役立つシステムを作る「要求開発」

では、業務に役立つシステムを作り、エンジニアがみずからの価値を高めるには、どうすればいいのか。山岸氏らが、そのための方法論として提唱しているのが「要求開発」だ。要求開発とは、「要求はビジネス価値に基づいて"開発"されるべきもの」という理念のもと、業務の全体像を把握し、システムを最適化していくための実践的なアプローチである。

「ITシステムの大きな目的は、ビジネス価値の向上にある。ビジネス価値を向上させるためには、本来、ITシステムだけを見るのでなく、業務全体を見る必要がある。そこで、業務全体を大きなシステム、ITシステムを業務のサブシステムとしてとらえ、全体として、ビジネス価値を向上させることを目指す」

要求開発においては、業務システム開発の上流工程を工学的な手法で進めていく。例えば、モデル化による業務の可視化、関係者の合意にもとづいたプロセスの設計、進行計画の反復と継続的な確認などといった作業である。これは、UMLによるモデリングやプロセス設計、イテレーティブな開発といったように、オブジェクト指向技術やアジャイル開発などで培ってきたシステム開発の手法、ノウハウを業務の世界に適用したものとも言える。

「要するに、"業務"の分野でもシステム開発でずっとやってきたことをやればいいということ。人間系の要素が複雑にからみあう業務の世界では、現場の担当者はしばしば方向性や現在位置を見失いがちになる。そのなかで、エンジニアは、みずからの特質や鍛え上げたマインドをもって、道筋を指し示す。これは、匍匐前進している各担当者に対して、航空写真を見せるようなもの。全体像と現在位置が把握でき、ゴールを共有できるようになる」

ステークホルダーリスト/要求分析ツリー/ゴール記述書の効果

要求開発は、単なる着想のヒントやアドバイスの類ではなく、繰り返し述べているとおり工学的に構成されたアプローチだ。ここでは、そのなかでも、山岸氏が特に重要と指摘する「プロジェクトメーキング」の概略を紹介しておこう。

プロジェクトメーキングは、プロジェクトの最初のフェーズとして実施されるもの。システム開発においても、目的や課題、期間などを決めるのは当然のことだが、そこでしばしば問題になるのは、声の大きい人の意見が通りやすかったり、発散した意見をもとにした見きり発車につながったりすることだ。それが、後出しの要求や破綻プロジェクトにつながる原因となる。

そのため、要求開発では、組織、プロセス、手法、成果物という4つの要素に基づいて、大きく3つのステップで、プロジェクトメーキングを進める。1つ目のステップは、「ステークホルダーリスト」の作成。話を聞くべき人、気を使うべき人を抽出し、全体としての意見を合意させ、利害関係者が納得ずくでプロジェクトを開始できるようにする。

2つ目は、「要求体系図」の作成。これは、「要求分析ツリー」と呼ばれるもので、左側に最も大きな目的を配置し、それを実現する手段として右側にシナリオを展開していくもの。目的と手段の関係は複数個所でつながり合う形になるが、レベルごとに再配置することで、全体を一望し、プロジェクトが進行しても意見の調整、確認ができるようになっている。

そして、3つ目は、「ゴール記述」だ。要求分析ツリーの3~7レベルに現れる目的を「適切なゴール」と設定し、因果関係をマトリックス図として記述する。

山岸氏は、「要求開発のしっかりした手順、段取りを意識することで、プロジェクトの安定度は大きく変わる」と強調する。なお、ここで触れたのはあくまで"さわり"にすぎない。要求開発ではどの段階でどのような作業を行うべきか、事細かに定義している。

詳しい内容は、毎日コミュニケーションズとK.I.T.虎ノ門大学院が主催する無料セミナー「キャリアチェンジ特別セミナー ~ITのプロからビジネスのプロへ~」で紹介される。同セミナーでは、すでに要求開発をご存知の方向けに、もう1つ上のレイヤーを意識した最新の取組状況にも触れられる予定だ。興味ある方はこちらのページから応募してほしい。

山岸耕二

豆蔵 代表取締役社長。京都大学工学部修士卒。1982年にシャープ入社。超LSI研究所にて次世代デバイスの研究開発に従事。1989年にオージス総研入社。以後一貫してオブジェクト技術を適用したシステム開発や方法論の導入など、ビジネス創出に携わる。2000年にウルシステムズのCTOに就任。2004年に豆蔵 代表取締役副社長に就任。2008年より現職。技術士(情報処理)。要求開発アライアンス理事長。最近の著書に「要求開発」(日経BP社)、訳書に「ユースケース実践ガイド」(翔泳社)、「適応型ソフトウエア開発」(翔泳社)など。