DX推進にあたり、外部SIerやITベンダーの力に依存している企業も多いだろう。システムの外注は、高技術なシステムの品質を担保できる一方、そうしたパートナーが自社のビジネスや課題などを熟知しているとは限らない。内製化した方が、低コストかつ円滑に目的を達成できる可能性もある。しかし内製化のためには何から手を着けどう進めて行けばいいのだろうか。

本稿ではDXの内製化に挑戦し、成果を上げているジヤトコ株式会社の事例を取り上げる。同社は従業員数約14,200人、自動車用自動変速機の開発・製造・販売を行っており、特に無段階変速機(CVT)のシェアは、世界でもトップクラスだ。大規模な組織の同社では、どのようにDXを進めていったのだろうか。

DXを全社員の“自分ごと”にしてもらう

内製によるDXを進める際、まず考えるべきことは「誰が主体となって進めて行くか」だ。推進チームが社内の課題を抽出し、IT部門が実際のデジタル化を担う、というのが誰もが考えつく最も一般的な体制かもしれない。しかし、この体制だと全社のDX関連実務の大部分をIT部門が手がけることになり、その負担は計り知れない。一方、業務部門はIT部門がなんとかしてくれるのを待つしかないものの、待ちきれなくなり独自にツールを導入するケースはよくあることだ。局所的にDXを進めてしまえば、後々収拾がつかなくなることは考えられるだろう。

ジヤトコではこうした状況になるのを避けるため、DXのための業務アプリ開発基盤をひとつに定めた。それが『kintone(キントーン)』だ。kintoneは社内に散財する情報の可視化、オリジナルアプリ開発による作業効率化、コミュニケーションの円滑化などに役立つクラウド基盤サービスだ。「3分でできる業務システム」として、ローコード・ノーコードでアプリ作成できる開発環境を提供しており、コーディングの知識はなくても基本的にドラッグ&ドロップの操作のみでシステム開発が可能だ。そしてこのkintoneを利用したアプリ開発と運用を現場主体で行うことにした。現場を巻き込めば、その仕事に精通した社員たちが自分たちにとって使いやすく都合のいいアプリを開発し、即座に実務業務に活用できる。今回のDXを主導したデジタルイノベーション推進部 兼 情報システム部 主担の岩男 智明 氏は、こう語る。 「現場主体で内製化することで、現場の人たち自身が効率のいい運用やそのために必要な業務プロセスの改善などを考えようという動きが出てきます。kintoneはIT部門任せのDXではなく、DXを“自分ごと”にしてもらうためのアプローチに適したツールだと思いました」

安心してDXに取り組める仕組みを整える

現場主体のDXが円滑に進められるよう、まずはデジタルイノベーション推進部・情報システム部がkintoneの利用環境を整え、その運用ルールを定めた。全体的な情報セキュリティポリシーや統制ルールの策定に加え、厳密にID運用が行えるよう、kintoneと社内ID管理システムとの連携やSAML認証を採用するなどし、セキュリティと利便性を向上させた。またkintoneのアプリやコミュニケーションスペースが誰も管理しない“野良化“になるのを防ぐため、運用者・管理者を定義し定期的な棚卸を実施するようにした。

しかし、ルールをつくっただけではDXは進まない。現場の課題をスピーディに解決するためには、担当者自身がアプリを開発・運用できるように教育しなければならない。また一部の社員にアプリの開発依頼が集中するのを避けるため、より多くの社員がDXに関われるようITリテラシーの底上げも必要だった。そこで同社では、kintoneにおけるアプリ開発の習熟度を5段階で設定し、それぞれの役割を定義した。

習熟度にはまず「未習熟」があり、アプリを使って仕事をする「初級」、アプリをつくって業務改善に貢献する「中級」、中級者がつくったアプリの品質保証を行う「上級」、そして全体企画・統括を行う「マスター」があり、特定の講義を受け評価を得ればステップアップが図れるようになっている。このように習熟度に合わせた役割を決めることで、社員のモチベーションの向上と、一部社員への負荷集中の回避を行った。

  • アプリ開発・運用のレベルと役割を定義

    アプリ開発・運用のレベルと役割を定義

ここまでの仕組みは、2018年から2020年にかけて段階的につくられてきた。まず2018年に調達部門にkintoneを先行導入し運用ルールの整備を開始した。最初から全社展開を視野に入れたルールを策定したわけではなく、安定運用やセキュリティなどの整備は必要最低限にし、オペレーション上で必要な細かいルールは、kintoneを利用しながら決めていったという。

調達部門で一定の成果が出た2019年からは、希望部署を募りkintoneの利用範囲を拡大し、必要最低限にとどめていたルールを随時見直していく方法にシフトした。kintone利用の希望部署が増えるに従い、社員教育の方法も変えていった。当初は個別に行っていた講習を、2020年には希望者の参加を募るイベント型にした。こうすることで希望者が気軽に受講できるようになり、教育する側の負担も軽減された。

2021年現在、多くの部門がkintoneを利用するようになった。今後は間接業務の革新基盤として、ペーパーレスやリモートワークの推進にも役立てられるよう、全社への利用拡大を図っていくという。全社展開にあわせデジタルイノベーション推進部では、現場主導で開発されたアプリがコンプライアンスに反していないかを評価する基準も整備している。

  • kintone導入のステップ

    kintone導入のステップ

業務部門とIT部門の役割を見直す

内製によるDXへの仕組みづくりをリードしてきた岩男氏は、安心して使い続けられる仕組みを整えるポイントについて、「1 皆の混乱を避けるルール整備」「2 情報セキュリティポリシーや会社基準に準拠し、全社で正式に利用できる基盤・ツールの採用」「3 それを使える人材を社内で増やし、内製力を高める」「4 運用ルール・教育体制の継続的な整備」の4つを挙げる。そして「1、2はIT部門の得意分野、つまりIT部門の価値を示せるポイントになる」と語る。 「これまでのシステムはオンプレミスが主軸で、サーバーやソフトウェアへの設備投資、運用負荷が大きく、それを担う部署あるいは現場業務のIT分野を肩代わりする部署としてIT部門がありました。しかし、クラウド化により社内にサーバーを保有するケースは減ってきています。こうした中で、IT部門は現場が安心して使い続けられる仕組み(システム、運用体制)を提供する部門、現場が仕事しやすくするためのサポート(教育、技術アドバイスなど)を行う部門へと役割を変えていく必要があると思います」と岩男氏。

自らアプリを開発・運用できるようになる業務部門、そしてそれを専門的な視点からサポートするIT部門。こうした新たな役割や体制をつくることが内製によるDXの成功地盤になると言えるだろう。

もうひとつ忘れてはならないこととして、岩男氏はコミュニケーションの質を挙げる。同社がkintoneによるDXを円滑に進められた背景には、“質より量”のコミュニケーションを大切にしてきた風土がある。経営層との“ザッソウ(雑談・相談)”ができる定例会の実施や、気になることをいつでも受付・回答できるチャットツールの活用を積極的に行なった。さらにレガシーシステム刷新時には、開発方法をウォーターフォールからアジャイルに切り替え、業務部門とIT部門が密に連携できるようするなど、同社では以前からコミュニケーションの質向上に努めてきた。その結果、社員同士がフランクに相談しあえる雰囲気や様々な立場の社員を巻き込んでいける土壌ができあがった。DXにおける内製開発への取り組みや継続的な改善活動には、こうした環境が大きな役割を果たしたと岩男氏は言う。

「安心して続けられる仕組みづくり、過去の成功体験に囚われず役割を変えていくこと、質より量のコミュニケーション。変革にはこの3つが大切な要素だと言えるでしょう ―― DXを内製で進めるには、たくさんの壁があります。それを乗り越えるには皆様の情熱が鍵です、情熱を持ちDXに臨みましょう」

 関連リンク

●ジヤトコ株式会社 kintone導入事例
>>https://kintone-sol.cybozu.co.jp/cases/jatco.html

[PR]提供:サイボウズ