日本の持ち家率は、70代では80%以上となっています。つまり持ち家が日本人の基本路線であり、生涯賃貸住宅選択派は少ないと思います。

ここでは、転勤族であったり、実際は持ち家を購入する能力がありながら、積極的賃貸派であったりする方、またはこれから人生設計を立てていく若い世代が、「人生100年」を想定して考えなければならない住まいのことについてまとめてみましょう。

生涯、賃貸住宅選択のメリットとデメリット

よく話題に登場するのが、「持ち家と賃貸ではどちらがお得?」という話題です。そもそも価値観の異なるものを同じ土俵に上げること自体、意味のないことなのですが、何度も話題になるのは、ローンの不安や頭金用意への負担感などが要因でしょう。

その都度持ち家と賃貸の収支が試算されますが、いつの場合もほぼ同じで大差がないという結果のようです。では、双方に収支以外のどのような違いがあるのでしょうか。賃貸住宅選択の主なメリット・デメリットは次のようなものがあります。

メリット

住宅ローンの負担がない……頭金が十分に用意できていれば、月々の返済額が家賃以下となることもありますが、そうでなければ、月々の返済額は重く家計にのしかかってきます。転職などで給与が減少すれば返済困難になることも考えられます。妻が育児のために退職を余儀なくされるケースもあるでしょう。

身軽に転居できる……ご近所とのトラブルがあっても、最悪転居してしまえば解決します。持ち家の場合は簡単ではありません。とんでもない隣人とわかっても、住まいを売却して新たに購入となると相当の負担を覚悟しなければなりません。残念ながら、日本の中古住宅市場は成熟しておらず、中古住宅は本来の価値以下の価格となってしまうので、ローンの残債を返済すると次の物件購入の頭金が極端に少なくなることも考えられます。 災害リスクが少ない……日本は災害の多い国です。東日本大震災では、多くの家屋が津波で流されてしまいました。地震による倒壊や火災、河川の氾濫やがけ崩れなどで、家屋を失うリスクは高い国です。ローンが残っていれば、家はなくてもローンを支払い続けなければなりません。

転勤や転職に対処しやすい……転勤の場合は会社で手当てが出る場合もあるでしょうが、転職となると今まで住んでいた住まいの扱いに困ります。中古住宅の価値は低くなりますし、よい条件で貸せるとは限りません。

デメリット

資産が残らない……持ち家はいずれローンを完済すれば資産として残り、その後の住居費は少なくなり、老後の生活を安定させます。売却や賃貸として収益を上げることも可能ですが、賃貸生活の場合は住まいに変わる財産を用意しなければなりません。

家賃を支払わなければならない…当然ながら年金生活になっても家賃を払い続けなければなりません。より小規模な物件や家賃の安いエリアに転居を余儀なくされるかもしれません。

自由にアレンジできない……賃貸物件は自由にリフォームできません。住みづらくなれば転居となります。リフォームは自己表現の一つでもありますので、住まいの満足感に差が付きます。

子供へ故郷を与えにくい……近所の幼馴染みが、そのまま年齢を重ねて飲み友達でいられるのは幸せなことです。遠くの親戚より、近くの他人とも言います。賃貸でも、可能であるなら地域を絞って一定地域内で転居するなど、子供に故郷を与える配慮は大切です。転勤族でもメインの拠点に戻ってきたら、前の住まいと近いところを選択するなど、賃貸でも住まいのエリア選択は大切です。

賃貸住宅選択で気をつけるポイントとは

賃貸住宅選択のポイントの一つは予期せぬ事態への対処方法です。一家の稼ぎ手が死亡したらしたら、どうなるでしょうか。持ち家の場合は、その時点で住宅ローンの残債は団体信用生命保険から支払われ、遺族にはローン負担のない自宅が残ります。そのために、住宅ローンを借り入れたら、それまでの生命保険金額を見直すことも可能です。

しかし賃貸住まいであれば、万一の場合の保険金額は家賃相当分も含めて考えなければなりません。

賃貸住宅選択と老後の生活

「転勤も多いし、海外のケースもあるので、定年までは賃貸住宅住まいを選択するけど、老後は田舎にUターンして、実家を引き継ぐ予定」のようなケースは、賃貸住まいでも老後の生活設計は、特に問題はないかもしれません。田舎でなくても、家賃不要の老後の住まいの見当があるケースも同様です。

しかし、年金生活になっても賃貸生活の予定の場合は、限られた年金からアパート代などをねん出しなければなりません。仮に共働きで夫婦それぞれの年金がある場合は何とか家賃を支払えても、一人になった時は大丈夫でしょうか。金融資産での蓄財や老後も働けるスキルとネットワークの構築などを準備しておくことが大切です。

また、年をとって介護が必要になった時のことも考えておく必要があります。子供をあてにできる時代ではありませんので、自分自身の資産でまかなわなくてはなりません。高齢者住宅に入居しようと思っても、一時金が数千万円必要な施設もあります。そのために自宅を売却して入居するケースが一般的ではないかと思います。持ち家がなければ、その分を貯蓄で用意しなければなりません。

夫婦どちらかが要介護になったケース、夫婦ともに要介護になったケースなどいろいろなケースがあります。どちらかが高齢者施設に入居となり、世帯が二つにならないとも限りません。

「住まい」という資産が残らないことを前提に、若い頃から準備しておくことが必要でしょう。UターンやIターン先のあてがない場合でも、若いころから休みを利用して気に入った地域を訪れ、地域の人々とのつながりを形成しつつ、老後の移住のために準備することも可能です。将来どうしたいかを考えて準備していけば、今も楽しいと思います。

■著者プロフィール: 佐藤章子

一級建築士・ファイナンシャルプランナー(CFP(R)・一級FP技能士)。建設会社や住宅メーカーで設計・商品開発・不動産活用などに従事。2001年に住まいと暮らしのコンサルタント事務所を開業。技術面・経済面双方から住まいづくりをアドバイス。