自家用車を除くあらゆる交通手段をサービスとして捉える「MaaS(Mobility as a Service)」。群馬県前橋市は、“誰一人取り残さない都市”をスローガンに、同市独自の「MaeMaaS高度化事業」を推進し、全国から注目を集めている。この取り組みについて前橋市 交通政策課と、MeaMaaSに伴走するNTTデータに、事業の構想から今日までの歩み、今後の展望を聞いた。
前橋市が抱える交通課題
多くの地方都市がそうであるように、前橋市もやはりクルマ社会だ。2020年の中核市水準調査では60市中、世帯あたり自家用車保有台数は2位、人口あたり乗合バス利用者数は57位と、自動車への依存度が非常に高い。
また、免許を持ち自動車を保有している人の外出率が80%であるのに対して、免許を持っていない人や返納した人の外出率は49%と大きく低下する。これにともない、鉄道やバスなどの公共交通の利用率も低く、鉄道やバスは全体の3.5%ほどしか利用されていない。
「前橋市は、市民から『都市機能と自然環境が共存しており、住みやすい』と評価されています。しかし、世帯あたりの自家用車保有台数が60市中第2位と高く、乗合バスの利用者が最下位に近いという車社会になっています。前橋市は、20年後に70~80歳が人口構成の中で大きくなる見込みですから、安全・安心・便利に公共交通機関が使えるよう、さまざまな政策を行ってきました」と、同市 未来創造部 交通政策課 総合交通係 係長の南雲 貞人 氏は振り返る。
加えて、鉄道事業者で2社、バス事業者は6社、タクシー事業者は9社という交通事業者の多さがかえって市民の利便性を阻害してしまわぬよう、各社間で連携の取れた運行計画の立案が求められていた。
こうした交通課題の解決に向けて、前橋市は地域公共交通計画を策定。その一環が、デジタル⽥園都市国家構想のモデル事例へと繋がる「MaeMaaS(前橋版MaaS)」だ。なお、最初の実証実験からすでに国土交通省の補助事業に選定されており、優良事例として全国への展開が期待されている。
MaeMaaSが目指す自家用車依存からの脱却
前橋市がMaaSの取り組みをスタートさせたのは2020年1月。ここから2020年3月にかけ、最初の実証実験が実施されている。つづいて2020年12月から2021年3月に二度目の実証実験を実施。さらに2022年10月には3度目の実証実験が開始され、前橋市はこれを独自に継続してきた。
「MaeMaaSは現在、三度の実証実験経て、本格的な運用へと進んでいくところです。さらに群馬県との連携も進め、将来的には群馬県域へとMaaSを広げていく構想です」と、語るのは前橋市 未来創造部 交通政策課 新モビリティ推進係 主任の入澤 大樹 氏。
MaeMaaSの最大の目的は、市内の多様な交通モードをわかりやすく案内し、公共交通の利用を促進することにある。そのためにまず改善を進めたのが経路検索であり、実証実験においても、修正・改善が繰り返されてきた。目下の課題は、操作の手順を可能な限り減らしシンプルでわかりやすい案内にすることだ。
「公共交通の利用者は40~60代が中心で、とくにご高齢の方が多数というわけではありません。一方、郊外で運行するデマンド交通は高齢者の利用が多く、サービスごとに利用者層が分かれているという現状があります。公共交通を持続していくためには、現在まだ公共交通を使われてない方を新たな利用者として取り込んでいく必要があると考えています。今後は、鉄道・バス・デマンド交通といった異なるモビリティを定額で利用できるサービスなども検討していきたいと思います」(入澤氏)
今回の取り組みを進めるうえで、NTTデータは、データ分析の面からMaeMaaSを支援してきた。NTTデータ モビリティ&レジリエンス事業部 課長 堀 桂子は次のように語る。
「私たちは、地域交通の課題解決に向けて自治体や交通事業者の取り組みを支援しているチームです。また、地域住民のみなさまにとっての住みやすいまちづくりへの貢献も目指しています。当初は自動運転に関する実証実験に参加しておりましたが、二度目の実証実験からは地域の公共交通の利用促進にフォーカスし、実際にサービスを作り上げてきました」(堀)
2022年度には、コミュニティバスの乗降データを取得するため、AIカメラを設置。さらに、群馬県が地域連携ICカード「nolbé(ノルベ)」のサービスを開始したことを契機に、ICカードからの乗降データを取得し、効果測定を開始した。また、バス事業者6社の共同経営に合わせ、運営状況のシミュレーションをテーマにした支援も行っている。
加えて、安全・安心への取り組みも欠かさない。高齢者や学生の移動に対する「見守り機能」を提案し、「いつ乗り、いつ降りたか」を家族等に通知する仕組みもつくってきた。
「MaeMaaSは、生活に近いところにある仕組みです。前橋市、交通事業者のみなさまと対話をしながらも、その先には地域住民のみなさまがいらっしゃいます。私自身もほかの自治体の住民ですし、自分ごととして生活者の視点で考えることが大事だと思いながら、今回の活動を進めてまいりました」と、堀はMaeMaaSに伴走する際の心持ちを話してくれた。
SiFFT-TDMの機能と果たす役割
そして2023年、NTTデータは「SiFFT-TDM」を用いてMaeMaaSの支援を加速させる。SiFFT-TDMは、地域の交通事情に合わせた交通ネットワークの計画を検討するための支援ツールだ。MaeMaaSの中で蓄積される交通データの可視化・分析をサポートし、あらゆる取り組みを下支えする存在となっている。
基本機能とオプション機能があり、基本機能は「EBPM(Evidence‐based Policy Making)」。実際に取得した交通データを可視化し、分析を更新していくものだ。さらに、オプション機能では、前述した効果測定機能や共同経営支援機能、見守り機能などを提供する。これらの機能で地域の課題解決に向けた取り組みを支援していく。今回の取り組みで開発を先導するNTTデータ モビリティ&レジリエンス事業部 課長 盛合智紀 は、SiFFT-TDMについて、次のように説明する。
「SiFFT-TDMは、全国の自治体が抱える交通課題の解決を目指し、開発されたものです。前橋市はそのファーストユーザーとして名乗りを上げてくれました。我々から見て、前橋市は本当に先進的な取り組みをされている自治体だと感じます。前橋市からほかの自治体へとMaaSの動きが広がっていくことを期待するとともに、日本全体の交通事情を少しでも良くしていくお手伝いをさせていただきたいと願っています」(盛合)
公共分野の取り組みではしっかりと要件定義を行い、ウォーターフォール型で開発を行うのが一般的だが、SiFFT-TDMの開発はアジャイル方式で行われている。これは事業者や住民の声を聞きながら、素早い機能改善を目指すためだ。バスの乗客分析では、その効果が目に見えて現れた。
「我々は自治体様向けのMVP(Minimum Viable Product)として、停留所ごとの乗車人数』を重視して開発を進めていました。ですが、バス事業者さまから要望を受け『どの便に』『どこから』『どこまで』『何人が乗ったか』まで可視化できるようにしました。現場で実際に検討を行うには、さらに細かい情報が必要とされていたのです」(盛合)
数多くの取り組みのなかで、特に先進的なのは共同経営支援機能だという。具体的には、運行されている特定路線のシフトを調整する際、そこにほかの補正、例えば利用者が少ない時間はバスを運行しないなど、B/Sを高めるためのシミュレーションを行っている。
「この機能の面白いところは、システムであるが故に忖度をしないので、理論上もっとも良い数値を出せる点でしょうか。やはり前橋市、バス事業者ともに諸々の事情を総合的に考えられてご検討されますので、メリットのみに注力した提案は出せません。システムが人間の発想を飛び越えたドラスティックな提案を行い、人間がそれを起点に現実的な解答に落とし込むことができるのかなと思っています」と、盛合は開発のポイントを話すとともに、こうもつづける。
「我々は効率化に着目しがちで、『最終便の利用者が少ないならなくせるのではないか』と考えがちですが、バス事業者からは『最後の一便があるから、安心してひとつ前の便に乗ってくださるお客さまがいるんだ』と言われたんです。住民のみなさまの心の内側こそ、本当に見なければいけない部分だと感じました。このような点を集約して、分析していける仕組みを目指しています」(盛合)
MeaMaaSの本格稼働が紡ぐ高齢化時代の公共交通
地方自治体の先進的なMaaS事例として、多くのデータを集めてきたMeaMaaS。日本はこれから超高齢化社会を迎えようとしており、交通弱者目線の課題はより大きくなっていくだろう。前橋市は、その課題に率先して取り組んでいる。MaeMaaSを本格稼働させるにあたり、前橋市は将来的に群馬県域への展開も視野に入れていたが、2023年3月15日には群馬県のMaaS「GunMaaS」へとサービスがリニューアルされ、より大きな広がりを見せ始めている。
「これまでは前橋市内に限定したサービスが中心でしたが、これからはGunMaaSとして、より多くの自治体と連携してサービスを提供できるようになりました。これはこれまでつくりあげてきたMaaSをより使いやすくし、普及を進める一助となるでしょう。まずは隣接する市町村とともに、新しい公共交通サービスの検討を進めていきたいと考えています。当然、複数の事業者が関わってきますので、これまで活用できていなかったデータもSiFFT-TDMを通じ、日の目を見るのではないかと思います。そういったデータの活用を、NTTデータと一緒に検討していきたいなと考えております」と、入澤氏はNTTデータへの期待を込め展望した。
前橋市での取り組みの成果を受け、NTTデータにはほかの自治体からの声がけも増えているという。現在6~7自治体が強い関心を持っており、来年度、再来年度にはSiFFT-TDMを利用した取り組みも増えていきそうだ。
「自治体のみなさまは、交通ネットワークを効率化し、利便性を高めるという責務を持たれている一方で、高齢化という少し先の未来も踏まえて、あるべき姿を模索されています。そういった再編のなかで、公共交通の利用者数を増やす取り組みに、ぜひ我々も一緒に挑戦させていただきたいと思っています。SiFFT-TDMによって自治体の集合知を固めつつ、さらに別の自治体への提供も進めるという流れを作り、より良い地域社会の構築に貢献したいと考えています」(盛合)
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