生成AIをどう活用していくか、今なお悩む企業は多い。今年注目のAIエージェントをはじめ、日々進化を遂げるこのテクノロジーは、ビジネス、そして社会にどんな変化をもたらすのか。生成AIの研究開発に従事してきた東京大学大学院工学系研究科教授の川原圭博氏と、株式会社NTTデータ GenAIビジネス推進室長 奥田良治氏に、生成AI活用の現在地、そしてこれからを伺った。
プロフィール
(左) 川原 圭博氏
東京大学 インクルーシブ工学連携研究機構 機構長 大学院工学系研究科 教授
IoTやAI応用といった情報通信分野における研究開発に従事し、その成果を大学発スタートアップ企業等と連携、社会実装へとつなげた経験を持つ。2023年からは内閣府AI戦略会議構成員を務める。
(右) 奥田 良治氏
株式会社NTTデータ テクノロジーコンサルティング事業本部 デジタルサクセスコンサルティング事業部長 兼 GenAIビジネス推進室長
1998年NTTデータに入社後、R&D部門にてデータマイニング・CRMに関する調査研究を行う。その後、NTTデータ経営研究所等で、新規Biz・CRMを中心としたコンサルティングに従事。現在はGenAIビジネス推進室長として、企業の生成AIの活用推進を支援する。
単一業務の効率化という"点"の活用に留まっている
―― 企業における生成AI活用の概況について、お二方はどう見られていますか。
奥田氏:現在はオフィスワーカーの業務効率化を目的に、生成AIを導入する企業が多い印象です。業務において生成AIをどこまで活用できるのか、大多数の企業が付き合い方を模索しているフェーズだと思います。
川原氏:生成AIを活用したチャットボットは複雑な質問にも回答できるほど精度が高いことから、社内FAQとしてまず導入する企業も多いと思います。他にも生成AIがうまく活用されていると感じるのは、翻訳です。大学の現場でも、英語での対応に慣れていない事務職員が留学生へのメール対応に苦労していたところ、LLM(大規模言語モデル)を介することでコミュニケーションがスムーズになりました。
奥田氏:先日ミラノに出張に行った際も、翻訳機能を使って現地のイタリア人とコミュニケーションが弾む一場面がありました。活用が進む一方で、より根本的な業務変革や、顧客への価値創出に寄与するケースは、依然として少ないのが現状です。その要因は、生成AIの活用が単一業務の効率化という“点”に留まり、点と点をつなげて業務プロセス全体をカバーできていないことにあるのでは、と考えています。どこを効率化すべきかは、業務全体を俯瞰(ふかん)して初めて見えてくるものです。「生成AIという技術があるから使ってみる」のではなく、「この業務を改善したいから、その手段として生成AIを使う」という発想になれば、活用の幅はさらに広がると考えています。
川原氏:生成AIのセキュリティ課題を払拭することも、活用拡大につながっていくと思います。生成AIができるのは基本的に「テキストの先読み」であり、一見うまく伝わる文章でも、内容は事実に基づかないケースも見受けられます。信頼できるデータを別に用意して情報抽出するRAG(検索拡張生成)の仕組みを自社専用に構築する流れも、昨年ごろから見受けられますね。
生成AI活用で学生らしいユニークな発想のレポートが減った
―― 生成AIによる業務効率化が注目されると同時に、業務の質の向上も期待されています。
川原氏:生成AIを活用することで思考の整理ができることを期待して、私の授業レポートでの使用を昨年から解禁しました。解禁前は、驚くほどユニークな発想のレポートが毎年1割ほど現れるので、生成AIによってその量が増えるのではと期待したのですが、いざ蓋を開けてみると、トップレベルのレポートがグッと減り、同じようなことを書いているものが増えてしまったのです。学生にヒアリングしてみると、生成AIからいくつかの選択肢を提示され、その中から自分が興味のある情報を選んで深掘りしたと。彼らにとっては物知りの生成AIからアドバイスをもらったように感じるのが、教員の目から見ると、極めて限られた選択肢の中での思索に留まっているのです。
奥田氏:それは面白いですね。経営資源として生成AIをどう使うかという、大きな課題につながるエピソードです。新規ビジネスを生み出すための壁打ちとして使っているつもりでも、実は過去の限られたデータの中からそれらしいヒントを提示しているだけ、という可能性があるのですから。
川原氏:違う角度から見ると「生成AIによって全体のレポートのレベルが揃った」とも捉えられます。生成AIの活用が組織内で浸透し、一定のクオリティを誰もが出せるようになれば、スキルの底上げが期待できるといえるでしょう。
奥田氏:一方で、議事録や提案書の書き方など社会人の基礎となる部分を、生成AIに頼ってしまっていいのかという疑問も残ります。どんなプロ野球選手も最初はキャッチボールから、というように、基礎を学ぶことでより技術的かつロジカルな視点を養うことができます。教育という観点から生成AIとどう付き合っていくか、難しいところです。
川原氏:多くの方が「生成AIはなんでもできる」と期待を寄せていますが、結局のところ、人間の意思決定をサポートする“Co-pilot(副操縦士)”でしかありません。生成AIに指示を与えて監督する立場として使わなければ、効率化の先にあるビジネス変革は起こせないでしょう。同時に、人間だけでなく、生成AIの進化も問われています。人はどんな意思決定を行って判断するのか、生成AIが先読みして情報を提供できるようになれば、世の中は大きく変わるでしょう。この人間の意思決定プロセスに関わる研究は、私が今一番関心のある分野です。
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東京大学 インクルーシブ工学連携研究機構 機構長 大学院工学系研究科 教授 川原 圭博氏
「生成AIの判断にどう責任をとるのか」が問われる時代へ
―― 人間の意思決定を先読みする。今年注目のAIエージェントは、まさにその一例ではないでしょうか。
奥田氏:そうですね。例えば、仕事帰りに「疲れたな」とため息をついたとき、AIエージェントが「行きつけの居酒屋で一杯どうですか?」とレコメンドしてくれる、なんて未来が訪れるかもしれません。さらには、その店のAIエージェントに連絡して席を自動予約、のれんをくぐったときには、過去のデータを分析したお気に入りの一品とお酒がすぐに用意される……といった、マルチエージェントによる「おもてなし」のビジネスも期待できるでしょう。
川原氏:日本はCX(顧客体験価値)先進国ですから、インバウンドとAIエージェントの組み合わせはうまくいくのではないでしょうか。日本経済を支える製造業においても、サプライチェーン各社のAIエージェントが連携し、自動的に顧客の注文に応じて必要な部品の発注・調達ができるようになれば、納品までのタイムラグを劇的に短縮できます。人手不足といった課題解決にも寄与するでしょう。
奥田氏:当社では、AIエージェントを抜本的なビジネス変革を実現するコンセプト「SmartAgent™」をすすめており、さまざまなペルソナを持った生成AIによる議論内容をマーケティングに活用いただいた事例もあります。リアルな世界でビジネス変化を起こすために、バーチャルの世界で検証を行っていく。生成AIやAIエージェントは、まさに新しいビジネスモデルの構築において欠かせない存在となってきています。
川原氏:生成AIは生まれたばかりのテクノロジーですから、まだまだ課題は山積しています。とくに安全性を保障する仕組みは国を挙げて構築していかなければなりません。
奥田氏:おっしゃる通り、「生成AIの判断に人間はどう責任をとるのか」が問われる社会になっていくと思います。企業間でAIエージェントを活用してビジネスが行われるようになったとき、万が一AIエージェントがトラブルを起こしたらどう対処するのか。企業だけでなく、社会全体で改めてAIガバナンスに向き合う必要があります。AI活用のBCP(Business Continuity Planning)ならぬ、「SCP(Social Continuity Plan)」といった考え方も出てくるかもしれませんね。
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株式会社NTTデータ テクノロジーコンサルティング事業本部 デジタルサクセスコンサルティング事業部長 兼 GenAIビジネス推進室長 奥田 良治氏
10年後、生成AIはどんな進化を遂げているのか
―― 生成AIによってビジネスだけでなく、社会の在り方も変わると思うと興味深いです。
奥田氏:AIエージェントが発展したその先には、人が体を動かして行う作業を生成AIが担う「フィジカルAI」の世界がやってくるといわれています。製造業の場合、人間を中心に設計されていた業務が、ロボット中心の設計に代わっているかもしれません。
川原氏:文科省も2025年度における研究開発支援事業の重点分野として、「実環境に柔軟に対応できる知能システムに関する研究開発」を掲げています。日本は少子高齢化、労働人口減少に直面する課題先進国で、さまざまな作業を自動化していかなければならない局面を迎えています。今後10年で、多くの作業がロボットに置き換えられるのではないでしょうか。
奥田氏:多彩なテックベンダーが多様なAIエージェントを提供してくることでしょう。自社のAIエージェントだけでなく、他社のAIエージェントも組み合わせ、抜本的な業務プロセス変革を実現できるサービスの提供を進め、労働力不足など社会問題の解決を実現することを目指していきます。
川原氏:生成AI中心の社会に向け、企業は「XAI(エックスエーアイ)」、つまり自社のドメインと生成AIを掛け合わせることで、どれだけポジティブな価値をつくれるか、という視点を持つことが重要になるでしょう。そのためには、社内におけるデータサイエンスの知識や生成AI活用の教育体制を構築することが急がれます。さまざまな業務がテクノロジーに置き換えられた世界において、企業はどのような役割を果たすことができるのか。経営レベルで取り組むときが来たと思います。
―― 業務での活用促進だけでなく、生成AIをビジネスの相棒として活用するための体制構築も必要になっていくということですね。生成AIが急速に進化する今こそ、企業が変わるチャンスなのかもしれません。ありがとうございました。