるポジションに人が居ないという状況で、それが個人的に思っていた速度よりも遅い結果に結びついているように感じている」(同)との私見を述べた。

ただし、新しい政府となって提示された成長戦略については、「グリーンイノベーションやライフイノベーションを進める上で、阻害する要因があってはいけないという動きとなるはずで、政治の思惑と産業界の動きが上手くかみ合えば、宇宙産業も成長していけるのではないか」との期待を語り、そのためには「宇宙をベースにした産業構造を考える中で、官需に頼りすぎると組織が官僚的になり、イノベーションの阻害要因になる可能性がありイノベーションのジレンマが生み出される危険性があるため、より中小企業やベンチャー企業の積極的な活躍が重要になってくるはず」との見解を示した。

また、そうした支援のためには国家としてルールを明確化し、企業が投資計画を立てやすい環境の構築や長期的な国家ビジョンの提案、宇宙外交の展開などを含め、より多くの国民に対し、宇宙に関わるという意義の理解につながるための面白いアイデアなどを出していく必要があることが強調された。