カシオから2008年3月に発売された「EXILIM PRO EX-F1」(以下、EX-F1)は、秒60コマの高速連写や、超高速ムービーなどが撮影できるユニークなデジタルカメラだ。普段見慣れたものでもEX-F1で撮影すると、驚きの絵になってしまうところがスゴイ。そこでこのEX-F1を使用し、野鳥を撮影してみることにした。はたして初心者でも、羽ばたく瞬間など人の目では追いきれない野鳥の動きを捉えることはできるだろうか?

四季を通じて野鳥を観察できる谷津干潟

今回、野鳥を撮影した場所は千葉県にある「谷津干潟自然観察センター」。このセンターは、干潟に住む生物や自然の大切さを伝える環境教育を目的に1994年に建てられたもの。専門知識を持つレンジャーと呼ばれるスタッフが来館者に干潟の魅力について丁寧に案内してくれる。

千葉県習志野市にある谷津干潟自然観察センター。1年を通して、様々な野鳥が観察できる

谷津干潟自然観察センターの芝原達也氏

野鳥について何も知らないということもあり、まず谷津干潟やここで見られる野鳥について、センター職員の芝原達也氏にお聞きした。「この周辺は、かつて広大な干潟でしたが、谷津干潟は周りが埋め立てられていく中で最後まで残った自然の干潟なんです。周りを住宅地や道路に囲まれていますが、谷津川と高瀬川で東京湾と繋がっていますので、ちゃんと潮の満ち引きがあります。ただし流れに時間がかかりますので、東京湾の基準より1時間半ほど遅れて満ち引きがきます」 とのこと。また鳥の行動は、潮の満ち引きに大きく左右されるので、センターでは谷津干潟の満潮・干潮の時刻をインターネット上で掲載するなどのサービスも行っているという。

谷津干潟の満潮時。満潮時は浅瀬や水のない場所を求めて鳥がすぐ近くまでやってくる。観察のしやすさは潮の満ち引きに左右されるので、満潮・干潮の時間を調べて訪れたい

干潮時。干潟全体から水が引き、干潟中が鳥の餌場になる。餌をついばむ姿や、飛び立つ姿など様々な姿を見ることができる

本来、干潟という場所は開けた場所にあり、遠い場所から望遠鏡で観察するのが一般的。しかし、谷津干潟は周りを埋め立て工事で囲まれた約40haの小さな干潟なので、センターから肉眼でも野鳥を確認できる。干潟特有のシギやチドリ類をまとめて"シギチ"と呼ぶが、シギチをすぐ近くで観察できることが、このセンターの特長でもある。谷津干潟に来る鳥は渡り鳥が多く、毎年ここに来ている鳥が多いという。そのため人が近くにいることにもけっこう慣れているそうだ。

館内設備。大きなガラス越しに、干潟が広がる。肉眼でも野鳥を観察できるところが谷津干潟の特長

小さな子ども向け体験コーナーも充実している。夏休みには、親子連れで賑わう

渡り鳥は餌を求めて移動する。7月半ばから10月くらいまでの間は「秋の渡り」の時期となり、子育てを終えて北から南下する途中の渡り鳥を見ることができる。谷津干潟には鳥の餌となるゴカイやカニ、貝などの干潟特有の生物が数多く生息している。現在はカニが活発に活動する時期なので、カニのダンスも観察できるそうだ。「鳥にとって"渡り"というのは、生活の一部なんです。今年はセイタカシギがセンターの淡水池でヒナを孵し、子育てをしています。そのような生命の一部を観察できるところが谷津干潟の魅力でしょうね」と芝原氏は語っていた。

施設には淡水池があり、間近で観察できる観察所も併設されている

野鳥撮影に革命を起こしたデジスコシステム

続いて、日本野鳥の会の瀬古智貫氏から野鳥撮影の魅力についてお話を伺った。

日本野鳥の会、瀬古智貫氏

日本野鳥の会は、野鳥とその生息地を守る活動を行う団体だ。「野鳥は、私たちの生活の中でも見られる、一番身近にいる野生動物なんです。20~30年前はバードウォッチングを楽しむ人が圧倒的に多かったですね。野鳥撮影ができる超望遠レンズは100万円以上するので、気軽に撮影できるようなものではなかったんです。しかし10年ほど前からデジタルカメラにスコープ(望遠鏡)を取り付ける『デジスコ』というシステムが登場して、10~20万円程度で一式揃えられるようになったことで、一気に野鳥撮影の人口が増えましたね」 と瀬古氏はいう。デジスコとは、スコープの接眼レンズにデジタルカメラをアダプターで繋いで、拡大した画像をそのままデジタルカメラで撮影するというシステム。焦点距離はデジタルカメラの焦点距離にスコープの倍率をかけたものになる。

今回使用した機材。カシオ「EXILIM PRO EX-F1」をはじめ、興和のスポッティングスコープ「TSN-774」、フォト&ビデオアダプター「TSN-VA2」、アダプターリング「TSN-AR62」、カメラマウントシステム「TSN-PS2」を組み合わせる。三脚はベルボンの「エル・カルマーニュ630」、雲台はジッツオのビデオ用「G2380」を使用した

手軽に機材が手に入るようになってから、"野鳥が好き"で撮影する人だけでなく、"カメラが好き"から入って鳥を被写体として撮影する人も増えた。野鳥撮影は被写体が動くので失敗も多い。しかし撮影後にすぐ確認でき、撮り直せるデジタルカメラと、それに組み合わせるデジスコシステムの登場は、野鳥撮影というジャンルに大きな革命をもたらしたようだ。超高速連写が可能なEX-F1は3月の発売以来、野鳥の会の会員間でも話題になっており、使用する人が増えているという。

瀬古氏が言われるには、「カワセミのような色がきれいな鳥は被写体として人気なんですが、小さくて素早く動き回るので撮影はとても大変なんです。野鳥撮影の初心者の方には、まずサギやカモのような大きくて動きのない鳥を薦めています。ぜんぜん撮れないと、つまらないので長続きしないですからね」 とのこと。

EX-F1(焦点距離:182mm相当)に14倍のデジスコシステムを組み合わせて撮影。35mm判換算で2,548mm相当になる

小さくて茶色いムクドリ。意識してみないとスズメだと思ってしまう

また、東京周辺の野鳥スポットを伺ってみると意外な答えが返ってきた。「野鳥というと、どこか遠くへ行かなければ見られないと思っている方が多いようですが、普通に生活している身の回りにはたくさんの野鳥がいるんですよ。気づいていないだけで、家の周りを1時間ぐらい歩いてみるだけで、10種類くらいは見つかります。たとえば"小さくて茶色い鳥"を見るとスズメだと思ってしまう人が多いですが、よく見ると違う鳥だったりします。図鑑などを見て、その違いがわかってくるとどんどん野鳥観察が楽しくなってきます」。なるほど。身の回りにそんなにたくさんの野鳥がいることに驚いてしまった。はじめは"スズメじゃない"、"ハトじゃない"からでもいいので、とりあえず野鳥に興味を持つことが大切なのだ。そんな話を聞いているうちに、私も自然と野鳥に興味が湧いてきてしまったから不思議。お話を聞いているうちに潮が引いて、鳥の食事タイムが始まったようだ。

動画
秒300フレーム。ハイスピード動画で撮影すると、スズメが飛び立つだけでもカッコイイ映像になる