ご存じの方も多いと思うが、1月24日にAppleのMacintoshが30周年を迎えた。
30年は長い。パソコン市場の頂点に立つも、内紛から創業者のスティーブ・ジョブズ氏が追放され、そして業績低迷期に突入。一時は倒産寸前にまで追い込まれた。ジョブズ氏が復帰して、奇跡の復活。IT産業で最も大きな売上高を上げる企業になったが、現在の主力製品はMacではない。Apple Computerだった社名はAppleに変わった。30年前に、当時のAppleにとって打ち壊すべき巨大な壁だったIBMはもうパソコンを作っていない。
Macを取り巻く環境はめまぐるしく変わってきた。でも、筆者にとってMacはずっと変わらず、今でも興味の対象であり続けている。初めて使ったMacintosh Classic、マイケル・スピンドラー氏がCEOだった時代のPower Macintosh 6100、ジョブズ氏が復帰してからのiMacやG4 Cube、そしてiOSデバイスの影響が色濃いMacBook Air。中には気に入らない製品もたくさんあったし、G4 Cubeのように数歩先を行きすぎてさっぱり売れなかった製品もあった。だけど、失敗した時でも「なんだ、こりゃ!」という感じで、それはそれで無視できない存在だった。
ホレス・デデュ氏は「A brand dies not from hate but from apathy (嫌われてもブランドは死なないが、関心をもたれなくなったらブランドは死ぬ)」と述べている。まったく、その通りだと思う。
Macに惹かれ続けてきたのはユーザーだけではない。初代Macintoshの開発に携わり、1996年から2001年までMicrosoftでユーザーインタフェースを構築していたスティーブ・カップス氏によると、2000年頃のMicrosoftの製品会議において、出てきたアイディアに満足しなかったビル・ゲイツ氏が一言、「Appleならどうする?」と述べたそうだ。MicrosoftにとってAppleがライバルではなくなった頃でも、ゲイツ氏の心にはAppleが引っかかり続けていた。
左から司会を務めたSteven Levy氏。MacintoshプロジェクトチームのBill Atkinson氏、Randy Wigginton氏、George Crow氏、Steve Capps氏、Bruce Horn氏、Andy Hertzfeld氏、Caroline Rose氏 |
30年前にジョブズ氏が初代Macintoshを発表したカリフォルニア州クパチーノにあるフリントセンターで、24日に初代Macintoshに関わった人たちの同窓会イベント「Mac@30: Celebration of the Macintosh Team」が行われた。
驚いたのは、Macintoshプロジェクトチームの面々が語ったモノ作りの姿勢だ。30年前のMacintoshチームがMacintosh開発について語った言葉が、そのまま現在のAppleにも通用する。
ビル・アトキンソン氏は、Macintosh開発をクラフツマンシップと表現した。仕事というよりも、アート作品を生み出そうとしている感覚だったという。だから、アーティストが作品に署名を入れるように、チームメンバーはプライドを持って作り上げた初代Macintoshにサインした。現在のApple製品に開発者やデザイナーのサインは入っていないが、クラフツマンシップという言葉は、デザインや細部に徹底的にこだわり、「Designed by Apple in California」と刻む今のApple製品作りにも当てはまる。
「スティーブ (ジョブズ氏)と彼が雇った人々は、Appleに独特のものの考え方、製品ユーザーのための独特の情熱を宿らせ、それらは何年もの時を経て今日まで受け継がれている。それは本当に素晴らしいことだ」(Finderを開発したブルース・ホーン氏)
Mac@30では、初代Macintosh発表の6日後にAppleがBoston Computer SocietyでAppleが行ったプレゼンテーションの映像が初上映された。その中でジョブズ氏は、後にPlayboy誌のインタビューでよく知られることになるIBM PCとMacintoshを電信機と電話に喩えた話を披露している。
電信機は、数時間で米国の東海岸から西海岸に電報を伝える画期的な発明だった。だから、全ての机に電信機が置かれるようになったら生産性が飛躍的に上がると主張する人もいた。だが、それは実現しなかった。電信機で電報を打つにはモールス信号を学ばなければならなかったからだ。いくら電信機が便利でも、普通の人々はモールス信号の習得に長い時間を費やさなかった。
そして、机上のコミュニケーションとして電話が普及した。ちょっとした操作を覚えて、後は話すだけ。何かの習得に時間をかけることなく、すぐに使いこなせたから普及した。IBM PCを動かすにはコマンドを学ばなければならなかった。それを普通の人々に求めるのは非現実的だ。パソコンを電話のように普及させるには、誰でも使いこなせるようにコンピュータを再発明しなければならない。Macintoshは、ポイント&クリックで誰でも簡単にコンピュータを操れるようにした。
電信機で満足せず、電話を目指すのがAppleであり、それこそホーン氏が指摘した「製品ユーザーのための独特の情熱」である。Appleにイノベーションを期待する声は多いが、当のAppleは意外とイノベーションという言葉を使っていない。むしろ、Appleのコピーに熱心なライバル企業の方がマーケティング用語として頻繁に使っているように思う。コマンドを知らなくても使えるパソコン、数クリックですぐに楽しめるデジタルコンテンツ、パソコンを持ち歩くような苦労なく携帯できるモバイルWeb …… 人々がAppleのイノベーションと呼ぶものは普通の人々のためのモノ作りの成果だった。
Appleが24日に公開したMac 30周年記念の特設ページには、歴代のMacとともに、Macを活用するユーザーたちがもう1人の主役として登場する。ユーザーの生活を変え、クリエイティビティを刺激してこそMacであり、特設ページがこうした作りになっているのに気づいた時には、初代Macintoshのモノ作りの姿勢がAppleのDNAとして受け継がれているのを確認できたようでうれしかった。
30周年記念ページを否定的に見る人も少なくない。ジョブズ氏が過去の成功に浸ることを嫌い、Appleを前進させることに集中していたからだ。
過去を振り返るようなアニバーサリーイベントを好まず、20周年の時にはまるでコンセプトモデルのような「twentieth anniversary Macintosh」をリリースした。実際、ジョブズ氏が30周年記念ページをやったかと聞かれると、個人的には「やらなかった」に1票を投じる。
今はティム・クック氏が舵を取るAppleである。見方を変えれば、30周年記念ページは同氏がジョブズ氏を真似ることに囚われず、でもAppleのDNAを引き継いでいることを確認できるものだ。これは素直に「30周年、おめでとう」と言いたい。