企業の競争力向上を実現していくうえで重要なのが、迅速な意思決定、業務最適化といった取り組みの土台となる経営資源の一元管理である。そのための有用な手段と考えられるのが、ERPの導入・活用だ。2025年6月17日にオンライン開催された「TECH+セミナー ERP 2025 Jun. 自社に適したERP実現へ Ⅲ」において、NTTデータグループのコンサルティングファームとして企業の課題解決と変革を総合的に支援する株式会社クニエの2氏が「多くの企業が抱える課題をSAP S/4HANAで実現! 〜独自テンプレートとローコード開発ツールを活用した伴走型導入支援〜」と題したタイトルで講演。SAP S/4HANA導入の成功事例を紹介した。

創業100年を超える製造業の課題を見据えたシステム刷新に、SAP S/4HANAが選ばれた理由

まず登壇したのは、SAPに関するビジネスを展開するCS事業本部 EXS(Enterprise Transformation Solution)本部の木野本 善彦氏。同氏は初めに、EXS本部がERP導入の豊富な経験と高いスキルを持つERPラピッドデリバリー担当、DX戦略や基幹システム拡張開発に強みを有するバリューアディドサービス担当の大きく2つの担当で構成され、SAP S/4HANAについても多くの実績があることを紹介した。なお木野本氏はERPラピッドデリバリー担当のシニアマネージャーを務めている。

事例の説明に入った木野本氏が紹介したのは、創業100年を超える歴史を持ち、自動車部品の開発・設計・製造・販売を国内外で展開する株式会社ソミック石川における導入支援だ。

ERPシステムのSAP S/4HANAをコアに周辺ツールも包括したソリューションであるRISE with SAP、及びデータ連携やローコードツールによる拡張開発の基盤としてSAP BTP(Business Technology Platform)の導入・活用支援を伴走型で提供するこのプロジェクトは、2021年に始動し、現在も継続している。

木野本氏は、プロジェクトの主目的はソミック石川にとって重要な経営課題である「原価精度の向上」と「在庫の見える化」だと説明。加えて、長年運用してきた既存システム刷新も大きな目標だったと話した。

システム開発の方針としては「過度な追加開発を行わず、SAP S/4HANAの標準機能を最大限に活用した、できる限りクリーンな導入を目指している点が大きな特徴」と木野本氏。プロジェクト開始前の2020年からグランドデザインのフェーズで業務・経営課題の分析を行い、2021年にプロジェクトを本格スタートした。

「グランドデザインフェーズでは、業務の詳細を洗い出すために業務フローや機能一覧を作成し、課題を抽出して解決の方向性を定めるのが一般的です。しかし、本プロジェクトでは経営層が既に持っていた経営課題と現場の業務課題に焦点を当てたアプローチを採用しました。課題抽出に時間をかけるよりも、既に見えている課題に対して、他社事例や実現可能性の高い具体的解決策の検討に重点を置きました。また、システム導入自体を目標とするのではなく、導入後もお客様自身が継続的に業務改善に取り組んでいけるよう、ツールや仕組みの検討を進めました」(木野本氏)

このフェーズで浮かび上がった主要な改善目標が、前述の原価精度向上、在庫の見える化、さらにはシステム維持コストの削減である。「これらに対して改善検討を詳細に行った結果、目標達成のツールとしてERPが必要だとの結論に至りました。ERP選定にあたっては、基幹システムとして企業の根幹を支えるインフラとなることから信頼性の高さが重要な要素。そのため長年にわたり多くの企業に導入され、市場シェアも高いことから、SAP製品が選ばれました」と解説した。

SAP製品の中でも拡張性等の観点から比較を行った結果、ソミック石川のビジネスに最適であり、メリットが大きいと判断されたのが、SAP S/4HANA Cloudを含むクラウドサービス・SAP HEC(HANA Enterprise Cloud)、現在のRISE with SAPだった。同サービスの選定について木野本氏は、クニエがこれまでの導入経験と知識に基づき独自に用意しているSAP S/4HANAテンプレートを活用することで、より迅速かつ効率的な導入支援が可能になるというメリットを感じたと明かす。

構想から成果までを一貫して支援、クニエの伴走型アプローチ

実際に進めていくにあたり、3つの方針として「経営課題解決に向けた施策を最優先」「得意先・仕入先に絶対に影響させないシステム導入」「現場業務への影響最小化」を設定したと木野本氏。まず1つ目の経営課題については、ERP導入により販売、購買、生産といった受払の実績データが原価計算に活用できるようになり、多様な分析が可能になって、経営管理データの精度向上につなげられる。また新システムへの切り替えによる影響を避けるため、期間は多少延びるもののまずは会計領域で、続けてロジスティクス領域でと、2段階に分けた本稼働をソミック石川と共に立案した。

続く要件定義のフェーズでは、前出のテンプレート活用により、事前に準備した業務機能やプロセスフローをベースに議論を進行。現行業務の整理を効率的に行うことができ、課題の早期発見につながったという。一方で初期段階から経験豊富な開発者が参画し、要件定義と並行して現行業務とSAP標準機能の再分析を実施。ソミック石川とクニエのコンサルタント、そして開発者が綿密に連携したことで、早期に具体的な対応策を検討するなど、極めて効率的な要件定義を実現できたと木野本氏は振り返った。

そして移行のフェーズでは、複数回の検証環境準備とデータ移行リハーサルに伴う多大な負荷を避ける目的で、最初の検証環境には通常どおりマスタデータを導入し、マスタ修正はSAPの実機上で実施することにした。このSAPデータ主導型のマスタデータクレンジング手法により、マスタ変換工数を大幅に削減したうえ、ユーザーのマスタメンテナンス業務習熟にも役立ったという。

「よくあるERP導入プロジェクトでは要件定義フェーズ、システムの構築・開発フェーズ、テストフェーズを経て最終的に本番環境へ移行し、その後に本番稼動を迎える流れが一般的。しかし本プロジェクトでは、より安全かつ確実な本番稼働を実現するため、本番と同様のシステムで実際の業務をシミュレーション運用する並行稼動フェーズを導入し、本番稼動時のリスクを大幅に低減できました」(木野本氏)

加えてクニエでは、並行稼働中もシステム在庫/実在庫や売掛/買掛金に差異が生じたケースなど各種課題において、専門的知見を活かしながらサポートを行ってきた。「今回のプロジェクトは、計画立案から本番稼動後の業務改善、データ活用まで、お客様の目標達成に向けて伴走支援していることが特徴です」と木野本氏は強調した。

SAP BTPとローコードツールが支える、企業の成長を加速する拡張開発

続いてバリューアディドサービス担当のマネージャーであるジャン・ウェンシャン氏から、SAP BTPとローコードツールによる拡張開発について説明された。「SAP S/4HANA導入は業務改革や経営高度化に寄与する取り組みですが、SAP BTPを活用した拡張開発はそれに加えて企業の競争力強化、独自性発揮を目指したものです」とジャン氏は最初に話した。

拡張開発を進めるにあたっては、各業務やシステムの特性・役割に応じてSAP S/4HANA標準機能で対応する領域、拡張開発が必要な領域と明確に切り分け、中でも競争力強化に直結する成長領域の業務については優先的に拡張開発を実施したとジャン氏。結果として、全てを標準機能に揃える、あるいは全てを拡張開発するのではなく、業務ごとに最適な形で使い分けられるように、バランスよく組み合わせた最適な構成を実現できたと語った。

以上を前提として、ジャン氏はさらに詳しく拡張開発の使い分けについて解説した。

「フローチャートを用いて業務の内容や重視すべきポイントを整理しながら、最適な実現方法を選びました。まず、基幹業務であり、かつ標準機能で十分対応できる場合は、迷わず標準機能を使います。それ以外の一部の業務についてはベンダー提供のベストプラクティスで実現。そしてそれ以外のケースでは、拡張開発が必要だと判断しました」(ジャン氏)

さらにジャン氏は、今回採用したSide-by-Side拡張という拡張方針について紹介した。

「従来型のSAPでの拡張はSAP本体に直接手を加える方式で、柔軟性に欠け、将来のアップグレードにも影響が出やすい方法です。その課題を解決するのがIn-App拡張とSide-by-Side拡張ですが、In-App拡張にも機能に制限があったり、高度な専門性と技術力が必要とされたりといった課題があります。その点、SAP S/4HANA本体の外で、SAP BTPにより開発するSide-by-Side拡張は、ローコードツールによる柔軟な開発が可能なうえ、アップグレードの影響も受けにくい点が特徴です」(ジャン氏)

そのうえで「SAP BTPにはSAP S/4HANAと連携するためのテンプレートやサービスが豊富に用意され業務との連携が容易、ローコード開発はフロントエンドの開発で短期間の構築と柔軟な対応が可能、という強みがあります。この両方を組み合わせることで、守りと攻めを両立したITを実現できます」と語った。

今回のプロジェクトではまず3カ月間、複数回のテーマ別検証を実施。次に一般的なアジャイル開発と同様に計画、設計、開発、テスト、配置、試用を繰り返し、最後に完成した機能を一部拠点で並行稼働させ、実際に使いながら課題や改善点を洗い出していった。「本番適用を段階的に進めることで、品質を担保しつつ、現場や取引先への混乱を抑えることができました」とジャン氏は振り返った。

さらには、SAP S/4HANAの拡張開発を成功させるうえで欠かせない内製化にも言及。内製化には経営や現場のニーズに迅速に応えるため、自社の業務や文化を深く理解した人材が最適となる。そこでIT能力診断とその結果を基にした育成プランの整備やルール・標準化、トレーニング、そして実際の開発という流れで、内製化に向けた組織整備から育成・開発までサポートしていったという。

ちなみに本プロジェクトは、SAP社のSAP AWARD OF EXCELLENCE 2025においてProject Award(優秀賞)を受賞した取り組みだ。講演で示された多彩なポイントは、企業課題解決に向けSAP導入を成功させるうえで、見逃せない"勘所"としてぜひともチェックしたい。

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