周辺の環境をシステム自らが認知し、どう動くべきかを判断し、そして自らを制御する。いつか映画で観たような姿が、今、ビジネスの現場で当たり前のように見られるようになっています。こうした「複雑な状況に対して適切な対応ができるシステム」は、いったいどうすれば構築できるのか。そこで欠かせない技術が、深層学習 (ディープ ラーニング) です。
深層学習とは、人の神経を模したコンピューター ネットワーク (ニューラル ネットワーク)に多量のデータを与えて、特定の物事を学習させる方法です。囲碁の世界チャンピオンが深層学習を経たコンピューターに敗れたことは、記憶に新しいでしょう。深層学習が持つあらゆる可能性を研究している企業の 1 社が、カーナビゲーション システムで世界トップクラスのシェアを有するアイシン・エィ・ダブリュ株式会社(以下、アイシン・エィ・ダブリュ)です。同社は現在、Microsoft Azure をプラットフォームに、深層学習を活用した開発支援システムの整備を進めています。
開発プロセスの全情報を記録し、行動支援に活用
アイシン・エィ・ダブリュのナビ製品は、単なる道案内ソフトではありません。前方の道路情報とドライバーの操作をもとに AT の最適な変速を行う「ナビ協調シフト制御」や、一時停止を行うための減速をアナウンスする「ナビ協調ブレーキアシスト」など、ナビ製品と車両デバイスが連携することで、運転をサポートします。こうした機能を発展させるために、現在、深層学習の応用を目指しているのです。
また、同社は製品への機能実装だけでなく、開発支援やプロジェクト支援における深層学習の応用も進めています。アイシン・エィ・ダブリュ株式会社 VIT 事業本部 コネクティッドソリューション部 プロセスイノベーショングループ グループマネージャーの倉又 淳 氏は、今日の開発工程に大きな変化を及ぼしている「コネクテッド カー (ICT 端末としての機能を有する自動車)」を引き合いに、この点を説明します。
「ナビ製品に代表される VIT (Vehicle Information Technology: クルマの情報処理技術) の開発は、従来、車載機だけで完結していました。しかし、コネクテッド カーが普及する今、情報を送受信して 蓄積するネットワークやサーバーなども組み合わせながら開発を進めることが求められています。当然、そのプロセスは複雑化する一方です。人の手だけで当社基準を 100% クリアしながら迅速に開発を進めることは、困難になりつつあります。そこで現在、すべての開発プロセスとその成果物である『情報と行動』を集約し、そこに深層学習を適用することによって開発を支援する取り組みを進めています。"v.Platform"と名づけたこのシステムによって、製品のさらなる高品質化、およびスピード開発が実現できると当社では考えています」( 倉又 氏)。
開発の過程では、「その人でないとわからない作業」や、「繰り返し同じことをしている作業」などが日々発生しています。こうした作業を深層学習によって標準化、自動化し、また、過去の開発プロセスをトレーサビリティとした「将来のプロジェクト予測」を行えば、人はよりクリエイティビティな作業にリソースを割り当てられるようになります。
これを目指し、アイシン・エィ・ダブリュでは現在、「ナビ動画目視検査の自動化」「プログラムの自動生成」といった開発支援、「プロジェクト予測」や「工数の自動見積もり」といったプロジェクトマネジメント支援など、さまざまな領域、多岐にわたるテーマに対して深層学習の適用を進めています。
製品の信頼性評価を担当するアイシン・エィ・ダブリュ株式会社 電子事業本部 電子信頼性技術部 企画グループの齋藤 進 氏は、「ナビ動画目視検査の自動化」を例に挙げて、開発プロセス上で深層学習を活用する意義について説明します。
「商品が真に評価されるのは市場です。だからこそ、私たちは市場を想定した徹底的な評価行わなければなりません。ナビ製品に対してはベンチ評価や実車評価などさまざまな観点から評価を行っていますが、これらはどうしても個人的な判断を伴い、ブレが生じてしまいます。評価における属人性を排除すべく、これまで自動判定技術の開発に力を注いできたものの、『描画異常』の領域についてはこの技術を確立できていませんでした。深層学習が有効に機能するのは、まさにこの領域となります。たとえば、実走シミュレーターによる試験では、180,000 画像につき 1 つだけ発生するような、低頻度かつ一瞬のエラーが起きます。これをチェックするために人が目視し続けるのですが、疲れ目や集中力低下による見逃しは当然起こりえますし、担当者によって検出力のバラ付きもあります。深層学習によって膨大な画像のチェックを自動判定できれば、製品の品質を従来以上に高めることが可能です」( 齋藤 氏)。
クラウド活用を前提に、v.Platform の構築を進める
アイシン・エィ・ダブリュでは 2014 年より、深層学習に関する研究開発を本格的にスタート。フレームワークにオープン ソース ソフトウェアの"Chainer" を用い、さまざまなプログラムの構築を通じながら、深層学習が持つ可能性について模索してきました。
膨大な計算処理が行われるため、深層学習ではコンピュート リソースが不可欠となります。アイシン・エィ・ダブリュでは研究開発用として社内に十分なコンピュート リソースを用意していますが、開発支援システム "v.Platform" の稼働プラットフォームについては、構想の当初から「クラウドの活用」が計画されていたといいます。この点について、倉又 氏は「最初に有効なモデルをつくる際には膨大な計算量が必要になります。しかし、初期モデルを構築した後の再学習段階では、それほど多くは計算量を必要としません。つまり、コンピュート リソースの振れ幅は非常に大きいといえるのです。ピーク サイズに合わせて物理環境を用意しては、とても高価になってしまいます。また、v.Platform は海外拠点や顧客環境とシームレスに連携することも考えていたため、『スケーラビリティ』と『連携性』に優れたクラウドが有効でした」と説明します。
現在、アイシン・エィ・ダブリュでは、v.Platform の提供基盤には Azure を、深層学習用途のコンピュート リソースには GPU の仮想マシンを提供するAzure N シリーズを利用しています。
v.Platform には近い将来、設計や開発に関するあらゆる行動情報、あらゆる文書が集約されることとなります。企業資産の塊ともいうことができ、これを提供するプラットフォームは、高度なセキュリティ水準を有していなければなりません。このセキュリティの観点から見た優位性が、Azure を利用する 1 つの理由だと、倉又 氏は明かします。
「Azure はグローバル レベルのセキュリティを備えており、またこれを提供するマイクロソフトは、国内で初めて CS ゴールドマークを取得した事業者でもあります。当社の資産を預けるに足るプラットフォームだったことが、Azure を利用している大きな理由です。また、OCR を機能として提供するComputer Vision API など、Azure が PaaS として提供する人工知能 APIを利用すれば、独自に深層学習のモデルを開発せずとも機能を実装していくことが可能であり、この点も大きな魅力でした」( 倉又 氏)。
ところで、深層学習における計算処理を高速化するためには、コンピュート リソースの増強だけでなく、Chainer の最新版への更新、データ読み込みの並列化、扱うファイルの前処理など、さまざまな調整を施す必要があります。アイシン・エィ・ダブリュでは、マイクロソフト、および Chainerのコミュニティを通じて 株式会社Preferred Networks(以下、PreferredNetworks)の支援を受けながら、深層学習の応用研究を進めています。
マイクロソフトとともに同取り組みを支援する、株式会社PreferredNetworks 最高戦略責任者 博士 (工学) の丸山 宏 氏は、先に挙げた処理の高速化という観点でも、Azure の活用には利点があると説明します。
「Chainer をクラウド上で実行したいという要望は多くありますが、性能を担保する段階でつまずくケースは少なくありません。Azure N シリーズでは仮想マシン間をインフィニバンドで接続してノードをスケール アウトできるため、容易にデータ読み込みの並列化を行うことができます。また、当社とマイクロソフトでは 2017 年 5 月から深層学習分野における戦略的協業を開始しており、Azure と Chainer の親和性を高めるための技術提携を進めています。アイシン・エィ・ダブリュ様のように弾力性・柔軟性が求められる用途であればあるほど、私たちのパートナーシップは、セキュリティ、性能、機能性などさまざまな側面で高度な価値を提供できるでしょう」(丸山 氏)。
"深層学習に関するすべての取り組みにおいてクラウドが有効かといえば、そうではありません。ですが、アイシン・エィ・ダブリュ様の取り組みのように、学習データのサイズや学習頻度がエラスティックな場合、クラウドの活用は間違いなく有効です。深層学習については多くの企業が研究開発段階ですので、そこでのクラウドのニーズは必然的に増えてくるでしょう"
-丸山 宏 氏: 最高戦略責任者 博士 ( 工学)
株式会社Preferred Networks
マイクロソフト、Deep Learning Labのサポートにより、モデルを成熟させていくことが可能
深層学習技術を実際のサービスに実装するうえでは、いかに学習時間を短期化するか、そして学習完了後のモデルをどのように成熟させていくかが鍵となります。齋藤 氏はこの 2 つの観点から、Azure を次のように評価します。
「初めて Azure N シリーズを利用したとき、まず学習を開始するまでの容易さに驚きました。Azure は、決して誇張ではなく、本当に 2 ステップほどで深層学習の計算処理を開始することができます。また、学習時間の短期化についても、インフィニバンドでデータ読み込みを並列化することで良い手応えを得られています。ただ、これはバッチ サイズの膨張にもつながってしまいます。バッチ サイズの肥大化はモデルの精度に悪影響を及ぼすことが知られているため、今後は精度の向上と GPU 数、バッチ サイズのバランスを上手に取っていかなければならないでしょう。こうした PDCA を回すうえで、インフラ面はマイクロソフトのスペシャリストによるサポートが、また深層学習の技術面は同社と Preferred Networks が事務局を務める『Deep Learning Lab』を通じて支援が得られることは、Azure を利用する大きなメリットだと考えています」( 齋藤 氏)。
"豊田佐吉翁の「十分な商品テストを行うにあらざれば真価を世に問うべからず」という言葉にもあるように、製造業において、商品テストはきわめて重要な役割を担います。徹底した評価を行うには、迅速かつ継続的に新評価法を開発することが求められます。Azureを活用した深層学習の取り組みによって、これが大きく前進すると期待しています"
-齋藤 進 氏: 電子事業本部 電子信頼性技術部 企画グループ
アイシン・エィ・ダブリュ株式会社
また、先に述べたように、アイシン・エィ・ダブリュでは他にも多岐にわたるテーマについて、深層学習技術の研究開発が進められています。v.Platform の現在の状況について倉又 氏はこう説明します。
「v.Platform のプロジェクトでは、すべてのしくみが完成してからユーザーへ提供する、というやり方ではなく、構築したモデルをまず現場で試用し、そのフィードバックをもってさらなる改良に臨むというアジャイル型で進行しています。現在は 10 テーマほどを深層学習の適用領域としていますが、このテーマ自体も拡大されていくでしょう。マイクロソフトや Deep Learning Lab の支援をいただきながら開発と実践を進めることで、2017 年度中には一連のアプリケーションの整備を完了できる見通しです。その後に本格利用のフェーズへ移行することで、開発スピードの短期化、製品のさらなる高品質化を果たしていきたいですね」(倉又 氏)。
設計・開発業務にとどまらず、他領域への応用展開を目指す
アイシン・エィ・ダブリュでは VIT 事業部内に「ディープ ラーニング友の会」を設置しており、現在、約 20 名の参加メンバーのもとで深層学習に関する研究開発を進めています。また、アイシン グループに置かれている「人工知能共有会」では、約 100 名のメンバーが各社の先進事例に関する知見を交換することで、グループ全体として深層学習の効果を最大化しようという動きが生まれています。
v.Platform の取り組みは、現時点では VIT 事業内での利用を前提に進められています。ですが、先のグループ全体の動きから、今後は AT 事業での活用やマーケティング、製造など別業務での活用、他グループでの活用と、利用範囲が拡大されていくことが期待されています。
「v.Platform が軌道に乗れば、設計、開発業務に対して大きな効果を生み出すでしょう。開発以外の業務にまで拡大することができれば、『開発、製造、ユーザー利用』という一連の情報を掌握することができるようになります。これは当社だけでなくはアイシン グループ全体においても有効なはずです。v.Platform による支援領域を拡大していくべく、今後もマイクロソフトや Deep Learning Lab にご支援いただき、深層学習の持つ可能性を引き出していきたいと思います」(倉又 氏)。
"画像処理エンジンである Computer Vision API や翻訳エンジンであるTransfer API など、マイクロソフトがPaaS として提供する AI ツールも、精度が向上してきています。こうした APIの活用は、v.Platform の精度向上やそこまでに要する期間の短縮につながるため、積極的に実装していきたいと考えています"
-グループマネージャー 倉又 淳 氏:VIT 事業本部 コネクティッドソリューション部プロセスイノベーショングループ
アイシン・エィ・ダブリュ株式会社
優れたナビ製品は、路面や信号、標識、他の車両など、道路上にあるたくさんの情報を察知し、ドライバーをサポートします。同じように、会社にある膨大な情報、アクティビティを集約し、過去を教師とすることで設計開発を支援する試みが、アイシン・エィ・ダブリュで始まりました。AI によって人間の仕事を豊かにしていくための、注目すべき事例となるでしょう。
[PR]提供:日本マイクロソフト