米国発の新スポーツ「ピックルボール」が、いよいよ本格的に日本に上陸します。屋内ピックルボールフランチャイズである「The Picklr」が、日本ピックルボールホールディングス(NPBH)とのマスターフランチャイズ契約を通じて日本での展開を開始します。今後5年間で20施設をオープンさせる計画です。「テックトピア:米国のテクノロジー業界の舞台裏」の過去回はこちらを参照。
ピックルボールとは?
ピックルボールというスポーツを、皆さんはご存知でしょうか。耳慣れない方もいらっしゃるかもしれませんが、米国では過去3年間で最も競技人口が増加しているスポーツです。その成長ぶりは脅威的で、1970年代のランニングブームや、テレビ中継の普及に伴うテニスブーム以来となる爆発的な広がりを見せています。
スポーツ&フィットネス産業協会の最新レポートによると、米国におけるピックルボールの競技人口は2021年からの3年間で311%増加し、2024年には1980万人を突破。これは米国で人口第4位のニューヨーク州(約1950万人)に匹敵する規模です。
ピックルボールとは、テニス・バドミントン・卓球の要素を組み合わせたラケットスポーツ。特徴は、何といってもその“始めやすさ”にあります。ルールは非常にシンプルで、使用するラケット(パドル)は軽く、ボールは穴の空いたプラスチック製でスピードも出にくいため、初めて触れる人でも10~20分でラリーが続けられるようになります。老若男女、小さな子どもとも一緒にプレーできるユニバーサルな競技性が大きな魅力です。
また、テニスコート①面のスペースにピックルボールのコートは最大4面作れるほどコンパクト。都市部でも導入しやすく、屋内外を問わず様々な施設で展開が可能な点も、大きな強みとなっています。
2024 USA Pickleballレポートによると、2024年末時点でコートデータベースに登録されている米国のピックルボール・コートは1万5910面。2024年だけで4000面が新規登録されました。公園やジム、スポーツクラブ、ショッピングモールの空きスペースなど、さまざまな場所にピックルボールコートが作られています。
しかし、ピックルボールは単なるカジュアルなレジャースポーツにとどまりません。本気でプレイすれば機能的動作、敏捷性、体幹、そしてパワーも求められるタフな競技へと変貌します。
すでに、米国ではプロリーグ「メジャーリーグピックルボール(MLP)」が誕生しており、NBA選手のレブロン・ジェームズやドレイモンド・グリーンといった著名アスリートがその投資グループに参加するなど、プロスポーツとしての地位も確立されつつあります。
実際にプレーしてみると、その気軽さと奥深さのギャップにはまってしまいます。「誰とでも、すぐに」楽しめる一方で、戦略性や技術も求められるため、このブームはまさに「さもありなん」と納得させられます。
「誰でもスターになれる」市場構造の形成
では、日本でも同様にピックスボーラーが増えるでしょうか。その予測には、米国におけるブームの核心にある要因を深く理解する必要があります。
ピックルボールは、一見すると新しいスポーツのように思われがちですが、実はすでに半世紀の歴史を持ちます。1965年にワシントン州で3人の父親によって考案され、1990年代までには全米に広まったものの、数年前まで参加率が2%を下回るような、まさに「マイナースポーツの典型」であり続けました。ちなみに米国のスポーツ参加率は、主要なチームスポーツ(バスケットボール、サッカーなど)で5%~15%、人気のある個人スポーツ(テニス、ゴルフ)で3%~8%程度です。
それがなぜ突然、急成長を遂げたのか。そのターニングポイントは、USA Pickleballが2020年に開始した全面的なブランド刷新にあります。
彼らはまず、ピックルボールが持つ「参入障壁の低さ」という最大の強みを活かし、競技人口を増やすためのコンテンツ戦略を展開しました。そのメッセージは「テニスと卓球の中間で、すぐ楽しめる」という非常に簡潔で分かりやすいものでした。
従来の人気スポーツは「トッププロ」が一般の競技者の憧れの存在となり、そのパフォーマンスが競技の人気を高めるのが常でした。しかし、ピックルボールの場合、他スポーツと比較してトップ層との物理的・技術的なハードルが低く、新規プレイヤーでも短期間で「映える」プレーができるようになります。
この特性がYouTube ShortsやTikTok、Instagram Reelsといった「短尺映像で魅せる文化」と見事にマッチしました。結果として、プロ選手だけでなく、一般の人々が投稿するプレー動画が強力な拡散エンジンとして機能したのです。これにより「誰でもスターになれる」という、従来のスポーツにはなかった市場構造が形成されました。
この戦略に呼応するように、Holbrook、CORE、CRBN、Paddletekといった関連製品メーカーは、スポーツ産業において伝統的なプロへの高額なスポンサー契約型ではなく「コミュニティアンバサダー」に報酬と割引を提供するという「ロングテール型支援」を展開しました。
これにより、数多くの「マイクロインフルエンサー」が育成され、草の根プレーヤーの情熱と拡散力を実際の消費行動に結びつけることに成功したのです。例えば、Holbrookでは、アンバサダープログラムの導入により1年で紹介による注文が87%増加し、アフィリエイト収益が86%増加したと報告されています。これは、消費者自身が製品の価値を伝え、コミュニティ全体で盛り上げる新しいマーケティング手法の成功例と言えるでしょう。
さらに、ピックルボールは「競技」という側面以上に「社交・余暇・ファッション」としての側面を強く打ち出しています。例えば「Post-Game Beer(試合後のビール)」や「Pickle + Brunch(ピックルボールとブランチ)」といった文脈を活用するなど、ソーシャル性を意図的に前面に出しています。
アパレルやグッズも「競技用」というよりも「ライフスタイル志向」に重点を置いてデザインされています。これは、単なる道具の販売ではなく、ピックルボールを通じて得られる「文化」や「自己表現」の一部として商品が流通するよう、マーケティングが感情価値にまで踏み込んでいることを示しています。
この戦略はモンベル、スノーピーク、コールマンといったアウトドアギアブランドが「ライフスタイル」そのものを提案することでキャンプブームを巻き起こしたのと似ています。ピックルボールは、単純にスポーツとして面白いだけでなく「意味」「体験」「つながり」を求める現代の消費者のニーズにフィットする「新たなライフスタイル」を提供したことが、米国での爆発的なブームの原動力となっているのです。
人口構成の高齢化や都市部の土地不足、スポーツ参加率の低下など、日本には米国とは異なる社会背景があります。しかし、だからこそ「誰でもすぐできる」「場所を取らない」「一緒に楽しめる」ピックルボールの特性は、むしろ日本社会にフィットする可能性があるとも言えます。
日本での展開がどのようなものになるかはまだ分かりませんが、この米国での成功事例に見られるような、単なる競技ではなく、スポーツを通じた感情的な盛り上がり、そして「新しいライフスタイル」としてのピックルボールの価値が、日本にもしっかりと伝わり、根付いていくことを個人的には期待しています。