デヴィッド・フィンチャー監督の映画「ソーシャル・ネットワーク」(2010年、The Social Network)について、公開当時に感想を求められたショーン・パーカー氏(Napsterなど起業、初期Facebookを支援)が、作品のプロットを「完全なフィクション」とこき下ろし、そして以下のように指摘した。

「自分の毎日があんな風にクールであって欲しいと思うけど(映画でショーン・パーカー役はジャスティン・ティンバーレイクが演じた)、シリコンバレー出身のギークとして言わせてもらうと、シリコンバレーにVictoria’s Secret(スーパーモデルを広告塔に起用するランジェリーブランド)のモデルのような女性はいないよ。クラブに行ってみたら分かると思うけど、本当にいないから。Victoria’s Secretのモデルを連れてサンフランシスコの街を歩いたら、周りの人がこうやって跪いちゃうよ。実際にはあり得ないことなんだよ」

映画は大ヒットし、第83回アカデミー賞では作品賞を含む8部門にノミネートされた。ただ、それはフィクション映画としての評価であり、Facebook創業時の姿を伝えるストーリーとしては疑問符が付けられた。

シリコンバレーのストーリーとしては、Facebookのようなモデル企業のない完全フィクションのドラマ「シリコンバレー」(Silicon Valley、HBO 2014年開始)の方がリアルに迫っている。「パイド・パイパー」というスタートアップを起業するのは、チェックのシャツや横縞のポロシャルを着た冴えない面々。CEOは豆腐メンタル。「ソーシャル・ネットワーク」のきらびやかさとはかけ離れたギャグマンガに近い世界なのだけど、実際のところシリコンバレーはそんな人がめずらしくない場所であり、ビル・ゲイツ氏も「今のシリコンバレーの仕組みについて知りたかったら見るべきだ」とオススメしている。そんな「シリコンバレー」はミレニアルズの"共感"を得て大ヒットし、さらに若いZ世代のライフスタイルに影響を与えた。

さて、ショーン・パーカー氏の喩えに登場したランジェリーブランドVictoria’s Secretが劇的なリブランディングを発表した。過去10年で業績が急落。対策として、エンジェルスと呼ばれていたスーパーモデルの広告塔を廃止し、アスレジャー(アスレティック+レジャー)やボディポジティブ(ありのままの体型、多様な体型を受け入れる)といったトレンドをあらわす様々な女性をスポークスウーマンに起用した。

Victoria’s Secretは1977年設立。スーパーモデルを集めたエンジェルスによるファッションショーで人気を博し、90年代後半から2000年代にはGAPやNikeを上回る影響力を持つブランドに成長、Victoria’s Secretのファッションショーがトップモデルの登龍門のようになっていた。

しかし、2010年代に入ると、モデルのような女性を美の基準として男性にアピールするセクシー路線のマーケティングに逆風が吹き始めた。約1000万人に達していたファッションショーの視聴者が2018年には300万人に減少。2019年は開催がキャンセルされた。2016年時点で32%だった米国の市場シェアは2020年末には19%にまで落ち込んでいた。

  • 時代から乖離して衰退しているとはいえ、今でも900店舗以上を展開する米国最大のランジェリーブランドであるVictoria’s Secret

売り上げ減の原因は、若い世代の共感を得られなくなったからだ。絶頂期にはショッピングモールに大きな店舗を展開していたものの、ここ数年でモールの閉鎖が続き、買い物客がオンラインにシフトしている。同時にミレニアルズ以下の若い世代が買い物客の主流になり、Victoria’s SecretもInstagramやインフルエンサーマーケティングにブランディングの手法を切り替えた。見映えするエンジェルスはInstagram向けと言える。しかし、ミレニアルズの女性は男性からどのように見られるかよりも、自分のライフスタイルを重んじる傾向が強い。別世界の人のようなエンジェルスに憧れるより、自分のリアルな生活に関わるかっこいい女性に惹かれる。

対策として、Victoria’s Secretは新たに全ての女性との深い関係性を構築することを目的とした「The VS Collective」を打ち出し、「ポジティブな変化を起こす」を共通のテーマに、様々な職業や経歴、考え方を持つ女性とのパートナーシップを結んだ。最初のパートナーは、サッカー選手のミーガン・ラピーノ氏やフリースタイルスキーヤーのアイリーン・グー氏、俳優兼プロデューサーのプリヤンカ・チョープラ氏、写真家のアマンダ・デ・ カディネット、トランスジェンダーモデルのヴァレンティナ・サンパイオ氏、プラスサイズモデルのパロマ・エルセッサー氏など。

  • 信頼できる活動を行うブランドを求める消費者、「The VS Collective」で実際の女性達の理想をブランドに反映させる

修正して美化した広告写真を廃し、ボディポジティブを支援するAmerican Eagle Outfittersの「Aerie」は、過去6年の間、二桁の伸びを記録し続けている。リアーナが手掛ける「Savage X Fenty」は昨年200%を超える売上増を達成して、今年初めに10億ドルの評価を得た。下着市場だけでもインクルージョンをアピールして人気を得ているブランドがすでにいくつも登場しており、新路線でVictoria’s Secretが復活できるかは不透明である。

しかし、このまま変わらなかったら、Victoria’s Secretは廃れていくのみだ。Victoria’s Secretがこんな状況に追い込まれるなんて、10年前にショッピングモールで買い物をしていた人達は想像もしていなかったことだ。もし今あらためて「ソーシャル・ネットワーク」が製作されるとしたら、ショーン・パーカー役はジャスティン・ティンバーレイクではなくてT・J・ミラーあたりが起用されることになりそうだ。