ソフトウェア開発において、ドキュメントの品質管理は製品品質を左右する重要な要素として欠かせない。しかし、細かく複雑なルールに則って作成されたドキュメントを人手ですべて正確にチェックすることは困難であろう。 日立ソリューションズが提供する「プロジェクト状況可視化システム」は、AI診断と各社独自のルール診断を組み合わせたハイブリッド分析によって、ドキュメントの品質向上とチェック工数の削減を実現。開発プロセスにとどまらず、ニュースリリースといった文章の正確性が求められるシーンなどにおいても幅広く活用されている。 本稿では、さまざまなドキュメントの作成に役立てられている本システムについて、製品担当者の貴島 昌司氏と高橋 昌志氏に話を伺った。

  • (左から)
    株式会社日立ソリューションズ モビリティソリューション本部 オートモティブソリューション部 主任技師 貴島 昌司氏
    株式会社日立ソリューションズ モビリティソリューション本部 オートモティブソリューション部 技師 高橋 昌志氏

ドキュメント作成時の"見えない負債"が開発の遅延とコスト超過を招く

ソフトウェア開発のプロセスは、プロジェクト計画の立案から始まり、要件定義、基本設計、詳細設計へと進んでいく。それぞれの過程でプロジェクト計画書、要件仕様書、設計書といった"ドキュメント"が作成されるわけだが、このドキュメントの役割について、モビリティソリューション本部で主任技師を務める貴島 昌司氏は次のように解説する。

「各段階で作成されるドキュメントは、後工程の開発者にとって重要な指針となります。たとえば、要件定義書はシステムに求められる機能や性能を明確にし、設計書はその実現方法を具体化します」(貴島氏)

しかし、プロジェクトが大規模化するにつれ、作成されるドキュメントの量も膨大になり、これによって課題が生じるという。

「詳細設計の段階には、ドキュメントの量はかなりのボリュームになっています。その中に曖昧な記載や誤解を招く表現、未決定事項などが混在していると、想定とは異なる成果物が作られてしまう可能性があるのです」(貴島氏)

また、ドキュメントの不備が原因で作り直しが必要になった場合、発見が遅れれば遅れるほど、修正にかかる時間と工数が増大する。そしてそれは、納期遅延やコスト超過を招く要因にもなりえる。「実際に当社の開発部隊においても、出荷直前に不具合が見つかり、大勢の人員を投入して修正対応に追われた経験がありますし、各社でも同じような経験をされたという話を耳にします」と貴島氏は振り返る。

こうしたドキュメントの品質を向上させることが、最終的に開発される製品の品質にもつながるのだという。

  • 貴島氏

金融・公共分野では"業界特有"の重圧も

プロジェクト状況可視化システムの拡販を担当するモビリティソリューション本部 技師の高橋 昌志氏は、とりわけドキュメントの品質が求められるケースとして金融・公共分野を例にあげ、業界ならではの課題も存在すると説明する。

「金融分野では、証券取引や電子マネー、ポイント付与など、複雑な条件分岐をともなう処理が多く存在します。また、金融特有の専門用語や漢字が多用され、それらが入り交じることでドキュメントがより複雑化してしまいます」(高橋氏)

実際の金融系システムのドキュメントでは、たとえば下記のように、一文の中に多くの情報が盛り込まれることも少なくない。

新規サービスでの処理は、銘柄基本属性情報の銘柄登録の依頼が行われた場合、別システムにて管理している「投資信託銘柄基本属性情報」にて照会され適合された場合のみ別システムにて管理している「投資信託 銘柄取扱条件情報」を更新(登録・変更・抹消)し、表示を行う

一方、公共分野は表現規則の厳格さが特徴だ。公共系のプロジェクトでは、特定の用語の使用禁止や表記の統一といったチェック項目が数百から数千行に及ぶこともあるという。

「これらを人手でチェックするとなると、数千万円規模のコストが発生するケースもあります。また、一つでもミスが発見されると、いくら些細なものであっても全体を見直さなければなりません。その作業工数は膨大なものになります。本来は開発を進めるべき段階で、再チェックに時間を取られてしまうのです」(高橋氏)

  • 高橋氏

AIとルールのハイブリッド分析がもたらす高精度なドキュメント診断

こうした課題の解決にあたり日立ソリューションズが提供するのが、開発プロジェクト全体の品質を管理する「プロジェクト状況可視化システム」である。そしてこのプロジェクト状況可視化システムの核となる「ドキュメント診断ツール」が、ドキュメント作成における課題を解決へと導く。本機能の最大の特長は、"AI診断"と"ルール診断"を組み合わせたハイブリッドアプローチだ。

AI診断は、Googleが開発した自然言語処理の深層学習モデル「BERT」を基盤技術として採用しており、日立ソリューションズの設計部門と品質保証部門のナレッジを学習させている。文章の曖昧さや複雑さを検出することに特化しており、たとえば、一文が長すぎる場合や、二重否定表現、文章の意味が不明確な場合などを検出。また、開発者が誤読する可能性が高い表現なども指摘する。

一方のルール診断は、導入企業固有の要件に対応する。たとえば、禁止用語のチェック、送り仮名の統一、用字用語の統一といった基本的なルールから、企業や業界特有の専門用語の使い方まで、きめ細かなルール設定が可能だ。さらに、新商品やサービスの開発に伴う用語変更、組織改編による名称変更など、ルールの追加や変更が生じた際も、システムで一元管理することでチェック基準を迅速に更新できる。

「AIだけでは100%の精度は望めませんし、お客さま固有のルールにも対応する必要があります。ドキュメント診断ツールでは、この両者を組み合わせることで、より精度の高いチェックができます」(高橋氏)

対応可能なファイル形式も豊富だ。Excel、Word、PowerPointといったMicrosoft Officeのドキュメント(※)はもちろん、PDFやテキストファイルやCSVファイルにも対応している。
(※) ただし、旧形式(.doc等)は対象外。

運用面での使いやすさも特長の一つであり、チェック対象のファイルを指定のフォルダに格納するだけで自動診断の対象とすることができる。

「従来は、有識者が目視でチェックする必要があり、通常業務で多忙な彼らにとって大きな負担となっていました。また、人の記憶力や注意力には限界があり、思い込みによる見落としが発生することもあります。システムによる自動チェックは、こうした課題の解決に大きく貢献します」(高橋氏)

広報やマーケティングまで、開発現場を超えて広がる活用

プロジェクト状況可視化システムは、実際にさまざまな業界の開発現場で活用が進んでいる。

日立グループの公共分野を担う企業では、前述のような膨大なチェック項目への対応で効果を発揮しているという。また、農業テクノロジー関連の企業では、オフショア開発時のドキュメント品質向上に活用されており、「二重否定など英語に翻訳しにくい日本語表現を検出し、グローバルでの開発をスムーズにする効果があります。AIとルール診断の両方を1つのツールで実現できる点を高く評価いただいています」と貴島氏は説明する。

プロジェクト状況可視化システムが効果を発揮するのは、開発プロセスだけではない。日立ソリューションズでは、マーケティング部門の一部でコラム記事やWebコンテンツ、広告など、さまざまな対外発信用テキストのチェックに本システムを活用しているという。

「たとえば『お客さま』という表記で『さま』を平仮名で統一するといったルールの確認も、1つミスが見つかると同様のミスがないか、再度全ページを見直す必要があり負担になっていました。本システムの導入によって、こうした表記揺れのチェックは数秒で完了できるようになりました」(高橋氏)

現在では動画コンテンツの原稿や提案資料など、社外向けドキュメント全般のチェックにまで活用範囲を拡大しているところだ。対外資料に求められる厳格な品質管理を、効率的に実現している。

DXの一翼を担うドキュメント品質管理、さらなる進化への道筋

プロジェクト状況可視化システムの導入を検討する企業向けには、段階的な価値検証アプローチが用意されている。第1段階として体験プランが用意されており、無償で1~2週間、顧客のドキュメントを日立ソリューションズ側で評価し、その結果を提示する。秘密保持契約を締結したうえで、実際のデータを使った無償トライアルを実施する形だ。

導入後は、サブスクリプション契約による充実したサポート体制も整備されている。使い方の問い合わせ対応はもちろん、バージョンアップや機能開発も含めたサポートが行われる点も心強い。

現在、本システムでは、生成AI活用によるチェック機能の強化や、他のツールとの連携拡大など、さらなる機能強化が計画されている。「本来、開発者はプログラミングやテストなど、本質的な業務に注力すべきです。報告業務などの付随作業を効率化し、DXの一環として生産性向上に貢献していきたいと思います」と高橋氏は展望を語る。

実際に、本システムの活用範囲は業種を問わず広がりつつある。自動車分野はもちろん、通信、建築、教育、コンサルティングなど、さまざまな業界から引き合いがあるという。

「ドキュメントを扱う現場では、基本的にどこも同じような課題を抱えていると実感しています。私たちは、お客さまが幸せになれることを最も重視しています。自動化による作業効率の向上とコストメリットの両立をめざしていきたいです」(貴島氏)

開発プロセスにおけるドキュメントの品質向上は、そのまま製品やサービスの品質向上につながる。また、統一された表現や表記で文章を対外発信することは、情報を正確に発信するためにも欠かせず、企業への信頼感に直結するだろう。人手による確認作業の限界をAIとルールベースのハイブリッド分析で解決するプロジェクト状況可視化システムは、ドキュメントを取り扱う多くの企業にとって、有効なソリューションとなりそうだ。

関連リンク

【プロジェクト状況可視化システム】ドキュメント診断ツール