連載コラム『人に聞けない相続の話』では、相続診断協会代表理事の小川実氏が、その豊富な実務経験をもとに、具体的な事例を挙げながら、相続の実際について考えていきます。


【ケース1】母親は、東京で長男家族と同居していました。もう一人の相続人となる次男は、大阪の会社に勤務し、家族とともに大阪に住んでいます。母親が亡くなる1週間前にお見舞いに来ましたが、その前に母親の顔を見せたのは2年以上も前の事でした。

母親は、亡くなる1年ほど前から足が不自由になり、一人ではトイレに行くのも難しい状況でしたが、長男の妻の献身的な介護もあって、非常に安らかな最期を迎える事が出来ました。

亡くなった母親の財産は、長男と同居していた先祖代々の家(5,000万円)と預金(1,000万円)でした。

平成27年から相続税法の基礎控除が下がり、相続人2人の場合の基礎控除は4,200万円に下がりましたが、母親と同居していた長男が家を引き継げば、小規模宅地の評価減の特例が使えるため相続税も0円となるので、「我が家には相続は関係ない」と長男は思っていました。

次男から「法定相続分である3,000万円をもらいたい」と言われるまでは…


【診断結果】相続の話になった際、「うちには大した財産はないから相続は関係ない」とおっしゃる方が、たくさんいらっしゃいます。そういう方は、ほとんど「相続税がかからないから」関係ないと思っています。

確かに、「財産の金額が相続税に基礎控除を下回る場合には、相続税は関係ありません。しかし、「相続は、相続税を支払う事だけ」ではありません。財産が基礎控除以下の方も、遺産分割をしなければいけません。実際には、"大した財産がない"場合のほうが、揉めています。

遺産分割事件の数は年々増える傾向にあり、平成25年度は1万2,263件に上ります。その内訳を見ると5,000万円以下の財産の方が4分の3を占めています。つまり、遺産分割調停の4分の3は、昨年までであれば、財産が相続税の基礎控除以下の方「大した財産がない」場合なのです。家1軒、現預金がわずかという財産の方が、分けられない遺産を巡って、骨肉の争いをしています。

なぜ、相続が"争族"になってしまうかというと、

  1. 平等に分けられない

  2. 家督相続と平等相続のギャップ

  3. 近くに相続について相談する相手がいない

の3つが大きな原因として挙げられます。

(1)平等に分けられない

相続財産の1/2を占めるのが不動産で、分けられない財産の典型です。

冒頭のケースで、自宅を売却して財産を1/2に分ける事が出来ない為、弟の申し出もあり、母親と長男家族が住んでいた自宅を、「長男と次男の共有」にしたとします。

10年後に弟が先に亡くなると、長男の家の家主として、次男の妻や甥姪が登場し、やがて家賃を請求されるようになったり、持分の買取りを要求されるようになったりします。

母親の死後10年も経ってから、元々兄弟が生まれ育った家を巡って、長男は悩み、最悪は売却をしなければいけない事も起こりえます。

未上場会社の株式もまた、会社の支配権をめぐって争いが起きやすいので、平等に分けづらい財産です。

全てが金融財産でもない限り、法定相続分どおり平等に分ける事は不可能に近いのです。

また、親が亡くなった時の財産を平等に分ければ、相続人すべてが納得するかというと、「大学へ行った。留学した。高校しか出ていない。マンションの頭金を出してもらった。結婚式の費用を出してもらった」など生前に親が子供に使った金額も平等ではないので、相続の際、そのような不満が爆発することも良くあります。

兄弟姉妹の争族は、親の愛情を巡ってのケンカ、自分の方が愛されていたと思いたいケンカです。「相続でもらう財産の多寡で、親の愛情を確認する争い」になってしまうと、他の兄弟姉妹よりも「財産が少ない=親の愛情が少ない」という構図になり、お互い後に引けなくなってしまいます。

(2)家督相続と平等相続にギャップ

現在、相続を検討しなければいけない70歳以上の方は、戦前民法の家督相続で財産を引き継がれた家長の方、あるいは家長ではなく財産をあまり引き継がなかった方です。

その世代の方々は、本能的に「家長となるものが財産を引き継げば良い」と思っていらっしゃいます。

日本は戦争に負け、昭和22年に民法が、平等相続に改正されました。渡す側は、家督相続。もらう側は、平等相続。渡す側の70歳以上の方は、あまり多くを語らない世代なので、自分の死後の財産について子供たちに話していません。

そのような状況で、親が亡くなると、一生懸命親の面倒を見た子供も何年も家によりついていない子供も同じ割合の相続権を主張しますので、やはり揉めてしまいます。

(3)近くに相続について相談する人がいない

相続は、親の財産を明らかにし、誰が引き継ぐかという非常にプライベートな問題ですので、気軽に誰にでも相談出来る問題ではありません。

また、税理士・弁護士・司法書士などの専門家に相談すればよい事はわかっていても、どの専門家が親切に答えてくれるのかわからなかったり、相談料が不安だったりで、実際に専門家に相談に訪れる方は少ないのが現実です。

この大きく3つの事が原因で、実際に対策が進まないのが相続です。

結果、何も対策されないまま相続が始まり、争族になり家族が壊れてしまう事が少なくありません。

しかし、戦後の日本を支えた私たち両親の世代の方々は、何のために自分を犠牲にして24時間365日働いていたのでしょうか?

お金のため・名誉のため、もちろんあったと思います。しかし、究極的には「家族のため」に働いていたと思います。家族のために自分を犠牲にして働いて築いた財産を巡って、自分の家族が壊れてしまったら、その人の人生は台無しになってしまいます。

そんな不幸を減らすためには、どんな準備をしていけばよいで良いでしょうか?

相続が円満で終わるケースは、

「家やお墓を守る役割がある子供は、引き継ぐ財産も責任も大きい。家やお墓を守る責任がない子供は、引き継ぐ財産は少ない。それは役割が違うから仕方のない事。しかし、親の愛情は、兄弟姉妹すべてに平等。親の愛情をしっかり受け継ぎ、兄弟姉妹仲良く助け合って暮らして欲しい」

そんな親の愛情が、しっかり伝わっている家族です。

相続を"争族"にしないため一番大切な事は、「家族に愛情を伝える事」です。

(※写真画像は本文とは関係ありません)

執筆者プロフィール : 小川 実

一般社団法人相続診断協会代表理事。成城大学経済学部経営学科卒業後、河合康夫税理士事務所勤務、インベストメント・バンク勤務を経て、平成10年3月税理士登録、個人事務所開業。平成14年4月税理士法人HOP設立、平成19年4月成城大学非常勤講師。平成23年12月から現職。日本から"争族"を減らし、笑顔相続を増やす為相続診断士を通じて一般の方への問題啓発を促している。相続診断協会ホームページのURLは以下の通りとなっている。

http://souzokushindan.com/