岩手県中西部の豪雪地帯・西和賀町にある旅館「山人-yamado-」は、一つひとつの部屋にしつらえた 100 %源泉掛け流しの温泉と、山あいの美しい自然、そして地域の食材を生かした滋味豊かな料理で人気の温泉リゾート旅館だ。同館では、日々の業務に関する情報連携や宿泊客へのサービス提供において旧基幹システムに使いづらさを感じていたという。そこでローコード開発プラットフォーム「Claris FileMaker」を使って新たな基幹システムを内製し、さまざまな業務の自動化と効率化を実現した。事業の柱である旅館業に加えて、新事業でも FileMaker の活用を進める同館の取り組みを、自らシステムの開発を手掛けた総支配人・佐々木 耀氏の言葉から掘り下げていく。
地元に貢献したい──。総支配人の思い
「山人-yamado-」は 2009 年にオープン。山懐に抱かれた自然豊かな地域ならではの風土・文化を生かしたきめ細かなサービス、素晴らしい温泉や食事を、全 12 室という静かな環境で楽しめることで、旅人たちの高い評価を得ている。2019 年のじゃらんnet 「泊まって良かった宿大賞(東北、50 室以下部門)」で 1 位を受賞するなど、さまざまなアワードも獲得している人気の宿だ。
同館の躍進をけん引し、2022 年春からは総支配人となった佐々木氏は、もともと岩手から東京に出て美容師をしていたが、東日本大震災を機に「地元に貢献できる仕事がしたい」との思いで U ターン。故郷の地で自らの進む道を模索するなかで「山人-yamado-」に出会い、2013 年に同館に入社した。
「ここでは自分の仕事が誰かに喜ばれる、誰かの役に立っているという実感があり、やりがいを感じて、とにかく居心地がよかったですね」と振り返る。入社から 3 年を経て支配人となったが、現在も接客から客室清掃、裏側でのスタッフのまとめ役、もちろん全体的な管理まで、広範囲の業務を手掛けているという。
さまざまな場面で老朽化した基幹システムがボトルネックに
旅館の仕事は、バックオフィスを除けば大きく分けて 2 つ。接客やフロント業務、施設管理、客室清掃といった宿泊客と直接かかわる業務を担うサービス部門、そして厨房部門だ。このうち、主にサービス部門において、かつて使っていたホテルシステム(宿泊業の基幹システム)の使い勝手に問題があったと佐々木氏は語る。
「どの宿泊施設でも、ホテルシステムを中心に予約管理からチェックイン/アウト、料理まで業務が回っていくのですが、そのシステムが円滑に機能しないとオペレーション全体がうまく回りません。入社した当時はこのシステムが自社に合っておらず、1 つの作業をするのにボタンを何度もクリックして、さらにデータを手入力で転記しなければなりませんでした。システムを使用するために業務が複雑化してしまっている状況で、ヒューマンエラーも起きていました」(佐々木氏)
例えば、電話などで予約を受ける際は、使い勝手の良さから紙の台帳に予約情報を記載していたが、システム上には他の予約が登録されており、いわゆるダブルブッキングとなってしまったこともあったそうだ。「全 12 室しかない小さな宿なので、ダブルブッキングは致命的です」と佐々木氏。本来は業務を効率化してくれるはずのシステムがむしろボトルネックとなり、ストレスを感じ続けていたという。
加えて、近年宿泊業界でトレンドとなっている「レベニューマネジメント(需要予測に基づき客室単価を変動させる仕組み)」を導入しようと考えても、旧システムでは対応できなかった。「レベニューマネジメントをするために、システムの機能を一部切断し、手作業で予約を管理していましたが、そこでも転記ミスが発生し、お客様に迷惑をかけてしまうこともありました」と佐々木氏は当時を振り返る。
課題の解決に向け、FileMaker による新基幹システム内製化を選択
このシステムを何とかしたいと考えた佐々木氏は、まずシステム置き換えを検討したものの、既存製品で同館の業務フローに合った使いやすそうなものは見つからなかった。また、当時のホテルシステムは Windows 対応が標準的だったが、同館のフロントにあったのは Mac で、旧システムも Mac に Windows OS をインストールして動かしていた。こうした状況のなか、「自分で作ったほうがいいのではないか」という結論に至ったという。Mac に対応したシステムの内製化という要件から、ソリューションとして浮上したのが FileMaker だった。
佐々木氏は、FileMaker によるローコード開発に関して、次のように話す。
「本格的なシステムやデータベースの開発経験こそなかったものの、プログラミングはある程度理解しており、CGI を使った Web サイト構築の経験もあったため、自分でシステムを作ることに抵抗感はありませんでした。また、FileMaker を使えば、従業員に使いやすいと思ってもらえるようなユーザーインターフェース( UI )を実現できるだろうと確信していました。それがシステム内製化に踏み切った理由でもあります」(佐々木氏)
こうして 2015 年、FileMaker のバージョンが 13 から 14 に上がる頃からシステム内製化に着手。外部システム連携に必要な XML 規格等の学習に 1 か月程度の時間はかかったものの、FileMaker 自体はとても使いやすく、開発工程で苦労したことはほぼなかったという。通常業務をこなしながら 3 年間で地道に開発を進め、2018 年に新ホテルシステムの稼働にこぎ着けた。
予約管理から顧客サービスまで多彩なシーンで効果を発揮
「FileMaker をベースに構築した新基幹システムは、今となっては関係ない業務はないというぐらい、当館の心臓部になっています」と佐々木氏は話す。佐々木氏の作ったシステムは、宿泊予約データの管理やチェックイン/アウト時の顧客情報確認、空室・料金の管理はもちろん、貸切風呂の予約管理、厨房が確認する部屋割りの出力、さらには会計システムとのデータ連携にも対応しており、旅館業で必要な機能はほぼ網羅している。
さらに新基幹システムにはさまざまな外部システムも連携させている。上記の会計システムのほか、LINE WORKS と連携させ、その日に宿泊する顧客情報などがスタッフのスマートフォンに毎朝届くようになっている。また、じゃらんnet や楽天トラベルなどの複数の旅行予約サイトの在庫(空室)情報を一元管理するシステム(サイトコントローラー)と接続し、在庫情報を新基幹システムに取り込むことで、サイトコントローラーを介さない電話予約なども含めて全予約を管理し、ダブルブッキングを回避している。そのほか、人事管理システムや通信販売サイトなども連携させ、人事情報、顧客情報を共通化した。FileMaker の API 連携機能をフルに活用し、スムーズな外部システム連携を実現できていると佐々木氏は評価する。また同システムから派生して、レベニューマネジメントにかかわる業務を管理するアプリや、宿泊客にアフターフォローのメールやはがきを送付するアプリなどのカスタム App も開発している。
「必要な情報がシステムから自動的に現場へ振り分けられるようになり、ミスやサービス品質低下の原因となっていた転記・手入力の作業をゼロにできました。また、会計システムと連携して、従来は帳票から手入力していた顧客の会計情報も新システムから会計システムへ自動的に入力されるようにし、この部分でもかなり業務が効率化されています」と佐々木氏はたしかな手応えを語る。こうしてさまざまなセクションにおいて FileMaker で開発したシステムやアプリが稼働することで、現場の作業量はなんと 5分の 1 程度までに減ったという。
さらに顧客満足度向上にもつながる取り組みについて、佐々木氏は次のように説明する。
「貸切風呂予約については、チェックイン後ではなく来館前に予約できる機能を盛り込み、お客様の要望に応えました。また、旧システムでは管理できなかった項目、例えばお客様が左利きであるとか、ご家族のうち奥様はお酒を飲まないとか、そういった細かい情報を自由に記入して管理できるようになり、サービスのクオリティも高めることができています」(佐々木氏)
ユニークなのは、日の出・日の入り時刻の情報を提供する外部システムとの API 連携だ。貸切風呂の予約時間の参考になるように、これまでは日の出・日の入り時刻を毎日調べて館内図に記入していた。新システムと外部システムの連携により、時刻が館内図に自動入力されるようになり、スタッフの負担を削減できた。
「まだまだシステムは完璧ではなく、不具合の修正は随時行っていますし、スタッフの意見を聞いて細かな改良も常に続けています。最近では『こういう機能が欲しい』という積極的な声も上がるようになりました」(佐々木氏)
新事業でも FileMaker を活用。システム内製化によって広がった選択肢
「山人-yamado-」では、旅館業を本業としながらも、岩手の地鶏「南部かしわ」の加工販売事業も手掛けている。佐々木氏は地鶏加工販売事業における販売管理システムも FileMaker で開発している。以前は手作業で管理していたが、現在は生産段階から食肉処理、パッケージ詰め、在庫管理、出庫処理までの各プロセスを FileMaker のシステムで管理している。パッケージごとの重量を基にしたラベル作成・印刷まで自動的に行える仕組みを作ったほか、出庫時はバーコードを読み取り、そのデータに基づいた自動での在庫の増減管理や請求書作成、さらに会計システムとの連携まで実現している。
「システムを内製化したことで、従来の業務はもちろん、何か新しいことを始めるにあたっても、システムを変えていけばいいという考え方になりました。仕事のやり方を自在に変えられる、自由な発想でビジネスを試せるという自信が、組織全体に広がってきたと感じています。今後も IT を活用し、データ資産をスケールアップしながら、事業の多角化・多店舗化を進めていきたいですね」と佐々木氏は力を込める。
これからシステムの内製化を考える宿泊業従事者たちに向けて佐々木氏はメッセージを送りインタビューを締めくくった。
「システムを内製化していく過程で、仕事の仕組み自体を変える必要性が出てくることもあるでしょう。仕組みを抜本的に変えていくことは勇気がいることですが、結果的にビジネスを大きく成長させると信じて、強い決意を持って取り組んでほしいですね」(佐々木氏)
顧客に非日常を味わってもらうために、細やかなサービスを提供する宿泊業。その高いホスピタリティゆえに、無理にシステム化させようとすると、かえって業務が煩雑になってしまうこともあるだろう。「山人-yamado-」は FileMaker を活用したシステム内製という選択をし、さまざまな業務課題を解消し、サービスの品質を向上させることに成功した。現場のスタッフに寄り添い、おもてなし精神を支えるシステム設計を実現できる FileMaker は今後も旅館・ホテルの DX を力強くサポートしていくだろう。
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