新型コロナ禍が始まった頃に設けられた「スローストリート」がベイエリアから姿を消そうとしている。

スローストリートは、新型コロナ禍で自宅で過ごすようになって、散歩したり、子供が安全に外で遊べるように、住宅街、商店街や繁華街の生活道路を歩行者優先に切り替えたものだ。店内での飲食が制限されていた時期には、一区画を閉鎖して歩道や駐車場にテーブルを置いて飲食店が外でサービスを提供できるようにした繁華街もあった。

  • スローストリートは暮らしと道路利用の関係を考え直すきっかけに

    スローストリートは暮らしと道路利用の関係を考え直すきっかけに

オミクロン株でカリフォルニア州は1日の新規感染者数が過去最多を記録したが、以前の感染拡大の波と違うのは日常の維持に軸足が置かれたこと。1年前にはオンライン授業だった子供達が今は登校しており、放課後の習い事やスポーツも再開している。車で移動する日常が戻ってきて、スローストリートは役目を終えたと言える。サンフランシスコ市は緊急事態宣言から120日と定めていた期間が終了した後にスローストリートの効果を評価し、31カ所のうち残したのは4カ所のみ。そしてスローストリートに積極的に取り組んでいたオークランドも一部の住宅街を残してプログラムを終了させた。

スローストリートは住民や通勤者に多くの気づきを与えてくれた。車社会の米国において道路が車優先であることに誰も疑いを持たなかったが、歩行者や自転車が自由に道路を使える暮らしは思いのほか快適で、その体験を通じて都市部の道路渋滞で何を失っていたか、その損失の大きさを実感した。スローストリートを導入した地域では、以前の渋滞に戻るのではなく、スローストリートの体験を活かして道路利用の新たな可能性を切り拓きたい。そこで注目を集め始めたのが「時速20マイル」(時速32キロ)である。

パリやバルセロナなどヨーロッパの大都市では時速20マイルの制限速度が採用されており、2016年に英国のエディンバラでも導入された。米国でもオレゴン州のポートランドが繁華街や住宅地に20マイル・ゾーンを設けている。

英サリー大学の調査によると、自転車通勤者は車が時速20マイル以下の速度で走る道路を選んで利用する傾向が強い。自転車専用レーンを設けられない道路でも、20マイルより遅い道路なら徒歩や自転車の人達がより快適に移動できるようになる。

しかし、今意識されている「20マイル」は車の制限速度引き下げとは少し異なる。そもそも、今の米国の都市で制限速度を大きく引き下げるのは難しい。高速道路が街を結び、家族を持つ人は郊外に住んで毎日車で通勤する。車の利用に基づいたライフスタイルと共に、かつて2車線だった道路が4車線に広がり、左折レーン(日本の右折レーン)が設けられ、大都市では8車線以上の道が通るようになった。1950年代から車優先の都市作りが積み重ねられ、今の都市部の道路は車が20マイルよりはるかに速く走れるように設計されている。

ところが、ニューヨーク市やサンフランシスコ市のような交通渋滞がひどい都市の場合、6〜8車線の道路が通っていても、渋滞によって日中の長い時間で車の旅行速度は時速20マイルをはるかに下回る。対して、ニューヨーク市で地下鉄を使った平均移動速度は17.4マイル時である。都市部での自転車のスピードは11〜18マイル時、これからの移動手段として有望視されているEバイク(電動アシスト自転車)のトップスピードは約20マイルだ。

  • Giant傘下のMomentumが1月に発表した通勤者向けEバイク「Voya E+3」、SyncDrive Moveを搭載、一般的な市街地なら通常のペダリングで最大時速20マイル。

つまり、今意識されている「時速20マイル」は車の制限速度を時速20マイル以下にすべきということではなく、誰もが効率的に移動できるスピードだ。

ポートランドは2018年に20マイル・ゾーンを設け、時速20マイルの制限速度を示す標識を目立つように設置したものの、ゾーンを走る車の平均速度に期待したほどの変化が見られていない。車の制限速度を抑えるのは最初の一歩ではあるが、それだけの効果は限定的だ。徒歩・自転車と車が道路を共有することが、車を持つ人の暮らしにもメリットがあるように環境と人々の意識を変えていくことが重要になる。

例えば、オークランドではスローストリート・プログラムを踏まえて、15のエッセンシャル・プレイスを追加した。住民が食料品店やCOVID-19の検査などに安全に行けるように、まずはバリアを設置して車の交通を制限する。また、計画されている自転車ルートと同じ交通緩和策をスローストリートを設けていたエリアにも適用することを検討。学校の行事といったことでも、一時的に車の通行を制限できる"ポップアップ"スローストリートを住民がより簡単に申請できるようにする。

スマートフォンで簡単にレンタルできる自転車や電動スクーターのシェアリングなど、脱・車社会を目指した様々なサービスがシリコンバレーでいち早く導入されてきた。しかし、なかなか人々の生活に根づけずにいる。車優先の道路では事故に遭う危険が高く、使いづらいというのが大きな要因の1つだろう。これから20マイルの移動が浸透していくか、それとも元の車社会に戻ってしまうのか、予想しづらいところだが、道路利用を変えようという気運はかつてないほど高い。前者になればEVによる移動や街作りの改革もまた違ったものになりそうだ。