2018年11月に開催されたIoTテクノロジーの総合技術展「ET & IoT Technology 2018」において、ArmでADAS/自動運転プラットフォーム戦略担当ディレクターを務める新井相俊氏が「Driving future - The road to Autonomy」と題する招待講演を行った。講演後、改めて同氏にインタビュー取材を行い、自動運転の普及に取り組む業界の現状と課題、さらにArmの自動運転プラットフォーム戦略について詳しく聞いた。

  • ET & IoT Technology 2018 招待講演「Driving future - The road to Autonomy」

    ET & IoT Technology 2018 招待講演「Driving future - The road to Autonomy」

自動運転の課題は「機能安全」「価格」「消費電力」

運転ドライバーを必要としないSAEレベル4、5の本格的な自動運転車の実現をめぐり、自動車メーカー各社が開発にしのぎを削っている。いまや世界各地で路上試験が行われているが、現状ではSAEレベル4以上の自動運転をコントロールするためのコンピュータは、PC用の汎用プロセッサを搭載したサーバとスイッチで構成されるのが一般的で、その大きさはトランクを埋め尽くすほどにもなる。また、消費電力は3000Wに上っており、システムコストは6,000万円から1億円以上とも言われるほど高額だ。

新井氏は自動運転車の現状ついて、「荷物を収納するためのトランクを占領してしまうシステムは、とても車載品質とは言い難く、現実的ではありません。自動運転車を本格的に普及させるには、サーバクラスの性能を持ちながら、コンパクトで低消費電力、そして低価格のプロセッサが不可欠です」と指摘する。

  • Arm Inc. Embedded and Automotive LoB ADAS/自動運転プラットフォーム戦略 ディレクター 新井相俊氏

    Arm Inc. Embedded and Automotive LoB ADAS/自動運転プラットフォーム戦略 ディレクター 新井相俊氏

自動運転車の試験運転で浮き彫りになったもう一つの課題は、自動運転をコントロールするサーバなどについて、機能安全のサポートが十分ではないということだ。機能安全は自動車向けの機能安全規格「ISO 26262」に基づく車載電子システムの安全性要求レベル「ASIL(Automotive Safety Integrity Level)」で評価される。ASILにはA~Dの4つの段階があり、最も安全性レベルの高いのがASIL-Dである。SAEレベル4以上の自動運転車には、当然、高いレベルの機能安全が求められる。

ハードウェアだけでなく、ソフトウェアでも機能安全のサポートは重要な課題である。しかし新井氏によると、ソフトウェア分野でも機能安全のサポートはほとんど進んでいないという。その背景には、自動運転を制御するためのソフトウェアが非常に複雑化し大規模化している現実がある。例えば、ボーイング787に使われているソフトウェアのコード数は1,400万行と言われているが、SAEレベル5の自動運転車で利用されるソフトウェアのコード数は10億行にも上るという。このような環境では、機能安全のサポートは非常に困難な取り組みと言わざるを得ない。

こうした状況の中にあっても、自動車メーカー各社は熾烈な競争を勝ち抜くため、Tier1をはじめとするサプライヤーを抱え込みながら、あくまでもソフトウェアを独自に開発する姿勢を崩していない。

こうした現状について、新井氏は「世界的にソフトウェア・エンジニアが不足しているなか、自動車メーカー1社の力だけで、高度な機能安全をサポートする自動運転ソフトウェアを開発するのは困難になりつつある。こうした状況を打開するためには、オープンソースの活用や、技術力の高いアルゴリズム開発会社との連携を積極的に推進するしかない」と力説する。

  • 路上試験を行っている自動運転。トランクはサーバとスイッチに占領されている

    路上試験を行っている自動運転。トランクはサーバとスイッチに占領されている

ASIL-D対応の自動運転アプリケーション・プロセッサを投入

Armは自動運転の普及に向けて、どのような取り組みを行っているのか。Armと言えば、スマートフォンなどモバイル機器に搭載されるプロセッサIPを提供する会社というイメージを持つ人が多いかもしれない。しかし最近では、自動運転の普及を加速させるための事業戦略を積極的に展開している。

「車載事業部を新たに立ち上げ、ADASや自動運転プラットフォームの普及促進に向けた取り組みに力を注いでいることを、自動車業界にも広くアピールしたいです」(新井氏)

Armは2018年9月に、自動運転対応のアプリケーション・プロセッサ「Arm Cortex-A76AE」をリリースしている。同時に、車載用SoC(System-on-a-chip)を開発するシリコンパートナー向けに、安全性の高いSoC製品の開発を支援する「Arm Safety Readyプログラム」を開始した。Cortex-A76AEの末尾のAEはAutomotive Enhancedの略で、自動運転などのような特定の車載アプリケーション向けに設計された新しいシリーズであることを示している。

Cortex-A76AEの最大の特長は、高度な機能安全と高速処理を両立する「Split-Lock」と呼ばれる技術を採用した初めてのアプリケーション・プロセッサであるということだ。この技術を使えば、2個のプロセッサコアを同じ命令セットで実行しながら、お互いを監視する冗長構成にすることで、ASIL-Dレベルの機能安全を実現する“ロックステップ機能”と、それぞれのプロセッサコアを独立させて高速処理を実現する“Split機能”の両方を、単一のSoC上に混在させて組み込むことができる。

Split-Lockのメリットについて、新井氏は「ロックステップとSplitを単一のSoC上に集約できるため、エラー検出を高速に処理できるほか、ソフトウェアも非常にシンプルになり、開発者はロックステップの処理をまったく意識することなくソフトウェアの開発に集中できる。この機能をアプリケーション・プロセッサで実現するのは簡単ではなく、今回初めて実現することができた」と感慨深げに語る。

では実際、Cortex-A76AEはどのような能力を発揮するのか。同プロセッサは7nmのプロセスに最適化されており、16個のCortex-A76AEを自動運転向けに組み込んだSoCシステム構成では、消費電力が30W以下で250 K DMIPSの性能を発揮するという。

「Cortex-A76AEは、自動車メーカーやTier1サプライヤーから非常にポジティブな反響をいただいています。2020年頃にはCortex-A76AEを搭載した自動運転車が市場に登場すると思っています」(新井氏)

Armでは自動運転対応のAEシリーズを今後も継続的に提供する計画であり、そのロードマップも明らかにしている。それによると、「Helios(ヘリオス)-AE」と「Hercules(ヘラクレス)-AE」という2つのアプリケーション・プロセッサを2020年までに、またCortex-Rの後継となるリアルタイム・プロセッサをそれ以降に提供する計画だ。このうちHelios-AEは並列処理に適したスループットの高いアプリケーション・プロセッサとなり、一方のHercules-AEはCortex-A76AEの後継として、さらにパフォーマンスを高めたものになる。またCortex-Rの後継製品は、機能安全を極限まで高めたリアルタイム・プロセッサになるという。

  • Armの自動運転対応プロセッサ「AEシリーズ」のロードマップ

    Armの自動運転対応プロセッサ「AEシリーズ」のロードマップ

エコシステムの拡大で自動運転技術を高度化

自動運転を実現するためには、プロセッサのようなハードウェアだけでなく、ソフトウェアの強化も重要な取り組みとなる。Armは自動運転の普及を加速する戦略の一環として、ソフトウェアのエコシステムの拡大にも力を注いでいる。前述したように自動運転のソフトウェアは複雑で、膨大な規模のコード数になるため、オープンソースの活用はソフトウェアを強化するうえでは有効な対策となる。Armではオープンソースのプロジェクトをエコシステムの重要な構成要素とみなし、プロジェクトに積極的に参加し、その活用を推進している。

例えば中国のネット検索大手Baiduが2017年に発表した自動運転車プラットフォーム「apollo」は、オープンソースのソフトウェア・スタックを開発・提供しており、その中には機能安全への対策も含まれている。Armはこのプロジェクトに参加し、開発を支援するとともに、自社製品での対応にも取り組んでいる。また日本の大学が中心になって開発を進めている自動運転システム用オープンソース・ソフトウェア「AutoWare」にも、Arm系プロセッサ向けのLinuxカーネルなどを開発する非営利団体「Linaro」を通じて協力を行っている。そのほか、オープンソースのロボティクス向けミドルウェア「ROS」も開発元のOSRFとArm対応を協議している。

商用分野でも、ソフトウェアのエコシステムは広がりつつある。例えば自動運転のアルゴリズムを開発するDEEPScaleやBrodmann17、地図会社のMapboxやCivil Mapsなどをはじめ、センサーフュージョンや制御などにかかわるさまざまな会社とパートナーシップを結んで協力している。また自動運転エコシステムをより効率良くデベロッパーに紹介して協力できるようにする「Arm Automotive Developer Community」も2017年に開設、すでに半導体メーカーをはじめ、OS、ミドルウェア、ツールなどを開発する数多くのベンダーが加盟している。

自動運転は、センサーを使って自動車の周囲をセンシングし、フィルタリングしながら計算を行って状況を把握、安全性を判断してモーターなどを制御するという一連の処理を、間違いなく正確に行う必要がある。そのためには数百に上るセンサーや機能安全レベルの異なるさまざまなECU(電子制御ユニット)をモジュール化して有機的に統合するヘテロジニアス・コンピューティングの実現が不可欠だ。

最後に新井氏は「Armは自動運転に必要なコンピューティング要素のすべてをパートナーと協力して提供できる唯一の存在であり、今後も自動運転車の普及・量産化に全力を尽くしていきたい」と強い決意を語った。

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