日本でオリンピックが佳境を迎えた先週、米国のテクノロジー界隈ではオフィス出社にCOVID-19ワクチンを義務づける新方針(Google、Facebook、Netflixなど)の議論が急拡大。そしてもう1つ、「メタバース」が熱い話題になっていた。というのも、7月29日にFacebookのMark Zuckerberg氏が決算説明会で「今後数年のうちに、当社はソーシャルメディアを主とする企業からメタバースの企業と見なされるようになるでしょう」と述べたからだ。その少し前の7月22日に、同氏がメタバースに軸足を置いていく考えを示したインタビュー「Mark in the metaverse」がThe Vergeで公開されており、その中でZuckerberg氏は「メタバースはモバイルインターネットの後継になる」と指摘していた。同じ時期にメタバースに言及したのはFacebookだけではなく、MicrosoftもSatya Nadella氏(CEO)がInspire 2021(7月14・15日)のキーノートにおいて、同社が構築するクラウドコンピューティングサービスを「エンタープライズ・メタバース」と表現していた。
FacebookやMicrosoftがこのタイミングでメタバースという言葉を使い始めたのは、ポストコロナを見据えたものである。Facebookは、人々がどこにいても物理的な距離に関係なく、簡単に他の人とつながって存在感を感じられるメタバースの実現を目指す。AR/VR担当バイスプレジデントのAndrew Bosworth氏はメタバース製品グループの立ち上げを発表する投稿のやり取りの中で、700件以上ものメタバース関連の求人がリストされた求人情報のリンクを示し、Facebookの本気をアピールした。
株式投資の格言に「噂で買って事実で売る」というのがある。この「噂」は「期待」と解釈することもできる。近年だと「5G」関連株の相場が当てはまる。「Facebookがメタバースの企業になる」というのは、人々の期待を膨らましそうな強烈なメッセージである。ところが、4~6月期決算が予想を上回る内容だったにもかかわらずFacebook株は下落した。現段階で、メタバースはプライバシー保護意識の高まりや世界的な反独占・寡占の流れといった逆風を弱めるものにはならなかった。Microsoftに対しても、堅調な同社のクラウドサービスを”メタバース”という実体をイメージしづらい言葉で表現するのはマイナスと見る向きが少なくない。
そもそもメタバースとは何なのか。仮想世界やVR(仮想現実)を思い浮かべる人が多いと思うが、Facebookがメタバース企業になることが何を意味するのか、イメージを思い描けないし、それが私達にどのようなメリットがあるのか伝わってこない。5Gも一時バズワード化していたが、Wi-Fiに近いスピードをモバイルで利用できる効果はまだ具体的に想像できた。
「メタバース」という言葉を広め、Zuckerberg氏など多くのエンジニアに影響を与えたと言われるベンチャーキャピタリストのMatthew Ball氏は、メタバースの主な特徴を以下のように解説している。
- 現実の生活と同じように物事が”ライブ”で進行し、一時停止したり、巻き戻すことはできない。
- 経済が完全に機能し、現実の世界と同じようにモノの売買や投資が可能。
- 相互運用性を備え、バーチャルな自分と自分の資産を互換性の問題なくあらゆる体験に持ち込んで利用できる。
メタバースは、単に仮想世界と見なされることもあれば、現実の物理的な制限を取り払う大きな可能性にもなる。魅力的で難解であり、しかし語るだけでは未来的なコンセプトに過ぎない。メタバースに関して「Fortnite」「Roblox」「Minecraft」「あつまれ どうぶつの森」といったゲームが注目されているのは、プレイヤーが実際に仮想世界に入って長い時間を過ごし、様々なアクティビティに関わり、たくさんの人達とつながっているからだ。言葉より、すでに実現しているバーチャルな世界からメタバースの可能性の一端を実感できる。
メタバースはある日突然魔法のように形になるものではない。実現するとしたら、何百・何千もの企業やエンジニア、クリエイターがハードウェア、コンテンツ、通貨システムなどを構築し、少しずつ現実を拡張しながら「モバイルインターネットの後継」へと近づいていく。おそらく数十年に及ぶプロセスになるだろう。バズワードが先行してしまう危うさをはらむが、MicrosoftやFacebookが「メタバース」という言葉をアピールし始めたことが、そうした未来の実現を加速させると期待したい。