5Gの本領を発揮する、切り札として注目されている「Massive MIMO」ですが実際のところ、どの程度の実力を備えているのでしょうか。2024年10月20日に「菊花賞」が実施された京都競馬場における、NTTドコモのネットワーク対策から確認してみましょう。→過去の「次世代移動通信システム『5G』とは」の回はこちらを参照。

従来のアンテナと比べおよそ2倍の通信性能向上に

かねて国内では導入があまり進んでおらず、5Gの通信品質が向上しない要因として指摘がなされていたMassive MIMO。

Massive MIMOは本連載でも何度か触れてきましたが、改めて説明しますと多数のアンテナ素子を備えたアンテナを用い、ビームフォーミングなどの技術を組み合わせることで、同時に通信できる端末の数を増やし通信容量を増やす技術になります。

従来そのMassive MIMOはアンテナのサイズが非常に大きく、地震が多い日本での設置は難しいとされてきました。ですが通信機器ベンダーの側も、より小型のMassive MIMO対応アンテナの開発を進めてきたことから、国内でも徐々に導入が増えているようです。

しかし実際のところ、Massive MIMOを導入することでどの程度の効果が得られるのか? という点はあまり知られていません。そこでMassive MIMOの具体的な導入事例として今回取材したのが、NTTドコモの京都競馬場におけるネットワーク対策の事例です。

京都競馬場では毎年いくつかの大きなレースが実施されており、その1つに挙げられるのが「菊花賞」です。2024年の菊花賞は10月20日に実施され、非常に多くの人が訪れました。

京都競馬場は2023年に改装を完了して新しくなっており、それに合わせてネットワークも構築し直しているそうですが、それでも入場から写真撮影、馬券の購入など非常に多くのシーンでスマートフォンが使われていることから、トラフィックは増加傾向にあるといいます。

実際、2024年に京都競馬場で実施された、春の天皇賞ではおよそ6万人が訪れ、トラフィックが厳しい水準に迫りつつあったとのこと。そこで、同規模の来場者が見込める菊花賞に向けては対策が必要と判断し、今回の対策に至ったようです。

  • 次世代移動通信システム「5G」とは 第133回

    NTTドコモがネットワーク対策を実施した京都競馬場。取材したのは菊花賞開催前日の2024年10月19日で人はまだ多くなかったが、菊花賞の開催時には非常に多くの人が会場を訪れたようだ

それゆえ今回の対策に向けてはいくつかの技術を活用しており、その1つとなるのがMassive MIMOです。NTTドコモは今回、5Gに対応した移動基地局車を2台配置しており、そのうち1台は従来のアンテナを用いて入口などをカバーしています。

  • 次世代移動通信システム「5G」とは 第133回

    こちらは従来のアンテナを搭載した5G対応移動基地局車。主に入り口などをカバーしている

もう1台の移動基地局車はゴール前、そして人が多く訪れ、写真を撮影するなどスマートフォンの利用が集中しやすいパドックをカバーするため、Massive MIMO対応のアンテナを導入しているとのことです。

  • 次世代移動通信システム「5G」とは 第133回

    Massive MIMO対応アンテナを搭載した移動基地局車。スマートフォンの利用が多いパドックなどに向けておよそ20mの高さにアンテナを上げている

ただアンテナの性能をフルに発揮するには、見通しのいい場所に設置する必要があります。そこで今回は移動基地局車とは別にクレーンを用意。そちらにアンテナを載せて20mくらいの高さまで上げることにより、パドックなどを全面的にカバーできる環境を整えています。

  • 次世代移動通信システム「5G」とは 第133回

    ゴール前付近から先のアンテナを確認したところ。中央にあるのが後述するマルチビームアンテナで、その左右にあるのがMassive MIMO対応アンテナ。さらにその左右には通常の5G用アンテナが備わっている

実は、NTTドコモの関西支社でMassive MIMO対応のアンテナを活用するのは今回が初ではなく、すでに夏の花火大会で導入した実績があるとのこと。

そこで気になるのが、従来のアンテナとMassive MIMO対応のアンテナとでどの程度性能に違いが出るのか?という所ですが、同社がフィールドでの実測などをした結果では、およそ2倍の差があるとのことです。

そうであれば、すべてMassive MIMO対応のアンテナを用いれば性能が上がるのでは?と思うところですが、そもそも関西支社が保有しているMassive MIMO対応アンテナは現在、菊花賞のネットワーク対策に用いたもののみとのことでした。それゆえ今後保有する数が増えれば、より性能強化が進むのではないかと考えられます。

NSAの現状では4Gの対策も必要不可欠

また、昨今の環境を考慮すると、5Gだけ対策をしてもトラフィックを完全に吸収することはできないとのこと。まだ4Gから5Gへ移行する過渡期であり、およそ半数は4Gのみに対応したスマートフォンを使っているといいます。

さらに、現在の5Gは4Gのネットワーク環境に5Gの基地局を設置して高速大容量通信を実現するノンスタンドアローン(NSA)運用が主で、5Gのみの危機で構成されたスタンドアローン(SA)運用への移行がほとんど進んでいません。

そしてNSA運用の環境下では、一度4Gのネットワークに接続してから5Gの基地局に接続するため、5G対応スマートフォンでもまず4Gに接続することが求められるのです。こうしたことから、現状では4Gのトラフィック対策が必要不可欠であり、NTTドコモも今回の菊花賞に向けてはMassive MIMOだけでなく、4G向けの対策として「マルチビームアンテナ」を導入しています。

これは1方向当たり10~15度の角度に集中して電波を射出することでトラフィックを分散する仕組みを備えたアンテナ。香川県で2024年8月に実施された音楽イベント「MONSTER baSH 2024」でも使われていました。

  • 次世代移動通信システム「5G」とは 第133回

    今回の菊花賞における移動基地局車の配置図。パドックに向けてはMMU(Massive MIMO Unit)に加え、マルチビームアンテナを同時に活用して4G向けの対策も強化している

そして、Massive MIMOとマルチビームアンテナの組み合わせによるネットワーク対策は、関西では初めて実施されたとのこと。それだけ大規模な対策が実施されたといえますが、人が多く集まるイベントに向けては現状、4Gの対策も重要であることを示しているともいえそうです。

とはいえ今後、スマートフォンの買い替えが進み5Gの利用が増えるに従って、1つのアンテナで容量対策につながるMassive MIMOの重要性は高まることが予想されます。国内でも導入されるシーンが増えていくことになるのではないでしょうか。