国を挙げて働き方改革が進むなか、仕事と生活との両立を図るワーク・ライフ・バランスの重要性が叫ばれている。しかし、働き方改革に向けた企業の取り組みの多くは、有給休暇取得の促進や労働時間の削減に重きを置いたもので、働きたい意欲の強い人にとっては足枷となってしまっているケースも多い。
こうした状況に対し、ワーク・ライフ・バランスの「バランス」を決めるうえで何を優先するかという視点が重要であるという立場をとっている企業が、OKANだ。
同社は、バランスの優先度を決定づけるのは「ワーク・ライフ・バリュー」、すなわち仕事と生活に関わる個人の価値観であるという考えのもと、「働く人のライフスタイルを豊かにする」というミッションの実現に向けて、法人向け社食サービス「オフィスおかん」や、組織改善ツール「ハイジ」を提供する。
今回は、同社設立の経緯や社名変更を含むリブランディングを実施した理由、同社が重要視するミッションファーストな考え方について、OKAN 代表取締役CEO 沢木 恵太氏にお話を伺った。
<ミッション>
働く人のライフスタイルを豊かにする
<think おかんの考え>
働く上で、大切なものは人それぞれだから。「ワーク・ライフ・バリュー」
「働きたいのに働けない」という経験をきっかけに起業を決意
OKAN設立の背景には、長時間労働により体調を崩してしまったという沢木氏の原体験がある。
当時の沢木氏は、仕事内容が充実。勤めていた会社への愛着心もあり、極めて前向きに長時間労働を課していたという。しかし、仕事中心の生活でまともな食事をとる機会が減り、結果的に体調を崩してしまった。
「このまま働き続けられないのではと思えるような状態になってしまったことに、自分でも驚きました。帰属意識の高い社員が離職をしなければならないのは、本人にとっても企業にとっても望ましくないことです。こうしたケースはきっと自分以外にも発生しているんだろうと感じました」(沢木氏)
一方で、社会の状況に目を向けてみると、労働力人口が減少し、有効求人倍率が年々上昇するなか、人手不足による収益悪化で倒産する企業も増えてきている。従業員が望まない離職をしなければならないのは、本人や企業だけでなく、社会にとっても大きな損失となる。
「離職を防ぐために就業環境を整備する『リテンションマネジメント』を適切な形で行っていく必要がある。社会的な課題を解決するためにアクションを起こさなければならないと感じました」と、沢木氏は会社設立時の思いを語る。
社食サービスのイメージが強いOKANだが、実のところはサービスのアイデアありきで設立された会社ではなく、「働く人のライフスタイルを豊かにする」というミッションを実現するために立ち上がったスタートアップと言える。社食サービスは、あくまでミッション達成のためのひとつのツールというわけだ。
食生活が良くなかったために体調を崩してしまった沢木氏の経験がもとになり、まず「社食」に着目したサービスを展開してきたが、2019年7月には組織改善ツール「ハイジ」をリリース。今後も、働きたい人が働き続けられるよう、リテンションマネジメントを支援するサービスを展開していく考えだ。
従業員本人が望まない離職をしてしまう理由は多種多様である。沢木氏のように、健康を損なうことで離職するパターンもあるが、育児や介護との両立の難しさなど、プライベートな出来事が理由となっている場合もある。
こうした生きていくうえで重要な要素が原因となり離職してしまうことがないようにという思いを込め、OKANはある程度の抽象度を持たせた言葉をあえてミッションとして選んでいる。
おせっかい焼きの「おかん」から概念としての「OKAN」へ
とはいえ、”社食サービスの会社”というイメージは強かった。あくまで人材の課題を解決するHR企業であることを適切にPRするため、OKANはリブランディングを行うことを決めた。
「リブランディングは最重要プロジェクトとして、2019年2月から進めてきました。私たちの思いを適切に理解してもらえるということは顧客獲得にも繋がるため、PR戦略は我々にとって非常に重要です。企業のミッションを社会に対して発信し、新しい働き方について啓発・啓蒙していくためにもリブランディングは必須でした」(沢木氏)
そして、社内外のプロジェクトメンバーによる週1回の打ち合わせを10回以上繰り返し、2019年5月にリブランディングによる会社名の変更を発表した。
変更前の会社名は、平仮名で「おかん」。働く人におせっかいを焼くという意味が込められている。
おせっかいという文化はこれまでの活動によって社内に浸透しており、チームのコアバリューとなっていた。そこで「おかん」の響きは残しつつも概念が違うことを表現し、社食サービス「オフィスおかん」との線引きを明確にするために、「OKAN」とアルファベット表記にすることとした。今後の海外展開も見据えたものとなっている。
“経典”であるミッションに反する行動はありえない
これまでPR戦略に力を入れてきたOKAN。PRという視点から、スタッフがいかに自分の言葉でミッションを語れるようになるかということを重要視しており、自分の業務とミッションの結びつきを考えるワークショップを開催するなどミッションの浸透に力を入れている。
「ミッションステートメントはいわば”経典”です。経典の内容に反する行為をすることはありえないというくらいの心構えで厳しく守っていくものだと考えています。リブランディングを経ても当社の根底は変わっていないので、リブランディングの結果もミッションとの関連性を踏まえながら社内に伝えるよう心がけました」(沢木氏)
経典という言葉でイメージしているのは新興宗教ではなく、数千年の歴史を持つ古来の宗教だ。支持者の多い経典は、教祖がいなくても自然と広まっていく。また、経典に背く行為は教祖や指導者であっても許されるものではない。
こうした背景から、OKANが人材管理で重視しているのは採用時点で行うエントリーマネジメントである。
面接はミッションステートメントを踏まえて実施。ミッションステートメントに共感してもらえなければ、どんなに優秀な人材でも採用は見送っている。
そのため、ミッションステートメントが変わってしまうと働いてもらうための前提が変わってくる。創業者でCEOの沢木氏であっても、社員の合意なく変更するようなことはありえないという。
ミッションファーストであるためには「圧倒的当事者意識」と「健全な衝突」が必要
採用活動においてはミッションへの理解を厳格に判断している。採用ページには、以下の3つの価値観が採用基準として掲げられている。
- ミッションファースト
- 圧倒的当事者意識
- 健全な衝突
沢木氏によると「この3つがあるからこそ、組織的な強みとカルチャーができている」という。なかでも、「ミッションファースト」は最重要事項だ。ミッションを大事にしていくための意識となるものがその下にある「圧倒的当事者意識」と「健全な衝突」という位置づけとなっている。
価値観がこうした構成になっていることについて沢木氏は「健全な衝突がなければ、違うなと思っても言えない状況が発生し、結果的に政治的な意思決定を生み出してしまいます。健全な衝突をするためには、自分の意見が必要です。自分の意見は、当事者意識がなければ出てきません。つまり、『圧倒的当事者意識』と『健全な衝突』が担保されていなければ、ミッションファーストは成り立たない」と説明する。
OKANにおいて、これらにそぐわない意思決定や言動は、非常に厳しく追求される。何らかの議論が行われる際も土台になるのはミッションである。
一般的な企業においては、自らの保身や損得勘定、政治的な理由によって意思決定されるケースもあるが、それらがもたらす不利益について沢木氏は、スポーツに例えてこう説明する。
「例えば『ラグビーのワールドカップで優勝する』というミッションがあるなかで、自分自身の知名度を上げようとか、プロリーグへのアピールをしようと思った瞬間に、適切なチームプレイはできなくなります。ミッションファーストであることが担保されているからこそ、スムーズに権限が移譲でき、チームとなり、ミッションの実現に近づいていくことができます」(沢木氏)
今後OKANでは、組織改善ツール「ハイジ」によって可視化された問題を解決するサービスの拡充に取り組んでいく。問題解決の施策のひとつにオフィスおかんがあるというイメージだ。沢木氏は「自社開発、他社連携にこだわらず、ハイジのデータをもとにしたソリューションをオフィスおかん以外にも広げていきたい」とコメントしている。
人手不足に喘ぐ企業が増えているなか、HR系サービス業界の競争が激化している。従業員本人の望まない離職を防ぐため、今後OKANからどのようなサービスがでてくるか注目したい。