一般的に、新たなOSは、それが市場に登場してからある程度の期間を経てようやく企業での導入が検討され、移行が本格化する傾向にあります。業務へのITの依存度が高まり、日々利用するアプリケーションの安定稼動が企業活動において不可欠となっている今日、OSの移行実績が充実した後に自社も検討するという先の傾向は、当然の動向だといえるでしょう。

こうした中、国内でも有数の従業員規模を有するキヤノンマーケティングジャパン株式会社では、約20,000人へ配付する 標準PCについて、Windows 10が提供を開始する前の2014年からOSの移行を検討。その後2016年度内で、全標準PCのWindows 10移行を完了しています。同社が早期にWindows 10への全面移行を進めた理由には、イノベーションを創出するという同社IT部門の強い志がありました。

プロファイル

キヤノングループの一員であるキヤノンマーケティングジャパン株式会社。日本市場における、キヤノンブランド製品、関連ソリューションの商品企画や販売などを担う同社の事業領域は、情報機器の販売からシステムの構築保守、産業医療分野の製品販売など、多岐にわたります。

導入の背景とねらい
段階的なPCリプレースは、コストと効率の面で課題があった

キヤノンマーケティングジャパン株式会社

競争力向上を目的として新たなITシステムを導入する「攻めのIT」が、昨今注目を集めています。一方で、コストの削減や運用負荷の軽減といった「守りのIT」に対する重要度が下がっているかといえば、決してそうではありません。企業のIT部門に求められるのは、イノベーションの創出を、いかにして最適なコスト、工数で果たすかだといえるでしょう。こうした攻めと守り、双方のITを高い水準で実践しているのが、キヤノンマーケティングジャパン株式会社(以下、キヤノンマーケティングジャパン)です。

キヤノンマーケティングジャパンではITの定常運用作業と開発作業をグループ会社であるキヤノンITソリューションズ株式会社へ委託する形をとっています。IT部門はコンサルタントや企画を主業務とすることで、攻めと守りのITに注力しているのです。

キヤノンマーケティングジャパン株式会社 IT本部 ITアーキテクト部 ITアーキテクト課 主管スタッフ 八木下 洋氏

キヤノンマーケティングジャパン株式会社 IT本部 ITアーキテクト部 ITアーキテクト課 主管スタッフ 八木下 洋氏は、同社の IT 部門の役割について次のように説明します。

「当社のIT部門は、従来の保守運用を主業務とした受け身の立場から、経営戦略や事業戦略と連動したイノベーションをリードする上流へと、その役割を大きく変化させています。この動きは2010年に実施したIT本部の再編に端を発し、2015年からはより大きく加速しています。Exchange Server、Lync Server(現、Skype for Business Server)の導入によるコミュニケーション改革など、さまざまなICTの取り組みをこれまでに実践してきましたが、こうしたイノベーションの創出には、当然コストや工数がかかります。抑えるべきところは抑えなければ、これを継続することはできません。イノベーション創出に向けた、コスト、リソースの削減もまた、われわれIT部門の大きな命題だといえるでしょう」 (八木下氏)。

八木下氏が触れた「イノベーション創出に向けた、コスト、リソースの削減」において、クライアント環境の最適化は大きなテーマとなります。業務のITへの依存度が強まる今日、PCを使わない業務はほとんどないといえるでしょう。標準PCの計画を策定し、調達、導入、資産管理、運用保守、ユーザーサポートという一連のライフサイクルを円滑化することは、単にコストを削減するだけでなく、従業員の業務効率を最適化する意味でも高い重要性を持つのです。しかし、従業員が増え、組織が複雑化するほど、ライフサイクルの最適化は困難になっていきます。全国に多くの拠点を構え約20,000台もの標準PCを配付するキヤノンマーケティングジャパンにおいて、先の最適化は容易なことではありませんでした。

同社では従来、約20,000台ある標準PCの配付対象を5つのブロックに分け、リース契約で機器を調達。調達のたび、全部門のアプリケーションの互換性を検証してPCライフサイクルを管理することにより、業務に不可欠となるアプリケーションの動作を担保してきました。しかしこの方法には、あるブロックが機器を調達するたびに互換性検証作業が発生したり、ブロックごとで契約が発生するためにコストがかさんでしまったりと、さまざまな問題が生じていたといいます。これを解消すべくキヤノンマーケティングジャパンが取り組んだのが、PCライフサイクルの1ブロック化です。

段階的だった標準PCのリプレースを一括化することは、上の表にあるように、調達、運用という面でさまざまなメリットがありました。しかし、20,000台もの標準PCを一度に配付、展開するためには、これをスムーズに進めるためのノウハウが欠かせません。そこでキヤノンマーケティングジャパンは、2012年に控えていたWindows XPからWindows 7へのOS移行で、まず5ブロックから2ブロックにPCライフサイクルを統合。そこで蓄積したノウハウをもって、次期リプレース時には一括調達することを計画します。

システム概要と導入の経緯
報道発表の当初からWindows 10への移行を検討。入念な準備とOSの高い互換性によって、スムーズかつ早期に検証作業を完了

キヤノンマーケティングジャパンは2012年から2013年にかけて実施したWindows 7移行で、PCライフサイクルの1ブロック化に向けたノウハウの蓄積を進めました。そしてこれを終えた翌年である2014年9月、次期OSとなるWindows 10が報道発表されます。

一般的に、新たなOSは、それが市場に登場してからある程度の期間を経てようやく企業での導入が検討され、移行が本格化する傾向にあります。OS移行にはセキュリティの強化などさまざまなメリットがあります。しかし、既存アプリケーションの安定動作をまず担保しなければならない以上、先の傾向があることは致し方がないといえるでしょう。そのような中、キヤノンマーケティングジャパンでは 2014年の報道発表を受けてすぐ、Windows 10へのOS移行を検討します。

キヤノンマーケティングジャパン株式会社 IT本部 ITアーキテクト部 ITアーキテクト課 主任 宮本 知美氏

この理由について、キヤノンマーケティングジャパン株式会社 IT本部 ITアーキテクト部 ITアーキテクト課 主任 宮本 知美氏は次のように説明します。

「当社ではこれまでのOS登場の周期を踏まえ、2016年前後には新たなOSが提供されるだろうと予測していました。そこでWindows 7移行の際、PCライフサイクルを2ブロック化すると同時に、2016年度末に各ブロックのリース契約が同時に終了するよう調整したのです。これは、一括調達、つまり次期OSへの移行を2016年度末に実施すると、仮ながら定めたためでした。こうした背景から、Windows 10に関する情報が公開された段階で、OS移行の実現性について検討を開始したのです」(宮本氏)。

Windows 10が提供を開始したのは2015年8月です。そこからまだ1年しか経過していない2016年度中にOSを移行することは、業界的には早期の取り組みといえました。

アプリケーション互換性の問題は、キヤノンマーケティングジャパンのように複数の組織がさまざまな業務アプリケーションを利用している場合は特に大きなリスクとなります。Windows 7の延長サポート終了が2020年と迫っていた背景から、この段階でWindows 7搭載機の新規リース契約を結ぶことは現実的ではありません。ですが、リース期間を1~2年延長して現在のWindows 7搭載機を長く使うという選択肢も、同社には残されていました。

このような中、キヤノンマーケティングジャパンは当初の計画どおり、2016年度中に全標準PCを一括調達してWindows 10環境へ移行することを正式決定します。八木下氏はこの決定の理由について、次のように説明します。

「アプリケーションの動作の安定性を確保することは、当然必要です。しかし、リース期間の延長は、従業員の業務に悪影響が出ることが懸念されました。契約を延長する場合、2012年度に調達した機器は5年目を迎えるため、パフォーマンスの劣化が予想されます。古いPCを全従業員が使い続けることは、グループ全体に少なからぬ影響を引き起こすと考えたのです。幸い、Windows 10が報道発表された段階から移行に向けた準備を進めてきたため、検証時間は十分にありました。また、高水準な互換性を備えていることがマイクロソフトからアナウンスされていたため、早期の移行であってもアプリケーションの安定動作を担保できるだろうと判断しました」(八木下氏)。

キヤノンマーケティングジャパンではWindows 10が提供を開始した 2015年8月より、互換性の検証作業を開始。同社が利用するアプリケーションの数は、各部門で独自に利用するものを含むと100をゆうに超えます。検証作業ではそのすべてについて互換性を抜かりなくチェックし、不具合を調整することが求められました。ですが、宮本氏は、Windows 7移行と比べてWindows 10の互換性検証は、驚くほどスムーズに進めることができたと語ります。

「実はWindows 7への移行は、動作が不安定なアプリケーションが多くあって非常に苦労しました。OSを原因とする不具合が発生することは、現場の業務の円滑さを阻害する以上避けなければなりません。一括調達ということでこの点のプレッシャーは非常に強かったのですが、Windows 10が優れた互換性を持つこと、また既にInternet Explorer 11への対応を済ませていたことから、検証に際しては不具合自体がそれほど発生せず、スムーズに作業を進めることができました。結果として2016年度の上半期には、検証を完了することができています」(宮本氏)。

導入効果
段階的だったリプレースをWindows 10移行を機に一括化したことが、コストと利便性に劇的な変化をもたらす

キヤノンマーケティングジャパンでは互換性の検証作業と並行し、各部門への調査をもった標準PCの機種選定を実施。その後、2016年10月より、下表にある要件を備えた4 つの機種のもとで、Windows 10を搭載した標準PCの展開を開始し、2017年2月に約20,000 台の配付を完了しています。

エンドユーザーの満足度を高めるべく、キヤノンマーケティングジャパンでは標準PCの選定に際して各部門へのヒアリング調査を実施。各業務に合わせた最適なモデルを選定した

OS移行においては、アプリケーションの互換性だけでなく、業務移行がスムーズにいくかどうかも留意する必要があります。これまでの標準PCから使い勝手が変化することは、そこに慣れるまでの期間、業務効率を低下させるおそれがあるのです。この業務移行についても、Windows 10は従来と比べてスムーズにユーザーへ浸透したと、宮本氏は笑顔を見せます。

「今回のリプレースでは、まずキッティング済みの標準PCを配付し、従業員自らにセットアップしてもらう手法をとりました。マニュアルを配付してユーザーサポートで都度問い合わせに対応する体制を敷いていたのですが、同じ手法を採ったWindows 7移行の際と比べてOSの使い方に関する問い合わせが少なく、ユーザーが新しい環境に早期に慣れてくれていると感じています。私自身もWindows 10を利用するうえで何か特別な学習をした覚えがなく、直感的に扱うことができています」(宮本氏)。

Windows 10が備える高い互換性と利便性によって、早期かつスムーズなOS移行を実現したキヤノンマーケティングジャパン。これまで段階的だったリプレースを、一括調達によって統合したこともあって、同取り組みは調達、利用、運用のさまざまな側面で明確なメリットを生み出しています。八木下氏はその中でもコスト削減の効果について、次のように評価します。

「社内の全標準PCを一挙にWindows 10搭載機へリプレースしたことによって、段階的にリプレースしてきたこれまでと比較して10%ほど調達コストを削減できています。20,000台という規模を考えた場合、この10%という数値は非常に大きなコストとなります。今回の取り組みではこの削減分を、よりハイスペックな機種を調達するための予算に割り当てました。つまり、従来とほぼ同等のコストで、これまで以上に高性能な標準PCを全従業員が利用できるようになったわけです。Windows 10が有する高い利便性も相まって、業務効率を大幅に高めることができたと感じています」(八木下氏)。

Windows 10を利用するようす。削減されたコストを標準PCのスペックに割り当てたことで、従来と同等コストながら大幅な性能と利便性の向上を実現している

今後の展望
将来的にはWindows 10 Mobileへの切り替えも検討

Windows 10へ標準PCのOSを統一したことは、「守りのIT」としてだけでなく、「攻めのIT」の観点においても大きく貢献することが期待されています。八木下氏と宮本氏は、現在同社が推し進めているモバイルワークを例に、この点について語ります。

「キヤノンマーケティングジャパンでは全標準PCをノートPC化し、2012年以降はモバイルワークを強く推進しています。そこで課題となるのは、モバイルワーク環境における、セキュリティと生産性の確保です。PCだけでなくモバイルデバイスもWindows 10 Mobile化することで、両環境のセキュリティ水準を標準化でき、またモバイル デバイス上でのOfficeアプリケーションの利便性も高めることができるでしょう。現在はiOSをモバイルデバイスとして利用していますが、当社の業務要件に合う機種が揃った際には、Windows 10 Mobileを採用する可能性も十分にあると考えています」(八木下氏)。

「モバイルワークを強化している目的は、当社が経営戦略の1つとして掲げている『働き方改革』の推進にあります。いつでも、どこでも業務ができる環境を整備するには、業務端末だけでなく、コミュニケーションのあり方についても変えていかなければなりません。キヤノンマーケティングジャパンでは、2018年度中にコミュニケーション基盤のOffice 365への移行も予定しています。今後、端末、アプリケーションの双方でマイクロソフトのテクノロジーを活用することで、『働き方改革』というイノベーションの実現を目指していきたいと考えています」(宮本氏)。

攻めのITへの注目が集まる今日ですが、キヤノンマーケティングジャパンの取り組みは、攻めのITと守りのITは表裏一体であり、双方のバランスをとりながらITを企画し実装していくことが重要だという学びを与えてくれます。同社は今後も、経営戦略や事業戦略と連動したIT部門の施策を経て、多くのイノベーションを生み出していくことでしょう。

「社内の全標準PCを一挙にWindows 10搭載機へリプレースしたことによって、段階的にリプレースしてきたこれまでと比較して10%ほど調達コストを削減できています。20,000台という規模を考えた場合、この10%という数値は非常に大きなコストとなります。今回の取り組みではこの削減分を、よりハイスペックな機種を調達するための予算に割り当てました。つまり、従来とほぼ同等のコストで、これまで以上に高性能な標準 PCを全従業員が利用できるようになったわけです。Windows 10が有する高い利便性も相まって、業務効率を大幅に高めることができたと感じています」

キヤノンマーケティングジャパン株式会社
IT本部
ITアーキテクト部
ITアーキテクト課
主管スタッフ
八木下 洋氏

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