人口減少などにともない日本の中古住宅の市場拡大が予想されているなか、安心して住宅を購入するため、劣化や不具合などの建物状況を第三者に診断してもらう「ホームインスペクション(住宅診断)」が浸透してきている。

2018年の4月には宅地建物取引業法が改正され、中古住宅の売買の場において、不動産業者は買い主や売り主に対しホームインスペクションの説明を行うことが義務付けられているという。

  • ホームインスペクション(住宅診断)の実態とは?

では、ホームインスペクションとはどのような基準で何を診断しているのか。そして、いざ依頼する場合はどのようなホームインスペクター(診断士)にお願いすればいいのだろうか。

このほど、業界の先駆け的存在であるさくら事務所が実施している「ホームインスペクター向けの講習」がメディア向けに一部公開されたため、筆者は現場へ足を運び、住宅診断のスペシャリストに話を伺った。

インスペクションは「調査が4割、コンサルティングが6割」

講習が行われたのは、さくら事務所が研修センターとして利用しているという都内の一軒家。同社が空き家を借り、耐震補強など最低限のリフォームを行いながら、現在はホームインスペクター向けの技術的な研修や一般向けのセミナーなどで活用しているという。

  • 講習が行われた一軒家外観

この日はデビュー間もないホームインスペクターのためのスキルアップ研修として、同社で3,000軒を超えるインスペクションを行なってきた水永浩一郎氏が、ホームインスペクター向けに過去の事例などを共有した。

  • 設計知識、建築技術を広く兼ね備え、購入者と造り手の架け橋となる、住宅診断のスペシャリスト・水永浩一郎氏

現在、首都圏で40〜50人のホームインスペクターが在籍しているという同社では、最前線で活躍し業界の今を知る建築家に積極的に参入してもらうべく、基本的に現役の建築士と業務委託の形をとっているとのこと。

講習の中で水永氏は「しっかりとした調査ができることは大前提ですが、技術的な調査がパーフェクトでも40点しかもらえません」と、ホームインスペクターの仕事におけるコンサルティングの重要性を強調。

「もともと建築の専門家であるみなさんは、技術的なことを見抜く力はすでにお持ちですが、ただ調査結果を伝えるだけでは不十分です。戸建ての場合、我々は2.5〜4時間ほどかけて網羅的に調査しますが、依頼者が一番気がかりな点について十分な納得が得られていないと、些細なことからクレームになるケースもあります。依頼の動機をなるべく事前に把握し、見つかった不具合に対する今後の方針や対策などについて、丁寧に説明してアドバイスすることが依頼者の不安を取り除くことにつながります」と語り、施工者や売り主と購入者の橋渡し役として、中立的な立場を堅持する意識を受講者らに求めていた。

  • 「建物から少し離れて見てみると、給湯器が若干傾いていることがわかる」と水永氏。地震などにより給湯器が隣の家に倒れてしまうという可能性も指摘していた

  • こちらは建物の水切りの下の防鼠材。切れ目部分が少し開いているため、ここからネズミが入ってきてしまう

  • 戸棚の扉が付け間違っているなど、見た目だけではなく実際に動かさないとわからない不具合も

  • 鎹(かすがい)は両面固定が基本であるにもかかわらず、それが打ち込まれていないというケース。通常の検査機関においてこれは検査項目に入っておらず、本来必要なものだが「検査が通ったんだから大丈夫だろう」という施工者もいるのだそう

レオパレスで注目を集めた収益物件の悲惨な現状

さくら事務所は、都内だけで新築・中古物件も含め年間2,500軒超のインスペクションを実施している。もし不具合が見つかった場合は将来の懸念事項などを伝え、当事者間の交渉のためのアドバイスなどを行い、その依頼数は右肩上がりで増加しているという。

「戸建・マンションに限らず法規的にグレーなもの、明らかに施工品質が低い物件は中古ではかなりの数が存在しますし、新築でも施工品質があまりよくない施工会社があります」とは、現役のホームインスペクターである田村啓氏談。

「特に収益アパートはかなり危惧しています。不具合を発見した場合、基本的にオーナーが主体となって建設会社や事業会社に交渉して、新築であれば引き渡し前までに直させるのが原則ですが、そもそも収益物件は表面利回りがすべての世界。オーナーも自分が住むわけではないので施工品質を上げるインセンティブが働きにくく、収益物件に関しては『法規的に黒の部分は直すけど、グレーな部分は直さない』という施工会社も少なくないんです」

確認申請の図面と実施図面が違う物件などが見つかったレオパレスの問題も記憶に新しいところだが、最近では賃貸住宅のオーナーからの依頼も急増し、金融機関からの問い合わせも少しずつ増えているという。また近年、要注意なのがリノベーション物件だ。

「スケルトン(骨組み)リフォームを施した物件など、リノベーションと一口にいっても様々ですが、一部のお化粧直しだけをしているような物件はインスペクションが難しい場合もあります。築年数やリフォーム履歴などを参考にしながら、点検口や隙間からカメラなどの機材を使い、できる限りの調査は行いますが、意図的に隠されてしまうとインスペクターでもわかりません。特に難しいのが人間でいうところの循環器系である給排水管で、ぱっと見は綺麗でも血液ドロドロみたいな感じで、漏水トラブルなどが発生するリスクも考えられます」

  • 浴室裏のダクトがしっかり固定されておらず、湿気が漏れてカビやサビなどの原因に。天井裏に入った湿気は抜けるところがないため注意が必要だ

  • 1階の床を支える梁部材に排水管が通ってしまっている状態。取り換えが困難であり、排水管を動かしても穴は開いたままになってしまう。施工者との話し合いが難航しそうな部分である

  • サーモグラフィカメラを扱う場合も。すでに雨漏りが確認されているケースなどでは、水の入り込んでいる通り道を調査する際などに導入しているという

  • 基本のコースでは点検口から屋根裏を覗くが、見えにくい場合はオプションで実際に屋根裏へ入ることもあるそう。写真は現役のホームインスペクターである田村氏が屋根裏を点検している様子

信頼できるホームインスペクターの選び方

前述したとおり、昨年の宅建業法改正で義務付けられたのはインスペクションについての説明までであるため、実際に調査を行うか否かは売り主と買い主の任意。国が定める「既存住宅状況調査技術者」による調査も、現在のコンディションを判断するのみという、あくまで最低限のレベルに留まっている。

物件のタイプや契約の段階、依頼者などに応じてアドバイスすべき内容も変わるため、幅広い知識や高い専門性が求められるホームインスペクターだが、民間団体や企業でスキルアップやレベルの底上げを図っているのが現状のようだ。

加えて、大手不動産会社ではブランドの安心・安全を高める差別化の一環として、自社の提携先でインスペクションを行うところもあるが、インスペクションが売り主主導で行われると、不動産会社とインスペクターとの癒着への懸念も拭いきれない。

前出の田村氏によれば、「そうしたところでは調査結果は宅建士から説明されますが、宅建士は建物の構造に対しては素人ですから、劣化箇所について技術的な説明や具体的なアドバイスをすることができず、本日の講座のテーマでもあったコンサルティングの部分が不十分なことが多い」とのこと。

つまり、後悔のない住宅購入のためには、消費者自らがホームインスペクターを選定することが重要というわけだ。そして、選定に際しては「経験や実績を重視すること」が大切だという。中古住宅の建物の状態は千差万別であり、工法にも様々な種類が存在している。建築士などの資格を保有していることだけを判断材料とせず、これまでに何軒ほど診断してきたのか、診断を依頼する建物の工法に詳しいのかどうかなど、率直に尋ねてみるのがいいかもしれない。

また、インスペクターはあくまでも中立的な立場でなければいけないことは大前提である。依頼に際しては、各社HPのガイドラインなどもしっかりとチェックし、「取引において利害関係がないのかを確認」しておこう。

さらに、調査・診断の場にも立ち会い、「ホームインスペクターから直接アドバイスを受けられる機会を持つこと」も肝心と言えるだろう。