有限会社辰屋(以下、辰屋)は、1900年(明治33年)創業の神戸牛専門店だ。いわゆる“町の精肉店”でありながら、1950年代より通販を始め、2000年代初頭にはEコマース(EC)もスタートするなど、当時としては先進的な販売方法にも積極的にチャレンジしている。現在では、売上の9割をECが占めているという。

辰屋では早い時期からClaris FileMakerをベースとしたネットショップ受注支援アプリケーションを活用してきたが、注文増加にしたがってそのアプリに頼るだけでは受注処理が限界に達し、残業やミスが多発していたという。そこで、FileMakerによるカスタマイズでさまざまな機能を追加し、業務を改善・効率化してきた。本稿では、その取り組みを牽引する2人の担当者に話を聞いた。

神戸牛を“冷蔵”で全国へ届ける:EC事業の進化と革新

辰屋のこだわりは、発送日にカットした神戸牛を“冷凍”ではなく“冷蔵”で全国に配送することだ。まさに、近所の精肉店で切りたての肉を買ってくる感覚で、高級食材の神戸牛を楽しめるのが大きな特長といえる。

ECサイトからの受注が売り上げの柱となっており、自社サイトをはじめ、現在は10を超えるECモールに出店している。ECはモールごとに受注データの取り込みの仕様や、受注後の購入者へのメール送信、出荷後の送り状番号の共有など、業務の流れが異なる。ECサイト開設当初、辰屋では受注や発送、顧客管理などのシステムをいくつか試して導入したものの、自社の業務フローに合った仕様にはなっていなかった。受注データをCSVで取り込めず、受注情報などをすべてメールから印刷し、その内容を見ながらアプリに手入力していた時期もあった。

2005年に大手ショッピングモールへ出店する際、同モール向けの機能を備えたFileMakerをベースに開発されたネットショップ受注支援アプリを導入した。

翌年の2006年、辰屋は当時の小売業としては珍しいEC専業職種を募集。そこで入社したのが、現在EC事業部の部長としてFileMakerによる開発を担う李氏だ。

当時使用していたアプリについて、李氏は「最低限のカスタマイズは施されていたものの、基本的には業務をアプリ側の仕様に合わせていた部分が多く、使い方がわからない機能もありました。また、商品名や個数、重量、のしの種類を伝票から出荷指示書に書き写すなど、手書きに頼る部分もかなり残っていました。ベンダーに依頼をすればカスタマイズは可能だったものの、予算の制限もあるなかでは難しく、そもそもどのようにすれば良くなるのかという発想もありませんでした」と振り返る。

  • 複数のECモールに出店し、鮮度が自慢の神戸牛を提供している。

手作業から自動化へ:辰屋のEC事業改革と挑戦

そうした手作業での対応が続くなか、時代の流れを受け辰屋でもECの売上が大きく伸びていく。そして出荷数もみるみる増えていったため、残業が多発。繁忙期の年末年始や父の日の前は徹夜で作業することもあった。作業量の増加に比例して書き写しなどでの人的ミスも多発していたため、顧客に謝罪する際の菓子折りを事務所に常時用意していたという。

こうした苦労が重なった結果、人力での作業に疑問を感じた李氏は、受注管理の効率化をDXの第一歩として、伝票発行を自動化して出荷に必要な情報を伝票の裏に直接印刷できないか考えた。受注管理アプリはFileMakerベースで構築されており、内部の構造をすべて見られる仕様だったため、自らの手でカスタマイズを加えられそうな余地があった。李氏は父親がMacユーザーであったことから少年時代にクラリスワークスやHyperCardを遊び感覚で触ったことがあったが、それまでFileMaker自体は扱ったことがなかったという。

「FileMakerについて勉強しながらカスタマイズを進めていったところ、作業が大きく効率化し、ミスも劇的に減りました。その後もECモールへの出店が増えていきましたが、コストをなるべく抑えようと考え、ベンダーに機能追加を依頼せずに自前で各モールに対応していったのです。自分で追加した機能が即時にそのまま仕事で活かされるのが嬉しかったです」(李氏)

FileMakerで革新を遂げた業務効率化と多彩な機能実現の舞台裏

これを機に、受注管理アプリのカスタマイズが一気に本格化する。例えば前述のようにECモールはモールごとに受注データ取り込みの仕様が異なり、API連携できるところもあればCSVファイルのインポートが必要なところもある。李氏はそれぞれの受注データ取り込みをFileMakerのCSVインポート機能を利用して行えるように仕組みを整えるところから始めた。バージョンアップを重ねた現在ではAPI連携や、Puppeteerなどのブラウザ操作自動化ライブラリを活用し、ボタンひとつで複数モールからデータを一括して取り込める仕組みにまで発展している。これもFileMakerがcURLやJSONなどに対応し、外部連携が容易になっていったことの恩恵だと李氏は言う。

  • 出荷一覧の画面

それ以外にも、FileMakerで実現した機能は多岐にわたる。例えば、通常送り状を発行する際は外部のクラウドシステムに送付先情報のCSVをアップロードして印刷し、そこから送り状番号を受け取ってデータベースにCSVで戻す作業が発生する。辰屋では物流業者のEDIを利用し、あらかじめ発行される送り状番号を使ってFileMakerで送り状伝票のレイアウトを作成、それを印刷して発送するフローへと改良した。また、受注件数に比例して増える大量の注文確認等のメール送信では、一括送信を可能にするWEBサービス「Amazon SES」とAPI連携を行い、待ち時間なしで送信が完了する仕組みを構築した。

食品に付す品質表示ラベルの印刷についても、従来は昔ながらのラベル専用機を使って電卓のように手打ちしていたが、FileMakerから直接行えるようにカスタマイズ。ほかにも、神戸牛の信頼性を保証する証明書「神戸肉之証」をスキャンしOCRでデータ化して管理する仕組みや、納品時にバーコードをスキャンして部位に関するデータをデータベースに蓄積する仕組み、自社ECサイトで使っているECプラットフォームが提供するGraphQLを用いたAPIをもとに商品情報や顧客情報をすべて一元管理する仕組み、カタログギフトのID番号の発行・印刷・申込み管理、日々の売上データをWebから手軽に閲覧できるインターフェース、顧客に送るDMの管理、さらには在庫管理まで、実に多彩な場面でカスタマイズされたFileMakerの機能が活用されている。

「もともと使っていたアプリがFileMakerをベースにしていたからこそ、業務で求められる機能はすべて自分たちで作り上げるというスタイルが成り立っているのだと思います。元のアプリは基本的な骨組みを除き、もはや原型をとどめていないレベルですね」(李氏)

FileMakerと共に進化する辰屋の開発チーム:ローコードツールの魅力と成功の秘訣

FileMakerでのカスタマイズを始めて以降、しばらくは李氏1人がその業務を手掛けていたが、岩田氏が2017年頃から開発に加わったことで、その取り組みが加速した。

受注や梱包など現場の作業を担当していた岩田氏は、それまでプログラミング経験がなかった。李氏は岩田氏が開発に興味を持っていることを知り、EC事業部にスカウト。岩田氏は開発参加当初について「李さんの作ったシステムを真似しながら自分自身で勉強していきました。また、李さんが講習会やEC仲間から情報や教材を得て、それを共有してくれるので、それも勉強の助けになりました」と言い、商品の同封物を印刷する機能の開発から始め、その後は在庫管理などさまざまなシステムをFileMakerで生み出してきた。

李氏と岩田氏は、ローコード開発ツールとしてのFileMakerの使いやすさと迅速性をひしひしと感じているという。

「今でも常に最新情報を入手し、仕事をもっと楽にできるようにしたいと考えています。ここ5、6年はJavaScriptやNode.jsも学び、FileMakerと共に使うようになりました。欲しい機能をとにかく簡単に、素早く、しかもコストをかけず実現できるところと、“まず、やってみよう”と思えるシンプルさがFileMakerの最大の魅力です。あまりに手軽にカスタマイズできてしまうので、FileMakerプラットフォームから変えようと考えたことは一度もなく、FileMaker以外の選択肢はこの先もないと思います」(李氏)

岩田氏も次のように話す。

「現場で作業する職人から改善要望を直接聞いて、5分後にはレイアウトを変更できるのはFileMakerだからこそです。私はまったくの初心者でしたが、それでもドラッグ&ドロップで直感的にレイアウト変更が行えましたし、UIの視認性が高く、スクリプトステップも明快です。プログラミングの基礎を学ぶうえでもとてもよい教材だったと思います。FileMakerで学んだことをベースに、JavaScriptやPythonも勉強しました。Node.jsでFileMakerを補完できたり、JSONを扱えたりする点もありがたいです」(岩田氏)

近年はノーコード開発ツールも注目されているが、これについて李氏は「ノーコードではできることに限りがあります。そのため、結局業務をシステムに合わせる形になるので、ノーコードツールの導入も考えたことはないですね」と語る。

現場で進むFileMaker活用。この先のAI導入も視野に入れる

岩田氏が加わって以降、肉の加工や包装を行う現場にMac miniを設置し、作業中に過去の受注や出荷の状況を確認できるようにした。これも現場の職人の要望に応えたもので、毎朝、出荷指示が渡される前の状況で過去のデータを参考に準備作業ができるようになり、配送までのスピードアップにつながっているという。また、店頭のレジにあるiPadや配送現場のiPhoneにClaris FileMaker Goをインストールし、送り状のQRコードをその場で読み込んで、受注数と実際の肉の個数のすり合わせに活用している。

「FileMakerによる自動化で単純作業が効率化されたことに加え、データを手軽に閲覧できるようにしたことでミスも極端に少なくなりました。顧客からのクレームも激減し、そのおかげでスタッフの定着率が向上し、気楽に長く働ける職場づくりを実現できています。FileMakerで注文を確認して必要な個数を最適なタイミングで包装できるようになり、品質の担保や、データを参考にしたロスの削減にも貢献しています」(李氏)

またこれらの業務効率化により、受注処理の能力や、製造・出荷能力は大幅に増えた。精肉店の繁忙期は12月。出荷量が少ない月の3〜5倍近くの注文が、年末に集中する。以前は、特に忙しい年末は今の10分の1以下の出荷量であっても、手作業主体では業務量も膨大で徹夜作業を強いられることがあった。そのため、注文を早めに締め切る必要があり、ぎりぎりに注文があったとしても受け付けることができず、年末の需要を多く取りこぼしていた。現在は出荷可能な量が増え、注文も直前まで受け付けることができるように。売上を大きく伸ばすことが可能になった。それに加えて労働時間は減り、「年間で一番いそがしい日も、ほぼ定時帰宅が可能になりました。FileMakerのおかげです」と李氏。

ECモールごとに異なる業務の流れへの対応についても、送信メールのテンプレートでモールに合わせた店名・URLが自動的に反映されるようにした。現在では多くの企業も同様に行い、当たり前となっているこのシステムも、スタッフの負担を大幅に軽減させることにつながったのである。

これまで数々のカスタマイズにより業務効率化を実現してきた辰屋。そのさらなる革新に向け、今後の取り組みをどのように見据えているのだろうか。まず岩田氏は「私が作った在庫管理システムでは前年の出荷数を確認できます。そこでセールを行った、テレビ番組で紹介されたなど、出荷数が多くなった要因を分析できれば、広告やイベントの参考にできるので、今後はそうした活用も進められればと思っています」と語る。

また李氏は、FileMakerと生成AIを組み合わせた活用も視野に入れる。

「たとえば一人の顧客が購入する時期や金額、季節による注文商品などFileMakerに入っているデータを生成AIに入力することで、売上をより伸ばすための指標として活用する、といったことは頭の中にあります。そのほか、お客様からいただいたコメントへの返信をAIにサポートしてもらい、最終的に人間がチェックすることで、温かさを残しながらさらなる業務効率化も実現するという使い方も考えています」(李氏)

李氏、岩田氏が業務改善のアイデアを出し、それをFileMakerで実現するというアプローチだけでなく、近年は現場からも「FileMakerを使えばこんなことも簡単にできるのでは?」という声が上がるケースも増えている。

辰屋のEC事業は、最新のFileMakerプラットフォームの機能拡張によって年々大きく成長を遂げている。冷蔵配送による新鮮な神戸牛の提供をはじめとし、多岐にわたる業務の効率化を実現している。その鍵となったのは、現場主導でカスタマイズでき、改善していける柔軟なシステムの導入だ。今後も顧客に最高の神戸牛を提供し続けるために、辰屋の進化は続くことだろう。

  • (左)辰屋 EC 事業部 部長 李氏
    (右)辰屋EC 事業部 岩田氏

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