若者の「クルマ離れ」が言われるようになって10年。都市部ではUberやLyftといった配車サービスを利用して手軽に移動するのが日常になり、車を持つ人が減少する将来に備えた自動車メーカーがカーシェアリングサービスに次々に参入してきた。10年前に車社会からの転換を訴え始めた人達が望んでいた未来が現実になってきたと言える。
だが、街から車が減ったかというと、ニューヨークやサンフランシスコで車が減った感じはなく、自転車や電動スクーターなどが増えてむしろ混雑がひどくなっている。ニューヨーク市の運輸局のBruce Shaller氏がまとめたレポート「The New Automobility」によると、ボストン、ニューヨーク、ロサンゼルス、フィラデルフィア、シカゴといった配車サービスが普及している都市において、人口の増加を上回るペースで車が増えているそうだ。それを裏付けるように、自動車メーカーのカーシェアリングからの離脱が続いている。例えば、DaimlerとBMWの合弁であるカーシェアリングサービスCar2Go (車は駐車場や路上に駐車、メンバーで共有するサービス)が米国のサービス提供地域を半分に縮小、BMW傘下のカーシェアリングサービスReachNowが米国から撤退した。スクーターシェアのLimeもテストしていた自動車レンタルサービスLimePodを終了させた。クルマ離れが進んでいるはずなのに自動車が増えている。
はっきりとした原因は分からないが、可能性は2つある。1つは景気の回復だ。Uberなどはリーマンズ・ショック後のリセッションの時期に台頭してきた。不景気をきっかけに現状を変えようとする人々に意識が高まり、景気が後退しても価格の高いハイブリッドが良く売れたし、シェアリングエコノミーを成長させるためにまだ便利とは言いがたかった配車サービスをたくさんの人がサポートした。しかし、景気が回復し始めると、苦労してまで変わろうとする意識が薄れる。経済的な余裕ができたら車を買うし、サイズ的に余裕があるSUVのような大きな車が再びよく売れ始めた。
もう1つは理想と現実のギャップである。車は必ずしも必要ではないというミレニアルズは依然として多い。でも、実際のところ米国で車なしの生活が可能なのは、ニューヨークやサンフランシスコのような一部の大都市のみ。ほとんどの地域で車は今も必需品である。地方に行ったら都市部であっても配車サービスは今も不便なままだ。ニューヨークの真ん中に住んでいた若者が結婚して郊外に引っ越し、子どもが増え、学校に通うようになったら車がないと不便極まりない。理想と現実のギャップが大きく、「車を持ちたくないけど持っている」になってしまう。Car2Goのデータから米国の5つの都市におけるカーシェアリングの影響を調べた「Impacts of Car2Go on vehicle ownership, modal shift, vehicle miles traveled, and greenhouse gas emissions」によると、カーシェアリングサービスは自動車の購入を抑制させる一定の影響力があった。でも、最も減っているのは2台目や3台目の車の購入であり、車を全く持たない家庭が増えているとは言いがたい。
ニューヨークやサンフランシスコの中心道路がバス専用に
では、このまま米国は元の車社会に変わってしまうのか……というと、この10年で車中心の社会が根本から変わり始めているのも事実だ。
例えば、ニューヨーク市で10月3日に車中心から人中心への街に変える試みの1つが始まった。同市で最も車道が混雑する地域の1つである14丁目の3番街から9番街までの区間を午前6時から午後10時までバス専用に変更した。バスとトラック、緊急車両以外の通行は原則禁止。タクシーや配車サービスは乗り降りに限定して一部のみ通行できる。
道幅がある14丁目は大型車両が通行するが、渋滞によってバスが人のジョギング程度のスピードでしか走行できず、マンハッタン中心部でバスの利用者が年々減少する原因になっていた。排気ガスとクラクションの音で最悪の環境だった14丁目は今、通りを遠くまで見通せるぐらいすっきりとしている。歩いて快適だし、渋滞の車がなくなったおかげで通りの店が目立つ。このバス専用化は7月の開始を予定していたが、14丁目がバス専用になることで混雑が予想される周辺地域が訴訟を起こして延期になっていた。今のところ、周辺地域が以前の14丁目のようになる最悪の事態も避けられている。
また、サンフランシスコでも車とタクシー、バス、ケーブルカー、自転車などでごった返すマーケット・ストリートで、混雑区間をバス/タクシー専用にする案がサンフランシスコ市交通局の会合で満票で決定した。こちらは配車サービスの車の通行も禁止になる見通しだ。
ニューヨーク市の14丁目やサンフランシスコのマーケットストリートが、平日のビジネス時間帯にバス専用になるなんて10年前なら考えられないことだった。ニューヨーク市の取り組みの究極の姿は"人"優先の「カーフリーNY」である。
でも、そのニューヨークで車が増えていることが示すように、それが現実味を帯びるのはしばらく先のことになるだろう。ミレニアルズも現実を受け入れながら、街は少しずつ次世代へと近づいていく。車社会の米国で育ってマイカーなしの生活なんて考えられない人達が、これからも車の運転を楽しむ時間は十分に残されている。