同棲についてあれこれ書いてきたこの連載も、今回で最終回。全体を通して、日本人にとっての「同棲のリアル」、そして「同棲ライフの本質」が見えてきました。

70年代のビンボー同棲につきまとう暗いイメージから、平成の「事実婚」へ

日本で同棲がブームになったのは、1970年代。当時は、第2回で触れた上村一夫の『同棲時代』(双葉社)など、「同棲もの」作品が次々にヒットしました。世界的に「性革命」が起こっていたこともあり、同棲は「革新的な若者文化」として誕生したのです。ただ、40年前は、今のように恋人同士が一緒に暮らすなんて「ふしだらだ」という人が多数派でした。当時の「同棲もの」は一様に湿っぽく、最終的には「彼女が妊娠→堕胎→カップル破局」という悲劇を迎えています。70年代の日本には、まだまだ古い性規範が残っていたので、同棲にも後ろ暗いイメージがつきまとっていたのです。

それから40年以上が経ち、今や同棲は、浅野いにおが『ソラニン』(小学館)で「若者たちのありふれた日常」として描くものとなり(第6回)、『anan』が「男と暮らす」と特集を組むほど「おしゃれで明るい」ものに変わりました(第8回)。同棲が「日常」や「ファッション」の一部となったことで、女性たちは「性の自由」を手に入れたともいえます。親が決めた男性と結婚したり、恋人と暮らしているだけで後ろ指を指されるような時代は、もう終わり。かつては籍を入れずに夫婦関係を営む男女のことを、「内縁」などと(やや暗いイメージで)呼ぶことも多かったのですが、最近では同じ状態を「事実婚」と呼ぶカップルも増えています(第9回)。「事実婚」には内縁とは違って、「私たちは自由なパートナーシップを選んだのだ」という主体性が感じられます。カップルの「自由」は、どんどん拡大しているのです。

同棲への高いハードル、「結婚までは親元で」という規範

ただ、多くの若者は、まだまだ「同棲」に対して消極的です。最近の独身男女に限ってみると、同棲への考え方は、やや「保守的」になっているのでした。国の調査では、「恋人はいるけど、一緒には住まない」若者が増えているのです(第3回)。その理由は2000年代以降、「同棲するなら結婚すべき」と考える若者がじりじりと増えているから。特に女性でその傾向が強い。結婚への期待をプレッシャーに感じる男性たちが、同棲に慎重になっているのかもしれません。

さらに日本では、まだまだ「結婚するまでは実家暮らし」という若者が多いのも事実です。収入があっても親元を離れたがらない若者たちは、90年代に「パラサイト・シングル」と呼ばれて注目を集めました。こうした若者たちは、恋人とのセックスを「ラブホテル」で済ませるので、恋人と暮らす部屋を確保する=同棲の必要を感じないのですね(上野千鶴子氏の指摘より、出典は第5回参照)。一方、欧米諸国では、若いうちから同棲し、そのまま子どもをもつカップルが増えています。政府が「同棲」を制度的に保護しているため、若いカップルが「一緒に暮らそう、何なら子供も作っちゃおう」と、婚外子の割合が増えて少子化も改善傾向。日本も欧米をマネすればいいじゃん!と思いきや、第11回で見たように、現アラサー世代の母親たちは、今もなお「同棲はふしだら」と考える人が多いのでした。そんな親世代の影響もあるのか、同棲するより結婚したい、というより「同棲するなら結婚したい」若者たちが多数派なのでしょう。

「家族だけど、家族じゃない」からこそ生じる悩みと幸福感

さて、そんな「同棲」ですが、経験者にアンケートを取ってみると、実に8割以上が「同棲して良かった!」と答えているのでした(第7回)。「本当に楽しかった」「とにかく幸せ」という声に加え、貯金もできるし、「彼の嫌なところも『許容範囲』だと分かった」など、様々な喜びが感じられます。カップルが籍を入れずに同居することは、「疑似家族」体験。家事分担でぶつかりあったり、「結婚前からセックスレス」に悩んだり(第4回)、はたまた同棲相手が浮気したり(第10回)。「家族だけど、家族じゃない」からこそ生じる悩み、「本当にこの人でいいのか?」という迷いも生じるかもしれません。

その全てが、良くも悪くも「同棲ライフの密度の濃さ」なのです。他人とぶつかり合う「濃密な日常」と、家族ならではの「まったりした幸福感」。これを同時に味わえるのが「同棲」の最大のメリットであり、(時に)デメリットにもなるのだと思います。アンケートの中で、「日常は嘘をつかない」と書いてくれた女性がいました。恋人と日常をともにすることで、思いもよらない「自分の姿」が露呈することもあるでしょう。疑似家族ならではの「相手への執着心」で、がんじがらめになることもあるかもしれません(嫉妬という所有欲は恐ろしいものです)。同棲が引き起こす感情は、決してポジティブなものだけではないと思います。

そういえば、三島由紀夫は『永すぎた春』(1960年、新潮社)の最後で、主人公にこんなことを言わせています。「だって僕たちは1年の婚約期間で、こういうことを勉強したんじゃないか。2人だけの繭(まゆ)に入っているときよりも、他人のことを考えたり心配したりしているとき、いっそう2人の間の愛情が深まるってことを。」(文庫版、231頁)閉じられた2人だけの世界(部屋)に籠もるのではなく、どこか外部(他者)へと開かれた関係こそが、「理想の同棲ライフ」かもしれないなぁ、なんて思うのでした。(了)

<著者プロフィール>
北条かや
1986年、石川県生まれ。同志社大学社会学部、京都大学大学院文学研究科修了。 会社員を経て、14年2月、星海社新書より『キャバ嬢の社会学』を刊行。
【Twitter】@kaya8823
【ブログ】コスプレで女やってますけど
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イラスト: 安海