• 守島氏1

急速にビジネス環境が変化する昨今、さらに労働力人口は減少局面を迎え、あらためて従業員のリテンションマネジメントや人材戦略強化の必要性が叫ばれている。こうした働き手=人へ戦略的に投資する「人的資本経営」の観点において、従業員と組織のエンゲージメントを高めるための施策にはどんなものがあるのだろうか。

このテーマに詳しい学習院大学経済学部の守島基博教授に、「働きやすさ」と「働きがい」のバランス、働き手と企業とが価値観やパーパスを共有することの重要性、人的資本経営時代のコミュニケーションのあり方を再検討することで、働き手の定着や育成にどのような好循環が生まれるかなど、さまざまな観点から詳しくお話を伺った。

守島教授によると、企業は働き手に対してこれまで以上に自己実現の機会を提供し、企業と働き手とがパーパスをすり合わせ、共有することが重要だと言う。

組織力を高めるのに必要なのは「働く人のココロをつかむ」こと

──守島先生のご著書『全員戦力化 戦略人材不足と組織力開発』(日本経済新聞出版・刊)では、高い能力や専門性を持った人材を惹きつけ、定着させ、活用するために、これからの企業はますます「組織力」の開発が重要と述べられています。企業は組織力を高めることで、どのようなベネフィットを得られるのでしょうか。

守島 基博教授(以下・敬称略): 「組織力の高い企業」についてまずざくっとまとめてみると「働き手一人ひとりのモチベーションやエンゲージメントを高い状態に保ち、その結果として大きな目的を達成できる企業」だと言えるでしょう。

一人で仕事をして達成できる成果よりも、組織の形をとって多くの人数で協働することの方が、より大きな結果が達成される。単純なことですが、人材が多様化している今、多様な能力や経験を持った人々を組織化することは難しくなっています。ただ、組織の形にすることは経済合理性にかなった行為でもある点は変わりません。

このように、人材を資本として捉え、組織づくりを通して人材の価値を最大限に引き出し、企業価値の向上を目指す「人的資本経営」の考え方で投資をすることは、多くの企業が取り組むべきだと考えています。

──組織力を高めるために、どの企業でも取り組めること、取り組むべきことはありますか。

守島:基礎的なところから言うと、従業員同士のコミュニケーションを促進し、仲間意識や、集団への凝集性(※)を高めること。そのためのベースとして、「場づくり」が重要です。

例えば、喫茶のスペースを設けて雑談の時間を意識的に設定したり、最近は少なくなりましたが、社内運動会や社員旅行といった行事を開催したりするのも、そうした目的を達成するためのものでした。

ただ働き手の多様化が進み、一つの場所に皆を集めて同質の集団をつくるためのコミュニケーションや、そのための施策が求められなくなってきた。現在では、より働き手のエンゲージメントを高めるためのコミュニケーションの醸成が必要になってきていると思います。

(※)ぎょうしゅうせい。集団そのものがメンバーを引きつけ、その集団への帰属を動機づける度合いのこと。集団凝集性を高めることで、離職率の低下や生産性の向上などのメリットがあるとされる

  • 守島氏2

──守島先生は、企業が組織力を高めるためには、これまでの人事管理の手法(採用、育成、評価、配置転換)とは違う人材マネジメントが必要であると述べられています。働き手のモチベーションを高め、生産性を上げるためには「働く人のココロをつかむ」ことを重視すべきであり、ひいてはそれが従業員の定着や育成にもつながってくる……とのことですが、この点について詳しくお聞かせください。

守島:例えば最近よく言われている、「パーパスドリブン経営」(※)の視点で考えてみましょうか。あれでいちばんやってはいけないのは、経営者が朝の朝礼などで社員にパーパスを復唱させたりすることです(笑)。

(※)ビジネスシーンにおいて企業の社会的な存在意義や志を意味する「パーパス」を起点とした企業経営や経営戦略を実践すること

──社長室に額縁に入れた社是を飾ったり、これは社是だからとにかく丸暗記してくださいねと伝えたり……といったようなやり方では、働く人のココロをつかむことができない。

守島:せっかく理想的なパーパスを設計したからといって、企業側がパーパスを一方的に従業員に押し付けてしまうのはNGです。今の若い働き手は多様な価値観を持っており、企業のパーパス以外にも、「自分自身のパーパス」も持っている可能性が高い。だから、組織のパーパスと、働き手のパーパスとをすり合わせる必要があるのです。

そのためには、上司によるキャリア面談や1on1セッションといった、問いかけや対話のプロセスが重要です。問いかけや対話を通じてそれぞれの価値観や働くことの意義などのパーパスをお互いに言語化し、変化への原動力としていきます。

エンゲージメントとは、働き手が仕事を「自分ごと化」できていること

  • 守島氏3

──組織と働き手の間で、パーパスのすり合わせや共有ができていれば、いわゆる従業員エンゲージメントをさらに高めることができるということですね。ところでこの従業員エンゲージメントとは、そもそもどういった考え方なのでしょうか。

守島:一般的に従業員エンゲージメントとは、従業員が企業の向かっている方向性に共感し、自発的に持つ「この会社に貢献したい」という思いや意欲のことを指します。 組織と働き手の間にこうした強い関係やつながりが生まれていれば、当然企業の業績や価値の向上にも大きな貢献をもたらします。

よく私が講義や講演などで従業員エンゲージメントについて解説するときにたとえるのが、オリンピック競技の選手の話です。多くの選手が「金メダルが取りたい」「代表選手になりたい」と、目標に向かって熱い気持ちを抱いていますよね。いわば目的を達成するために“入れ上げている”状態です。それが理想的なエンゲージメントなのです。

──達成したい目標やゴールに向かって、企業と働き手が一緒になって熱中している状態ですね。

守島:働き手のマインドがそうやって「熱くなっている」ことを、私はエンゲージメントが高くなっていると考えています。企業では、いわば、仕事を「自分ごと化」できているかどうか。あるいは、自分の仕事に使命感を覚え、当事者意識を覚えているかどうか。

その意味でも、組織のパーパスと働き手のパーパスとの間の一致点を見いだし、そこに同意できていることが重要です。

例えば旧来の日本型の組織だと、会社が強い人事権を持ち、働き手に対して一方的に仕事を与えてきました。これまでの日本企業の正社員は、自分で自分の仕事を選ぶ機会がなかったので、仕事に対してのオーナーシップが得られにくかったのです。しかし、働き手が自ら仕事を選択できるよう、双方向のコミュニケーションを実践することで、従業員のエンゲージメントを高めることができます。

──日本企業の従業員エンゲージメントは6%と、調査対象139カ国のなかで最低レベルだったというリサーチもあるようです。

守島:以前、ある大手グローバル企業の国別のエンゲージメントデータを見たことがあるのですが、同じ企業のなかでも、日本は一番エンゲージメントが低いんですね。それはやはり、働き手が目的意識を持つことの重要性について日本の企業がまだまだ重視していないことが大きいと思っています。

組織のパーパスと働き手のパーパスをすり合わせつつ、その結果として勝ち取った成果はとことん褒めてあげる。また成果については曖昧な評価をせず、明確、かつ公正な基準をもうけた報酬体系で応える。こうした合理的な経営ができていれば、日本企業の従業員エンゲージメントはもっと高まるのではないでしょうか。

「真面目な雑談」ができる組織は強い

──従業員エンゲージメントに関して、企業は「働きやすさ」と「働きがい」の違いにもっと意識的になるように、とご著書でも強調されています。この違いと関係性について教えてください。

守島:「働きやすさ」は文字どおり安心安全な労働環境のこと。それに対して「働きがい」はやる気やエンゲージメント、モチベーションなど、仕事上の目標達成へ向けた動機づけができている状態、ということになります。

「働きやすさ」は、あくまでも企業としてベースの部分です。そもそも「働きやすさ」がない企業ではエンゲージメントは上がりません。でも、残念ながら、「働きやすさ」だけがすごくあったとしても、エンゲージメントは高まらないのです。

  • 守島氏4

──居心地がいいだけ、ワークライフバランスを求めるだけでは、成果が上がらない。

守島:すごくぬるま湯的な環境で、誰もリスクを取らない。普通に過ごしていれば、なんとなく成果が上がってくる。当たり前のことですが、そういう組織というのは、結局、従業員のエンゲージメントを高められないのです。

その仕事が、働き手のやりたいことの実現につながっているのか、働き手が考える存在意義やパーパスと一致できているのか。そういったことが人的資本経営の目線からも強く求められている時代なのだと思います。

──組織へのエンゲージメントが高い傾向にあるのは、いわゆるオフィスワーカーよりも優良製造企業のブルーカラーの働き手の方、とのことですが、その理由はなぜなのでしょうか。

守島:優良なモノづくり企業で生産に携わる人々の仕事は、職務範囲も明確で、また成果の優劣も見えやすい。現場での改善や工夫が、どのように商品の品質の向上に結びつき、企業成果と密接に連動しているかも分かりやすかったと言えます。

またOJT(職場内育成)に莫大な資源が投入され、そのなかで熟練度を磨いていくワーカーたちには「人材としての成長を支援してくれている」という実感があった。つまり、それが「働きがい」につながったのです。

──熟練度の高いワーカーほど、自分の職業人としての成長に、人生の意義を投影しやすいという面もありそうです。

守島:それに対してオフィスでのデスクワークが中心となるホワイトカラー、とりわけ社員数の多い大企業ほど、どうしても業務が細分化され、自分の仕事がどんな貢献につながっているのか、誰にどんな価値を提供しているのか、見えづらくなりがちです。

オフィスワーカーにとって、個人成果と企業成果の連動は見えにくいのです。会社と働き手が一緒になって「働きがい」を言語化できないと、結果として家庭や趣味に生きがいを見出そうという動機が高まります。私はこれを「ワークライフバランスへの逃避」と呼んでいますが、近年、仕事ではなく、仕事以外に生きがいや働きがいを見出そうとする人が増えているように思います。

──企業側は働き手とのエンゲージメントを高めるため、お互いのビジョンをすり合わせるといった綿密な対話がますます必要になりそうです。

守島:昔なら「仕事は上司の背中を見て黙って学べ」という意識も強かったと思います。ですが今の若い世代は、上司の背中ではなくてスマホの画面を見ているのです(笑)。

キャリアオーナーシップ(※)が高い働き手は、自分の価値観やキャリアプランに適合した人生設計ができる組織を選ぶ。そのためにも、企業側は企業のビジョンやパーパスを明確にし、働き手に伝え、共有し、さらにお互いの目線が合っていなければならない。

(※)個人が自分のキャリアにおいて「どうありたいか」を意識し、その実現に向けて主体的に行動する意識

そのためにも、人事部門こそ採用段階からそうした問題に意識的に対峙し、人事戦略の一貫として位置づけるべきだと考えています。採用後も、単にフェイス・トゥ・フェイスの面談の場を増やすだけでなく、「組織と働き手の価値観をすり合わせる」という前提を踏まえた上でコミュニケーションの機会を増やしていくことが大切です。

その際に重要なのは、可能な限り、職場のリーダーやミドル層が一つひとつの仕事の意味や目的を丁寧に伝えること。そうした対話を通じて、企業が目指す方向を多くの働き手が自分ごととして捉えてもらう。そういう組織こそ、レジリエンスも高くなるのです。

──ビジョンやパーパス、企業が目指す方向を社員が自分ごととして捉えられている組織こそ、エンゲージメントの高い組織ということですね。企業の人事・経営部門においては、そのためのコミュニケーションを生み出す場を設計する施策が重要とも言えそうです。

守島:そうですね。その意味で、私はよく「真面目な雑談」ができる組織が強いと考えています。よく飲み会の場で、上司や同僚と仕事について腹を割って話す人がいますが、あれはやはり、最後はストレス発散の愚痴大会になってしまう(笑)。

そうではなく、例えば15時になったらコーヒーを飲む場所に自然とみんなが集まって雑談ができるような導線をデザインしておく。先進的な企業ほど、そういうお互いの意見を尊重しながらコミュニケーションができる場の大事さを分かっていて、そのための仕組みや制度を設けています。

こうした場で自然発生する「真面目な雑談」がイノベーションの種になり、あるいは仲間意識の醸成や、企業カルチャーの維持につながる。ひいては従業員エンゲージメントの向上にも資するのです。

  • 守島氏4

取材・文:三宅大介(株式会社モジラフ)
撮影:平山訓生
編集協力:株式会社モジラフ、はてな編集部

守島 基博(もりしま・もとひろ)

学習院大学経済学部教授。専門は人材マネジメント論(人的資源管理論)・組織行動論・労使関係論。80年慶應義塾大学文学部社会学専攻卒業。86年米国イリノイ大学産業労使関係研究所博士課程修了。人的資源管理論でPh.D.を取得。カナダ国サイモン・フレーザー大学経営学部助教授。90年慶應義塾大学総合政策学部助教授、98年同大大学院経営管理研究科助教授・教授。2001年一橋大学大学院商学研究科教授を経て、2017年より現職。2020年より一橋大学名誉教授。

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