組織戦略をタイムリーに実現するには人や環境を確保する必要があり、それには適切なタイミングで投資する仕組みが必要となります。今回は、SAFeにおけるリーンな予算管理の仕組みについてご紹介していきます。
今回解決する課題
今回解決する課題は、次の4つです。
- A-1:優先度の高いビジネスアイデアがあっても、開発の着手までに時間がかかる
- A-3:経営層/ビジネス層が戦略を変更しても、現場まですぐに浸透させられず、組織内に混乱が生じる
- B-3:先行する競合他社の成功事例に、すぐに追随できていない
- C-4:親会社の方針変更に追随して、自社の組織方針を軌道修正することができていない
つまり、顧客ニーズや競合など市場変化を常にキャッチアップして新しい組織戦略を立てたとしても、それを市場へ反映するまでのプロセスタイムが長く、期待通りの効果が得られないということです。以降では、「戦略変更から開発着手までのタイムラグ」と「開発着手からサービスローンチまでのタイムラグ」の2つに分けて、原因と対策を見ていきます。
戦略変更から開発着手までのタイムラグ
戦略変更をしてもすぐに開発着手できない原因として、以下のようなことが考えられます。
- 予算計画が年度ごと
- 予算計画がプロジェクトごと
- 予算承認のための社内稟議に時間がかかる
1. 予算計画が年度ごと
予算計画を年度の初めにまとめて実施してはいないでしょうか。それ自体が問題というわけではありませんが、予算承認における前提として投資対象や使い道を固定していると、戦略を変更するたびに再承認のプロセスが必要となり、組織の動きが鈍くなります。そもそも、変化の激しい今の時代に今後1年間の動向を予想することは困難です。ニーズが変わる前提で、必要なときに方向転換し、予算の使い道も柔軟に変更できる仕組みが必要です。
また、前年度の実績を次年度の計画の参考とするようなケースでは、暗黙的に「予算を使い切る」という考え方も存在します。人間の心理として「余ったので返還します」とはなかなかなりませんし、返還ルートすらない組織もあるでしょう。しかし、全体最適の視点で見れば有効でないことは明らかです。組織としては、投資対象の壁を越えて、余った予算を最も費用対効果のある箇所に再分配することが求められます。
2. 予算計画がプロジェクトごと
通常ウォーターフォールモデルでは、スコープと期間を固定する「プロジェクト」の単位で投資を考えます。つまり、成功を前提とし、1度作って市場投入するまでの費用対効果で予算を決めているのです。しかし、このやり方は、変化の激しいB2Cのプロダクトにおいてはユーザーの要求が常に変更されるリスクがあるので、適切ではありません。一方、B2Bのプロダクトでは各企業に合わせたカスタマイズが必要になり、全てを完成させるまでに時間がかかるので、市場の変化に追いつけないことが予想されます。
どちらにせよ、昨今では少しずつ作ってユーザーや市場の反応を確認し、方向転換を繰り返しながらサービスを改良していくアプローチが有効です。継続的な時間軸を持つ「プロダクト」の視点で、常にスコープが変化することを受入れ、ダメだと分かったらすぐに中止できる仕組みが必要になります。
3. 予算承認のための社内稟議に時間がかかる
予算承認のプロセスはどうでしょうか。組織の規模が大きくなると、多忙かつ全てを把握しきれない承認者が正しく判断できるようにするため、現場マネジャーが大量の資料を作成し、いくつもの意見照会を経て予算が承認されるケースも少なくありません。このようなケースでは、資料作りや関係者の予定確保にかける時間が競合に遅れをとる要因であるとわかっていても、組織運営上のリスク回避のために省略することはできないと考えがちです。
しかし、全てを把握しきれない承認者が提示された資料だけを基に短時間で判断することが本当にリスク回避になるのでしょうか。失敗プロジェクトを振り返ると、初期の段階で現場メンバーは失敗を予感していたにも関わらず、開発が継続されたという話も聞こえてきます。SAFeでは、SAFeの原則「#9 Decentralize decision-making」で示すように、権限の委譲により意思決定を早めるためのプラクティスを用意しています。
開発着手からサービスローンチまでのタイムラグ
課題A-3の例のように、戦略変更に追従して予算確保できたとしても、現場がすぐに実行できないのは、企画/承認者と実行者が分離しており、共通認識を得られていないことが原因と考えられます。
現場に”予算が落ちてくる”とき、企画者はビジネス戦略を交えて目的やゴールを正しく伝えているでしょうか? 現場は、それらを理解した上で最適な実現方法を検討/実行できているでしょうか? ――与えられた予算の範囲で作業をこなすという発想ではなく、方針に共感し、納得した上で行動できる環境を作ることが必要です。
SAFeではトップダウンだけでなくボトムアップでも投資対象を検討プロセスに追加することを可能とし、現場メンバーを含む関係者で組織における最適な投資対象をディスカッションして決定します。それが、次に紹介する参加型の予算編成「リーン予算編成」です。
SAFeが提供するプラクティス「リーン予算編成」
SAFeでは、以下のようなリーン予算編成のアプローチを取ります。
- バリューストリームに対する資金供給の設定。プロジェクトではなく価値を出す単位であるバリューストリーム(ソリューション)それぞれ抽出し投資額を設定します。
- 「ホライゾンモデル」による各ソリューションの投資モデルの可視化をします。SAFe には投資モデルを可視化した独自のホライゾンモデルがあります。それにのっとって各ソリューションをマッピングし、ソリューションを可視化します。ホライゾンモデルは、「Horizon 3:評価」「Horizon 2:新興」「Horizon 1:投資と抽出」「Horizon 0: 引退のレベル」で示されます。
SAFeの投資のホライズンモデル/出典:https://www.scaledagileframework.com/lean-budgets/ |
- 参加型バジェットを適用します。
参加型予算編成のイメージ/出典:https://www.scaledagileframework.com/lean-budgets/ |
- 予算管理責任者とプロダクトに熟知した現場メンバーによる参加型の予算編成
- 戦略テーマに紐付いた実行計画に対して投資する仕組み(Portfolio vision、Portfolio kanban)
- 「プロジェクト」ではなく、「プロダクト(正確にはバリューストリーム)」に対する投資
- 開発チームが実行するタイムボックス(PI)に合わせた予算計画と見直し
- 最小限のドキュメント(Lean business case)準備
- 効果的に投資するための観点と体制(SAFe Lean budget guardrails)
- SAFe Lean Startup Cycleを用いた効果検証と撤退判断
SAFe Lean budget guardrails/出典:https://www.scaledagileframework.com/guardrails/ |
SAFe Lean Startup CycleにおけるEpicの動き/出典:https://www.scaledagileframework.com/epic/ |
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今回は、効果的な投資を実現するにあたり、伝統的な組織が直面しがちな課題の深堀りと、それを解決するSAFeのアプローチをお伝えしました。リーン予算編成を実施するには、プロセスだけでなく全員の考え方や文化を変える必要があり、日本ではまだあまり実績がありません。本連載では、これらの要素を少しずつ適用し、ステークホルダーを巻き込みながら組織のアジリティを向上させる方法を今後も探っていきます。