米インターネット接続サービス大手のComcastが6月10日からテキサス州で、同社のサービスを契約するユーザーの無線LANモデムを公衆Wi-Fiホットスポットとして公開するサービスを開始した。非Comcastユーザーは1時間のセッションを月2回まで、Comcastユーザーは無制限で使用できる。これは現在Comcastが新規契約者に配布しているArris Touchstoneモデムに限られるが、同社は2年程前から同モデムの提供を開始しており、開始時点で約50000台のモデムがWi-Fiホットスポットになった。

対象ユーザーはオプトアウトできるようになっており、Comcastによると拒否しているユーザーは1%もいないそうだ。しかし、ユーザーへの説明が十分ではなかった可能性があり、サービスインしてからテクノロジー関連のニュースサイトで取り上げられるようになって、ユーザーの間から反発の声が噴出し始めた。

Comcastが提供するWi-Fiホットスポット用アプリ「Xfinity WiFi」

まず、オプトアウト形式が批判されている。これが最初からWi-Fiホットスポットとして利用することがプランに明記されていて、ユーザー自身がそのプランを選んでいたら納得できたものの、高いサービス料金を毎月支払っているのに、突然オプトアウト形式でワイアレスネットワーク拡大に協力させられたのに納得できない。せめて、オプトイン方式(希望者が参加する)だったら、これほど大きな不満の声にはならなかっただろう (その代わりにアクセスポイントは少なくなる)。

そしてセキュリティの懸念だ。「xfinitywifi」というアクセスポイントが至る所にあって簡単に接続できるのは便利だろうが、それ故に、そんなユーザーを狙う偽装アクセスポイントが現れる可能性は高い。実際、一時GitHubで「Xfinity Pineapple」というComcastのアクセスポイントをクローンする"proof-of-concept"が公開されていた。これはComcastだけではなく、McDonaldやStarbucksに無料Wi-Fiホットスポットを展開しているAT&Tの「attwifi」についても、端末が自動的に接続するのを不安視する声が根強い。

つまり、Wi-Fiホットスポットをもっと簡単に様々な場所で使えるようにするというアイディアに賛成する人は多いものの、押しつけがましくて性急なComcastのやり方に反発が起きている。

なぜComcastはWi-Fiホットスポットの展開を急ぐのか。日本国内でも東京オリンピックに向けて、Wi-Fiホットスポットを増やす動きが活発になっているが、米国のケースは外国人向けのネット接続の拡充とは違う。そもそも家庭向けネット接続サービスだけで安定しているケーブルTV会社のComcastが、4G LTEサービスが普及した今、ユーザーの反発を押し切ってまでWi-Fiホットスポットの拡大に力を注ぎ始めたことが不思議である。

少ないモバイルネットワーク対応機器、豊富なWi-Fi対応機器

Wi-Fiは室内で約32メートル、屋外で約95メートルと通信範囲が狭く、Bluetoothなどに比べたら電力消費量は多い。でも、柔軟かつスケーラブルで、安定しており、何よりも相互運用性の良さが持ち味だ。端末ごとの契約が課されるモバイルネットワークに対応している機器は少ないが、Wi-Fiをサポートする機器はたくさん存在する。ウエアラブルやInternet of Things(IoT)の時代に突入したら、そうした機器はさらに増えるだろう。

例えば、Google Glassのワイアレス機能はWi-FiとBluetoothのみで、モバイルネットワーク機能を備えていない。外出時にはAndroidスマートフォンに接続してスマホのネット接続を利用できるが、2つのデバイス(スマホとGlass)を管理しながら使っているとウエアラブルの良さが損なわれる。Glassを直接インターネットに接続して使っている時の方が快適なのだ。

ウエアラブルやIoTのユビキタスは、これからの大きな課題の一つである。スマートフォンがネット接続のハブの役割を担うのは間違いないが、簡単に利用できる公衆Wi-Fiホットスポットの拡大も、ウエアラブルやIoTの立ち上げ期において大きな役割を果たすことになるだろう。

ただ、Wi-Fiホットスポットのプライバシーやセキュリティの問題への懸念は残る。

Hackers On Planet Earth (HOPE)でElectronic Frontier Foundation (EFF)が、個人がネット接続サービスの一部を公衆Wi-Fiホットスポットとして公開する無線LANルーター用ファームウエアを発表する予定だ。TorやVPNを用いてゲストのトラフィックを別のIPアドレスに分離することで、ゲストの違法なアクティビティから身を守るオプションが用意されるという。EFFがオープンワイアレスを後押しする理由は「モバイルキャリアにプライバシーを握られた状況からの脱却」「イノベーションの促進」「デジタル格差の解消」「緊急サービスの充実」「無線周波数帯不足の解消」などである。これが公衆Wi-Fiホットスポットの展開を巡るISP大手やモバイルキャリア大手との綱引きであるのは明らかだ。

Comcastの公衆Wi-Fiホットスポットを批判する人たちは、果たしてopenwireless.orgのような活動に協力するだろうか? Wi-Fiの相互運用性とスケーラビリティから、再び注目を浴び始めたWi-Fiホットスポット。今度はカフェやファーストフード店でのインターネット接続以上に重要な役割を期待されている。いたる所にスポットがあり、自動的に接続できて、しかも安全……そんなユーザーにとって望ましいWi-Fiホットスポット環境の実現はウエアラブルやIoTの可能性を広げ、その普及を促進する。