「花火大会のない夏」なんて想像できないことかと思いますが、米国では伝統的に行われてきた花火大会をとり止め、ドローンショーやレーザーショーに切り替える自治体が増えています。そうした変化は、花火大会のスポンサーシップの価値にもあらわれています。→過去の「テックトピア:米国のテクノロジー業界の舞台裏」の回はこちらを参照。
花火大会の代わりにドローンショーへ
夏の夜空を彩る花火。日本とは感じ方の違いはありますが、米国でも家族で楽しむことができる非常に盛り上がるイベントです。
ところがここ数年、米国の花火大会に異変が起きています。環境への影響や安全性を理由に、花火大会を中止し、代わりにドローンショーやレーザーショーを採用する自治体が増えているのです。レジ袋やプラスチックストローの削減が始まった頃のような環境論争が、今度は花火を巡って広がっています。
東京五輪・パラリンピック前に、暑さ対策として日本でもサマータイム(夏時間)の導入が検討されたことがありました。サマータイム制を採用している米国で暮らしている私は、日没までの時間を有効に使える夏時間を気に入っています。
ただし、唯一不満は夏の花火大会が遅くなること。サマータイムだと、サンフランシスコの夏至の日没時間は午後8時35分。もっと北にあるシアトルだと同9時11分です。花火大会の開始は空が完全に暗くなるのを待つため、それらの地域では午後9時半から10時に開始というのが珍しくありません。そうなると、帰宅が翌日になってしまうこともあります。
そんな深夜におよぶイベントであるにも関わらず、独立記念日(7月4日)は米国中で花火大会が行われ、様々な祝祭イベントで行われる花火大会にも多くの人が集まります。日本人に負けず劣らず、米国人も花火が大好きなのです。
花火大会が中止の理由「山火事の増加」
それなのに花火大会を止める自治体が増えている理由は、近年の山火事の増加と、新型コロナ禍で人が集まるイベントが2〜3年にわたって中止になった影響です。
気候変動と温暖化で夏の熱波や干ばつがひどくなり、乾燥した気候の米西部で山火事が起きやすくなっています。下の図は8月2日時点の山火事の発生状況です。
2024年はこれまで2万9000件近い山火事が発生し、すでに450万エーカー(長野県の約1.3倍の広さ)以上が焼失しています(NOAA NCEI)。出火原因は、キャンプやタバコの火の不始末、放火など人為的なものが多く、花火もその1つとなっています。
その被害を加速させたのがコロナ禍です。花火大会が中止になった期間に、個人・家庭の花火が増加しました。日本で家庭の花火は子供の遊びの範疇ですが、米国では大人の遊びでもあり、州によってロケットのような巨大な花火が売られています。
それらは大きな危険を伴います。2022年には、花火によって3万1000件以上の火災が発生し、6人が死亡、44人が負傷したというデータ(全米防火協会)もあります。
そのような背景から、多くの地域で個人による花火が禁止または制限が強化され、プロが安全に打ち上げ、地域の消防署と連携した消防対策が行なわれる花火大会に対しても警戒感が強まりました。
ワイナリーで有名なナパ、自然に囲まれたコロラド州ボルダー、グランドキャニオンに近いアリゾナ州フラッグスタッフなど、花火大会の代わりに、または花火の規模を縮小して、ドローンショーやレーザーショーを行う都市が増えています。
有害金属を除いた新しい花火の開発も
花火大会の中止は地域住民にとって大きな変化です。そのため、自治体は丁寧な説明を心がけています。花火大会中止はニュース性も高く、その結果、これまであまり知られていなかった花火の環境への影響に関する研究やデータが注目を集めるようになり、花火の持続可能性に関する議論が広がり始めました。
例えば、2015年にAtmospheric Environment誌に掲載された研究は、独立記念日(7月4日)の花火により、4日夜から翌日に大気中に42%多くの汚染物質が放出され、それには発育に影響する過塩素酸塩が含まれていると報告しています。
また、オーストラリア、カーティン大学のビル・ベイトマン准教授は「Pacific Conservation Biology」に2023年1月に発表した論文で、花火の突然の光と音が、野生の鳥がねぐらや営巣地から逃げ出す原因となり、他の動物の繁殖にも影響を及ぶ可能性があるとしています。
ドローンショーのコストの目安は小規模なショーで1万5000ドル、花火大会のような規模になると3万ドル以上になり、花火に比べるとコストがかかります。ただし、消防対策、機材運搬の規模の違いなど付帯費用は少ないため、イベントによっては総支出が同程度になるそうです。
そして、打ち上げたら終わりの花火と異なり、ドローンは何度も使用できます。ドローンショー市場の拡大とともに、コストを削減できる余地はまだ多く残されています。
しかし、ドローンが花火の代替になるかというと、大気汚染は少なくとも、ドローンショーによる光害や野生動物の生息環境への影響も指摘されています。また、伝統的な花火の迫力を求めている人も多く、テキサス州ガルベストンのように環境上の理由から2022年に独立記念日の花火をドローンに切り替えたものの、住民の要望で翌年に花火大会に戻した地域もあります。
結局のところ、花火大会を続けるか、新しい形のショーに移行するかは、それぞれの地域社会の判断に委ねられます。そして、変化を積極的に受け入れるコミュニティがあれば、伝統を重んじるコミュニティがあるなど、コミュニティの価値観はさまざまです。
例えば、同じ車でも、エンジン音を楽しめるICE(内燃機関)車とスマートフォンのような利点を持った電気自動車(EV)では魅力が異なります。そして、すでに無人の自動運転タクシーが走っているサンフランシスコのような街があれば、デトロイトのようにICE車ばかりが走っている都市もあります。
伝統的な花火大会はいずれクラシックカーのような存在になるかもしれません。でも、一夜にして完全に置き換わることはないでしょう。伝統的な花火か、ドローンショーか、費用は高くなりますが、煙やゴミを減量し、有害金属を除いた新しい花火の開発も進んでいます。
環境意識の高まりにより、スポンサー企業の判断も難しくなりました。新しい形のイベントは、単なる広告ではなく、環境配慮型のイノベーションやSDGsへの貢献をアピールしたり、またはデジタル技術のショーケースの場にもなり得ます。
ただ、コミュニティのニーズと違うと広告効果や地域社会との結びつきも損なわれる可能性があります。環境への配慮と伝統の継承、エンターテインメントのバランスを意識しながら、それぞれのコミュニティに最適な選択をサポートしなければなりません。