Microsoftの新CEOにSatya Nadella氏が就任した。Steve Ballmer氏のCEO退任に絡めて、john Gruber氏などが1996年にWIREDに掲載されたSteve Jobs氏のインタビューで同氏が語った一節を紹介している。
「デスクトップコンピュータ産業は終わった。実質的にイノベーションは止んでしまった。わずかなイノベーションでMicrosotが牛耳っている。勝負は決した。Appleは敗れた。デスクトップ市場は暗黒時代に入り、おそらく10年は闇に閉ざされそうだ。少なくとも90年代の残りが暗闇のままであるのは疑いない」
Ballmer氏のCEO退任はAppleを破ってデスクトップコンピュータ市場を独占したMicrosoftの時代、Jobs氏が暗黒と表現した時代の終わりを思わせる。
でも、96年以降が本当に暗闇だったかというと、MicrosoftのOSのライセンスモデルは、PCを「家庭に1台」「職場の机に1台」を実現する原動力になった。おかげでCPUやGPU、メモリーなど半導体の成長とともに、パソコンの可能性がどんどん拡大していった時代をたくさんの人が体験できた。デスクトップPCは十分に世界を変えたと思う。
ただし、00年代も半ば近くになって停滞感を感じたのも事実である。暗黒時代という表現を使うなら、個人的には圧倒的なシェアを獲得していたInternet Explorer 6 (最初のリリースは2001年8月)でモダンWeb標準をサポートしなかったことこそ、Microsoftがイノベーションを阻害したものだったと思う。ブロードバンドが普及しても、Webのイノベーションは遅れることになった。
しかし、結果的にそれがMicrosoftを時代遅れにした。ゆるやかながらも時代は動き、そこからオープンなWebを標榜したGoogleが台頭、それまで取るに足らない存在だったWebアプリの成長が始まった。例えば、Gmailを使って、クラウド経由で複数のデバイスでメールを同じように利用できるようにする。クロスプラットフォーム、クロスデバイスの価値がユーザーに浸透し始めた頃に、Webの世界をモバイルに広げるiPhoneが登場した。
Webアプリの動作を飛躍的に向上させたAjaxの基幹技術XMLHttpRequestを90年代後半に設計したのはMicrosoftであり、同社がWebのイノベーションに乗り出していれば、Googleにつけいる隙を与えず、自らWeb 2.0を加速させることは十分に可能だった。だが、00年代に同社はPC時代の成功を引きずり続けた。
Microsoftの新CEOに就任したNadella氏はエンタープライズ事業を伸ばした立役者として評価されているが、その人事について悲観的な意見も少なくない。
その多くは抜本的な変化を期待したもので、内部昇格を保守的とし、Bill Gates氏やBallmer氏の影響が残る弊害を懸念する。またデバイスとサービスを押し進めるために、もっとコンシューマ向けデバイスをアピールできる人物を選ぶべきだったという声もある。Nadella氏では、iOSとAndroidにWindowsが市場を食われるのに歯止めがかかるような実感を持てないということだ。
だが、個人的な印象は全く逆だ。将来を見据えた大胆な人選であり、AzureやOffice 365の立ち上げを成功させたNadella氏だからこそ、Microsoftを前進させるCEOとして期待できる。
前回に続いてABI Researchのレポートを使うと、2013年第4四半期のスマートフォンのOS別の出荷台数はAndroidとiOSで95%、Windows Phoneは4%だった。タブレットはWindows 8 PCをどのように含めるかで異なってくるが、AndroidとiOSが純粋なタブレットのシェアの大多数を占めていることに変わりはない。すでにスマートフォンやタブレットは普及フェーズに入っており、端末ベンダーにはAndroidが浸透し、iOSはユーザーの要望を満たしている。異なるスタイルで、どちらもしっかりと市場に根付いている。ここに割って入るのは容易ではない。すでに勝負は決した。Microsoftは敗れたのだ。いま必要なのは、次の勝負……誰もがスマートフォンやタブレットを持つ時代の勝負に勝つための布石だ。
Azureはモバイルサービスを通じて、Windowsだけではなく、AndroidやiOSのアプリ開発をサポートしている。Azureチームは、Windowsプラットフォームに顧客を閉じ込めるのを過去のスタイルとし、ロックインに未来はないと考えている。Microsoftの伝統とは異なる開かれた発想を持っている。
そこから新CEOを選んだのは、大胆な人選だったと思う。デスクトップパソコンの勝負に敗れた後、Apple復活のきっかけとなったのは、iPodでWindowsをサポートし、Windows版のiTunesをリリースしたことだ。音楽プレーヤーとソフトが、WindowsからMacへの乗り換えを促し、後にWindowsユーザーにもiPhoneを受け入れさせる土壌になった。布石とはそういうものだ。
MicrosoftにとってAzureは、Windows端末が少数勢力でしかない今のモバイル市場に同社のサービスを浸透させられる。採用するかどうかは別として、Azureの開放戦略を歓迎しない開発者はいないだろう。そして競争はクラウドの前進を加速させるものになる。就任時にNadella氏が掲げた「モバイル第一、クラウド第一」とは、そういうことではないかと筆者は考えている。
少し話がそれるが、最初がWIREDのインタビューだったので、最後もWIREDのインタビューの紹介で締めよう。
英国版の3月号がWorld Wide Web 25周年を特集している。その宣伝イベントにTim Berners-Lee氏が参加し、早急にWebを分散型に再構築する必要性を訴えた。
Berners-Lee氏がこうした警告を発するのは、スノーデン事件がきっかけである。暗号化サービスを使ったデータすらNSAが読み取っていた可能性は、中国のグレートファイアウオールのようなネット規制を強める口実になりかねない。ブラジル政府が同国のソーシャルデータを国内のサーバにとどめようとしているのを例に「Webはオープンで、グローバルに機能するものであって欲しい」と述べている。そして巨大な企業やサーバへの集中と依存に懸念を示し、これまでの歴史がそうであったように、こうした問題は"競争"によって解決されるべきと指摘している。