米書籍市場の年末商戦の数字が公表され始めたが、2013年の結果にはいくつかのサプライズがあった。まず米国の大型書店チェーン最大手Barnes & Noble。同社が展開する電子書籍プラットフォーム「Nook」の売上高が、なんと前年同期比60.5%減だった。誰もが下落を予想していたものの、それを大きく上回る落ち込みである。米国でのAmazonの最大のライバルであるBarnes & Nobleが沈んだのだから、電子書籍を扱っていない街の中小規模の書店の青色吐息が聞こえてきそうだ。ところが、意外なことに好調な年末商戦を報告する書店が多い。ニューヨークの老舗書店Strandなど、12月23日に86年の歴史で最大の売上を記録した。米書籍市場はAmazon/Kindleにシフトしたのか、それとも紙の本もしぶとく生き残っているのか、一体どっちなのだろう?

2013年のホリデーシーズンに売上60%減だったNook(写真はNook HD+)

NYの老舗書店Strandは好調なホリデーシーズンを「ブックストアは生き残っている」とツイート

Barnes & Nobleはタブレット端末生産からの撤退を明らかにしており、昨年はNook端末の新製品がなかったことが売上減の要因の1つである。でも、それだけなら新規ユーザーを上乗せできなかっただけで済む。60%減は、NookユーザーのKindleへの流出が進んだことを意味する。理由は、Kindleブックのディスカウントだ。

現在のニューヨークタイムズのベストセラーを比べると、Faye Kellermanの「The Beast」はKindleだと11.99ドル、Nookだと16.99ドル。Maya BanksのThe Breathless3部作の「Burn」はKindleが4.99ドル、Nookが7.99ドルである。調べた限り、Nookの方が安いタイトルはなかった。

Nookに売上減に関して、Appleと出版大手5社が画策したエージェンシーモデル導入が失敗した影響を指摘する声が多い。エージェンシーモデルでは、出版社が電子書籍の販売価格をコントロールできる (つまり、販売業者によるディスカウントができない)。出版大手が望む12.99ドルから14.99ドルに電子書籍価格が落ち着けば、Nookにも市場を広げるチャンスはあった。ところが、エージェンシーモデルの契約で横並びになったのが米司法省から価格操作と見なされた。下のグラフは2012年8月から2013年3月まで、つまり出版大手3社と司法省との和解交渉が始まり、そして電子書籍のエージェンシーモデルが事実上の死に体になった時期のベストセラー電子書籍版の平均価格だ。

2012年8月から2013年3月までの米ベストセラー電子書籍の平均価格(出典: Digital Book World)

エージェンシーモデルの圧力から逃れられたAmazonは、値下げという武器をライバル潰しに存分に活かせるようになった。本のほかにはCDやDVDなどの商品しかないBarnes & Nobleが、この電子書籍の価格でAmazonに対抗するのは難しい。しかもAmazonはライバルの価格をつぶさに監視しており、あるタイトルの値下げが行われたら、すぐにそれを下回る価格に引き下げる。ユーザーがどちらの電子書籍プラットフォームを選ぶかは明らかだ。

役割が明確になってきた電子書籍と紙の本

エージェンシーモデルの導入は、安い電子書籍の影響で紙の本が売れなくなるのを防ぎたい大手出版社が、紙の本と電子書籍の価格差をなくそうとした試みだった。それが失敗したことは、電子書籍が値段のメリットを活かせることを意味する。これは特にKindleブックにとって強みである。KindleブックはNookブックよりも安く、Kindleブックは紙の本よりも安い。値段を重んじる消費者はNookよりもKindle、紙の本よりもKindleブックを選ぶ。それなのに、なぜ街の書店で紙の本がよく売れているのだろうか?

CD以降の時代でもレコードが生き続けてきたように、アナログを好むマニアは多い。同じように、電子書籍が安くなっても紙の本も生き残っている。電子書籍には電子書籍の、紙の本には紙の本の良さがあり、エージェンシーモデル導入が失敗してから電子書籍の価格と利便性が際立つようになると、逆に紙の本、特にハードカバーは蒐集するものとして存在感を強め始めた。

1月8日時点で、米AmazonのSFランキングでトップ10の半分を自費出版の作家が占めている。その1人であるHugh Howeyが、大手出版社が生き残るための13の提案をブログで行ったのが話題になった。Howeyは「最初から全ての形式で出版しろ」としている。最初に価格の高いハードカバーから売り始めて、そこに宣伝費を投じるのではなく、電子書籍、ハードカバー、ペーパーバック、全てを用意する。そうすれば、読み捨てしたい読者はペーパーバックか電子書籍を選ぶし、図書館やコレクターはハードカバーを選択する。より多くの人に読まれてこそ本であり、どのようなスタイルで読むかを最初から読者に選ばせろというのだ。そうすることで、電子書籍と紙のメリットが活きる。ちなみに、どれかを先に出版するなら、Howeyが勧めるのはソーシャルメディアへの波及が早い電子書籍だ。

話しを戻すと、電子書籍のメリットが鮮明になってきたことで、消費者は自分に合うスタイルで本を楽しむようになってきた。安くて便利な電子書籍へのシフトは進んでいる。しかし、高くても紙の本を求める人は根強い。その本好きやマニアの需要に街の書店が応えている。今、米国に残っている小規模書店は、文字通り生き残ってきた書店である。大型書店チェーンによるベストセラーのディスカウント、WalmartやTARGETなど小売りチェーン大手やCostcoなどホールセール業者の書籍販売への進出、さらにAmazon革命にも負けずに生き残った。どの書店にも本好きのスタッフが揃っていて、地元コミュニティにとけ込み、そしてオンラインの本に関するコミュニティでも活動している。ただ利益のために本を扱っていた大型書店チェーンとは、本やコミュニティとの関わりの深さが違う。

Howeyの出版社への提言の中で最も重要としているのが「コミュニティを作れ」だ。ランキング上位のインディ作家たちは積極的にコミュニティに関わってよく勉強し、絶え間なく新しい試みを実践している。だから、出版社の広報スタッフは「1日に少なくとも1時間は自費出版フォーラムで過ごすべき」としている。この大手出版社と自費出版の状況はそのまま、低迷を続ける大型書店チェーンと、しぶとく地道に売上を伸ばしている小規模書店の今に重ねられる。

もちろん街の本屋は増えていないし、よい本屋が近所に生き残っていたらラッキーと思える状況に変わりはない。でも、大型書店チェーンとAmazonがつぶし合いをしていた頃よりも、本を身近に、そしてより楽しめるようになったと感じる。