国連本部に近いジャパンソサエティーでジョセフ・ナイ ハ-バード大学教授が、「東アジアの安定を模索する日本 - ハードとソフトのバランス」と題して講演したのは3月7日だった。

ナイ氏はクリントン政権の94年から95年まで国防次官補を務めた。経済摩擦でささくれ立った日米関係を、「安保再定義」で修復した"ナイ・イニシアティブ"で有名。21世紀は、軍事力というハード・パワーより、魅力的な文化にもとづくソフト・パワーの時代というのが持論だ。自身、ワシントンでの経験を私小説風に書くなど文学中年的な一面も。

前回までのエズラ・ヴォーゲル氏といい、ナイ氏といい、仮に来年の選挙で民主党大統領が誕生すれば、国務長官候補の一人、少なくともその人事について相談を受けることが間違いない人物。聞き逃すわけにはゆかない。

ナイ教授の講演は、中国・インドを巡る歴史認識から始まる。 「19世紀初頭、中国・インドが包含する地域は世界のGDPの5分の3を生んでいた。それが20世紀には5分の1まで低下。今日、5分の2となった。おそらく今後10年で200年前の水準であった5分の3に戻るだろう」。 中国・インドが地域パワー、世界パワーへと台頭するのは必然であり、これを封じ込めようとしても歴史の流れにさおさすだけだ、という認識である。 「だからといってアメリカ、特に日本は何も恐れる必要はない。恐れるべきは(中国・インドの大国化を)恐れること自体なのだ。何故なら中国の経済力は現在、日本よりはるかに低く、米国の8分の1。2020年まで順調に発展しても米国の3分の1のサイズだ。だから大切なのは中国に対して"いい子にするならエンカレッジするよ"というサインを送り続けることなのだ」。

具体的には中国を封じ込めることはしない、世界経済システムの一員として歓迎する -- ということだ。これは共和党の穏健派で今度、世銀の総裁となるゼーリック前USTR長官が唱えた、「ステイクス・ホールダー(利害関係者)としての関与政策」論に近い。 「共産主義中国に妥協しすぎだ、という人もいるかもしれない。ただ、この対応は極めて現実的なのだ。何故なら中国は20世紀初頭のドイツ国王、カイザー(ウイルヘルム2世、第一次世界大戦のきっかけとなる)にはならないからだ(だから世界システムに一員に迎えた方が良い)。第一に、当時のドイツは20世紀初頭には英国を上回る工業力を持っていた(中国は持っていない)。第二に2020年まで中国が今日と同じ政治体制でやって行けるとは到底思えない。何らかの政治改革に迫られるだろうし、それは我々自由主義陣営からみて望ましい方向であると期待できる。インドにはこうした政治的制約はない。中国以上に発展しうるポテンシャリティーを持っている」。 「ただ中国に関しての懸念材料は軍事費の伸びだ。毎年20~30%の伸びを見せている。10%までは経済成長を反映した人件費の伸びとして理解できるが、残りの15~18%は軍備拡張努力だ」。

ではこうした中で日本の存在、役割について教授はどう考えているのだろうか。 「東アジアの安定にとって日本の役割は極めて大きいと思います。それはハード、ソフト両面、特にソフト面での貢献が期待されています」。

まずハード面。 「日本は世界第2位の経済力を持ち、第4位の軍事力を持っている。だからハード面の期待の第一は日米安保体制の強化ですね。これによって東アジアでの重要な安定勢力となって欲しい。具体的には2月に発表したアミテージ・ナイレポートでも指摘しているが、ミサイルデフェンスの強化。これに関連して安倍政権でやろうとしている集団的自衛権の憲法解釈の整理は歓迎したい。日本に向かっているミサイルはたたくが、アメリカに向かうミサイルは黙って見送るというのではアメリカの世論が許さないでしょう。憲法改正について私は日本の国民が決めれば、それは尊重すべきだと思う。いずれのサイドからの"外圧"も有害だ。日本が憲法改正をしたからといって30年代に戻る可能性はない。日本の戦後60年の民主主義の歴史と、オープン・マーケット経済の定着を見れば、その心配はない。中国の指導部には懸念があるようだが。ミサイルデフェンス、空中給油機、必要ならば空母、これは日本の選択肢のうちだがアジアの安定のためには歓迎できる。海外派遣はケース・バイ・ケースでしょう。いずれにしてもオーストラリアなどとパートナーシップを組むことで懸念を薄められると思う」。

ナイ教授との対話を続けよう。