ソフトバンクと西日本旅客鉄道(JR西日本)は、滋賀県野洲市で実施していた自動運転と隊列走行技術を用いたBRT(Bus Rapid Transit)の実証実験を2023年7月に完了し、2023年11月から広島県東広島市で公道での実証実験を実施することを発表しました。→過去の「次世代移動通信システム『5G』とは」の回はこちらを参照。
その隊列走行を実現する上で車両間の通信には5Gが用いられているのですが、同時に他にもミリ波による車車間通信や、光無線通信など複数の通信が用いられているようです。なぜ5G以外の通信手段が用いられているのでしょうか。
専用コースから公道での実証へ、5Gも商用設備を活用
5Gのビジネス活用用途の1つとしてアピールされていたものの1つに自動運転があり、これまでにもさまざまな実証実験に向けた取り組みが実施されてきましたが、実用化に近い取り組みの1つとなるのが、JR西日本とソフトバンクが実施している「自動運転・隊列走行BRT」開発プロジェクトです。
これは街づくりと連携した持続可能な地域交通としての次世代モビリティサービスの実現に向け、2020年3月から進められている取り組み。ここ最近地方の鉄道からの置き換えとして注目されている、専用道路を走るバスを活用した輸送システム「BRT」の自動運転を実用化するための取り組みとなります。
最大の特徴は、通常の自動運転BRTと異なり単体の車両だけで走行するのではなく、複数の車両が隊列をなして自動走行させることで輸送量に応じた柔軟な構成ができる仕組みだということ。
両社が2021年10月から進めている進めている実証実験では、連接バス、大型バス、小型バスの3種類の自動運転車両を隊列で走行させ、車両やシステムなどに関する技術実証を進めてきました。
その実証実験は滋賀県野洲市で2023年7月まで進められ、得られた成果をもとに具体的な社会実装を進めるべく、今度は広島県東広島市での公道による実証実験を2023年11月より実施します。
なぜ東広島市なのかといいますと、同市がBRT用の専用バスレーンを整備する計画を持っていたことが挙げられます。専用道を使うBRTを事業化するには道路の整備が欠かせないことから、インフラ整備に前向きな東広島市が選ばれました。
その隊列走行を実現する上で、重要な存在の1つとなるのが無線通信です。隊列走行をするには後続の車両が先頭の車両に合わせて車間距離を保ちながら走行・停止などをする必要があり、その制御を自動でするには周囲を監視するためにカメラからの映像を伝送する大容量の通信と、車の急な動きを反映できる低遅延の通信が同時に求められることとなります。
そこで一連の実証実験においては、高速大容量かつ低遅延の通信を実現できる、スタンドアローン(SA)運用の5Gが用いられているとのこと。広範囲を移動するBRTの特性に合わせ、使用するのは700MHz帯と1.7GHz帯といった低い周波数帯を用いているそうで、端末も自社開発して遅延や通信速度の改善を図っているそうです。
ちなみに野洲市での実証実験では試験用の基地局を用いエリアを限定したソフトバンクの「プライベート5G」が用いられていますが、東広島市での実証には商用の5G基地局を用いて通信するとのことでした。
社会受容性を高めるには冗長化が必須に
しかし、一連の実証実験で隊列走行を実現する上では、5G以外にも複数の通信手段が用いられています。その1つは車同士が直接通信する車車間通信で、今回の実証実験ではミリ波を活用した仕組みが用いられています。
ただ、こちらは近い距離を走行する車同士の通信となるため、離れた基地局と通信する5Gと比べると路面からの反射波による電波干渉が発生しやすいことが問題になっていたとのこと。
そこでソフトバンクでは過去のトラック隊列走行の知見を生かし、複数のアンテナを用いて電波の受信レベルを安定させる「アンテナダイバーシティ技術」を取り入れてその課題を克服し、車車間通信での安定した通信を実現。
ですが車車間通信にはもう1つ、「光無線通信」も活用がなされています。光無線通信はミリ波より大容量かつ、5Gの5分の1程度という一層の低遅延を実現可能で、しかも電波による無線通信と違い干渉の影響を受けにくいといったメリットがあります。
しかし、光は直進性が強く、向きが少しでもずれると通信ができなくなるといった弱点も抱えています。ですがこちらもソフトバンクが開発した、移動体同士の双方向トラッキング技術を活用することで、課題を解消し車車間通信に活用できるようになったとのことです。
とはいえ自動運転での隊列走行を実現する上で、なぜ5Gだけでなく3つもの通信手段が必要なのでしょうか。その最大の理由は同プロジェクトが「社会受容性」に非常に重きを置いているが故のようです。
自動運転に関する技術はすでにかなりのレベルまで確立されていますが、それを公共交通に導入した場合、無人の車両が自動で走る状況を周辺住民らが理解し、安心して利用するかは未知数です。
IT技術を活用した新たな取り組みは元々社会受容性が高いとは言えず、いくつかのトラブルでマイナンバーカードが大きな批判を受けたように、取り組みを誤ればたちまち大きな批判にさらされ活用がなされない事態にもなりかねません。
それゆえこのプロジェクトを実現する上では、BRTを走行させる地域の周辺住民らに受け入れてもらうことに非常に重点を置いている様子です。
実際通信だけでなく自動運転に欠かせないもう1つの要素である車両の位置測位に関しても、衛星や独自の基準点など活用し、誤差数センチでの測位ができるソフトバンク独自の「ichimill」だけでなく、道路に磁気マーカーも設置。その両方を用いて測位をすることで冗長化を図る方針です。
日本では少子高齢化による沿線住民の減少や、それに伴う労働者不足で既存の公共交通が維持できないという深刻な事態が起きつつありますが、その一方で新しいモビリティに対する社会受容性は非常に弱く、安心・安全を強く求めるがあまり、ライドシェアや電動キックボードなどのように海外ではすでに普及が進んでいるモビリまティやサービスが、長きにわたって受け入れられないといった問題も同時に抱えています。
それだけに、たとえ専用道路を用いるBRTであっても、社会受容性に重点を置き冗長性に重点を置くJR西日本とソフトバンクの方針は、日本においては正しい判断なのかもしれません。
ですがその結果として導入コストが高くなってしまえば、自動運転が必要とされているのにコスト的理由で導入が進まないといった事態も起きかねないだけに、安全とコストのバランスをいかに取るかも同時に求められることとなりそうです。