新しい製品やサービスが集まる「Product Hunt」で、8月18日に「Stormy」というサービスが「Product of the Day」を獲得しました。「テックトピア:米国のテクノロジー業界の舞台裏」の過去回はこちらを参照。
Product Huntでは、その日にローンチ(公開)された数多くの新製品が、コミュニティ内での投票(アップボート)やコメントによって順位を競います。ここで注目を勝ち取れば大きな成長につながる、厳しい競争で挑戦者をふるいにかける「スタートアップの虎の穴」です。
「Product Hunt」で持続的な注目を維持し続けた「Stormy」とは
Stormyは立ち上がりからアップボートが急速に伸び、その後も右肩上がりで着実に増加しました。多くの製品は一時的な上昇の後に失速してしまいますが、Stormyは中盤からコメント数(話題化・議論の波)が大きく増え、持続的な注目を維持し続けました。これは、単なる一過性の注目ではなく、ユーザーからの実質的な関心と期待の高さを反映した結果といえます。
Stormyはインフルエンサーマーケティング向けのAIエージェントです。キャンペーンに最適なインフルエンサーの選定から連絡、交渉、契約までを自動化することを目的としています。
そのワークフローは大きく3つのフェーズに分かれています。
1. 発見(Discovery)
ユーザーがキャンペーンの概要と予算を入力すると、StormyがYouTube、TikTok、LinkedIn、ニュースレターなどの公開データを検索して最適なクリエイターを特定し、フィット度をスコアリングします。Stormy AIは、理想的なインフルエンサーを高精度で特定できると謳っています。
2. アウトリーチ(Outreach)
AIは、スパム的ではない「ブランドに合った、カスタマイズされたメッセージ案」を作成します。その後、これらのメッセージをDMやメールで送信し、自動化された「スマートなフォローアップ」も行います。
3. 交渉と契約締結(Negotiation & Closing)
AIエージェントは受信した返信を追跡し、契約締結に向けた交渉プロセスを支援・管理します。
競争の場を平準化する可能性を秘めている
Stormyが誕生した背景には、創業者であるロバート・ルコシュコ氏が以前の製品で味わった「プロダクトを世に広めることの難しさ」という個人的な経験があります。
同サービスが解決しようとしているのは、現在のインフルエンサーマーケティングが依然として「スプレッドシートと一斉送信」に依存しており、そのプロセスが「遅く、非効率で、勘に頼っている」という問題です。この手作業のアプローチでは「スケールさせるのが難しい」と指摘しています。
-

「ニューヨーク在住」で「学生生活や教育の体験に関するコンテンツを持つ」「フォロワー数が1万~5万人のTikToker」という条件でインフルエンサー探しを依頼、結果を確認して数人を選び、簡単なプロセスでアウトリーチまで完了できます
大規模なインフルエンサーへのアウトリーチは労働集約的であり、中小企業が大企業と競争する能力を制限してきました。
Stormyが主張するように、プロセスの中で最も時間のかかる部分を自動化することで、小規模なチーム、あるいは個人でも、以前は専門チームや代理店でしか達成できなかった規模のキャンペーンを管理できるようになるかもしれません。これは、競争の場を平準化する可能性を秘めています。
一方で、インフルエンサーとの人間関係の構築や、ブランドの世界観に合った微妙なニュアンスの伝達など、AIでは代替しきれない部分も多いでしょう。自動化によって、本来得られるはずだったマーケティング機会を失ったり、意図しないリスクを負ったりする可能性も考えられます。
インフルエンサーマーケティングは、効果的に展開できれば「推し」や「口コミ」のように自然に情報が広がり、信頼と共感によってブランドや商品が消費者に受け入れられます。
しかし、露骨に広告的であったり、ブランドとインフルエンサーの間にミスマッチがあったりすると「自分ごと」として捉えてもらえず、いいね・シェア・購買といった行動につながらないばかりか、炎上によるブランドイメージの低下を招くリスクすらあります。そうした機微を、AIエージェントはどこまで汲み取れるのでしょうか。
マーケティング産業におけるAIへの関心の高さは、Stormyに強い追い風となっていますが、まだ始まったばかりで、その主張や有効性を裏付ける導入実績のデータはありません。そのため、時間の節約やコスト効率への期待、信頼性への懸念、自動化と人間味のジレンマ、AIへの過度の依存がもたらすリスクなど、さまざまな議論が巻き起こっているのです。
Stormyをめぐる議論は、単に一つのサービスの評価にとどまらない
AIエージェントが実務を担うようになると、人間のマーケティング担当者の役割は根本的に変わるでしょう。
肯定的に見れば、人間はキャンペーンの全体戦略、クリエイティブな方向性の決定、AIには難しいインフルエンサーとの深い関係構築といった、より高度で創造的なタスクに専念できるようになります。AIを使いこなす「戦略家」や「オーケストレーター」としての価値が高まると期待されています。
しかしその反面、AIの判断プロセスがブラックボックス化し、人間はAIが提案した選択肢を承認するだけの「監視役」に追いやられる可能性も否定できません。AIの提案に異議を唱えるために必要な深い洞察や経験を積む機会が失われ、長期的にはマーケティング担当者のスキル低下につながるという指摘もあります。
Stormyをめぐる議論は、単に一つのサービスの評価にとどまりません。AIがマーケティングという創造的で人間的な領域にどこまで踏み込めるのか、そして踏み込むべきなのかという、より根源的な問いを私たちに突きつけているのです。
こうした議論はマーケティングに限らず、例えば企業の採用面接へのAI導入など、他の領域にも同じように波紋を広げています。Stormyは、人間とAIが協働する未来の行方を探る試金石の一つとして注目を集めているのです。
