「パフォーマンスクラス」GPU戦略と「ワンビッグチップ」GPU戦略

トランジスタ数や消費電力がここまで違うのは、簡単に言えば、両者はターゲットパフォーマンスレンジが異なっているためだ。

GPUメーカーは、その時点での最高性能を誇るハイエンドクラスのGPU製品を、なかばブランドリーダー的に発表して注目を集めるが、大規模なチップであればあるほど歩留まりが悪く、実は利益効率は最悪だ。

最新のハイエンドビッグGPUは高いから売れないし、数が作れないから値段が下がりにくいという負のスパイラルの産物となっている。だから最新最高位のGPUは6万~10万円という高額商品でありながら利益率は極めて悪い。やはり稼ぎ頭は大量に売れるメインストリーム以下のクラスの製品なのだ。それが分かっていながらもATIとNVIDIAは過酷なシェア競争、技術競争、性能競争のなかでこの頂上決戦を辞めるに辞められなかった。

ATIは、AMDに買収されてからは、「売れる製品重視」の戦略に転換し、これまでの"大艦巨砲"主義を辞める決断をした。継続的に最新技術を盛り込んでいくとはするものの、ATIはワンビッグチップ(単一の大規模プロセッサ)なGPUの開発から撤退し、メインストリームよりもやや上くらいの性能の、コストパフォーマンス重視のGPUを開発するように方針を転換した。

Radeon HD 4800シリーズ(左)とGeForce GTX 200シリーズ(右)のウェハ写真。両者共に300mmウェハで製造。チップサイズと1ウェハからどれくらい取れるかの差がよく分かる

ATIはRadeon HD 2000シリーズをベースに、コアアーキテクチャをDirectX 10.1/プログラマブルシェーダ4.1(SM4.1:Shader Model4.1)に対応させてリファインしたRadeon HD 3800シリーズ(RV670)を2007年末に発表したが、この時からワンビッグチップの戦略から身を引いたとされる。最上位のRadeon HD 3800シリーズは先代のハイエンドのRadeon HD 2900シリーズとほぼ同規模のGPUで、競合NVIDIAのハイエンドモデルとはデュアルGPUを搭載したRadeon HD 3870 X2で対抗する戦略とした。

Radeon HD 3870単体の性能ではメインストリームクラスよりは上だが、ウルトラハイエンドと比較すると下あたりとなる。ただし、価格は競合のウルトラハイエンドの60%程度に抑え、「コストパフォーマンスで勝負」という戦略をとってきたのだ。

ごく一般的なPCユーザーは、これまで、半世代、あるいは一世代前の高性能GPUを、価格がこなれてから"お下がり"的にしか手に入れられなかった。しかし、ATIのこの戦略であれば、最新技術を結集して開発された最新GPUを手の届きやすい価格帯ですぐに手に入れられる。

ワンビッグチップなGPUでは一般ユーザーが手を出しやすくなるまでに時間がかかる

最初からパフォーマンスクラスのGPUを開発すれば最初から一般ユーザーの手に届くものとして提供できる。ハイエンドはそれのマルチで実現という発想

この「メインストリームとウルトラハイエンドの間の性能」のクラスをATIは「パフォーマンスクラス」と呼んでいる。ATIはこのクラスのGPUを数売って利益を出し、イメージリーダーのハイエンド製品は、このパフォーマンスクラスGPUを同時マルチ駆動させるソリューション(CrossFire)で対応する。

今回発表されたRadeon HD 4800シリーズもまさにパフォーマンスクラスであり、上位のHD 4870でさえも想定市場価格はUS$299と、安い。Radeon HD 2900 → HD 3800では行われなかった規模拡張がHD 3800 → HD 4800で行われたのは、時代の要求性能と競合製品の性能が底上げされたことに対応するためだ。

ATIは7月末にはRadeon HD 4870を2基1カードに搭載した開発コードネーム「R700」を登場させると予告している。今回もウルトラハイエンドクラスにはマルチで挑む戦略だ

一方、NVIDIAは、今回も超高性能なハイエンドなワンビッグチップとしてのGeForce GTX 200シリーズを投入してきた。GeForce GTX 280は想定市場価格でUS$649と、Radeon HD 4870の二倍以上。これでNVIDIAは商売として大丈夫なのか。

NVIDIAはGPUの圧倒的な並列コンピューティング性能を3Dグラフィックスだけでなく汎用演算にも転用するGPGPU(General Purpose GPU)を推進しており、そのプラットフォームとして「CUDA」(Compute Unified Device Architecture)を約1年前から提供している。このCUDAベースでGPGPUを行う専用ハードウェアが「TESLA」シリーズであり、ご存じの人も多いかと思うが、TESLAのコアプロセッサはその世代の現行GeForceそのものだ。

TESLAはこれまでスーパーコンピュータやHPC(High performance Computer)でしか出来なかったCAE(Computer Aided Engineering)、各種高等シミュレーション、科学技術計算などを、卓上のPCやワークステーションで実行できることが評価され、様々なプロフェッショナル現場で採用されつつある。TESLAの価格は(構成にもよるが)数十万円から百数十万円と、とても高額であり、いわばNVIDIAは、同じGeForceコアのチップをTESLAとして売るだけで10倍以上の価値に生まれ変わらせることが出来るのである。

前述したようにGeForce GTX 200シリーズの開発コードネーム「GT200」の"T"はTESLAの"T"であり、NVIDIAはGeForce GTX 200シリーズをGPGPU用途前提で開発した節がある。それでは、NVIDIAはTESLA向けGPGPUを前提にしたワンビッグチップ戦略を復活させるのだろうか。

実は、NVIDIAも2007年末から2008年初旬までは、GeForce 8800 GTX(G80)をシュリンク/リファインしたしたGeForce 9800 GTX(G92)をベースに、下位モデルとしてGeForce 8800 GT、上位モデルにデュアルGPUのGeForce 9800 GX2というラインナップ展開をして「ATI的なパフォーマンスクラスGPU戦略」に乗ったことがある。

これを踏まえて考察すると、アーキテクチャ的に大きな革新を迎えるときはTESLA前提でワンビッグチップ戦略をとり、時代の要求性能や競合製品の性能が安定しているときは「ATI的なパフォーマンスクラスGPU戦略」を取るのだと思われる。もちろん、ワンビッグチップ戦略をとるときには「TESLAが好調である」という条件付きにはなるだろうが。

GeForce GTX 280(左)とRadeon HD 4870(右)。同時期に登場した上位モデル同士なので同列に比較されがちだが、実はクラスが異なっている