iPhoneやiPadの発表の時期が近づくと、まだ発表されていない製品向けのケースなどの画像がネット上に現れたりする。秘密主義のAppleがアクセサリベンダーにまで未発表製品の情報を共有しているとは考えにくい。昨年Macworld Expoに出店していたアクセサリーベンダーに聞いたところ、そうしたプロトタイプは「予想の結晶」なのだという。Appleからの情報は皆無だからアクセサリベンダーの横つながりが強くなり、密に情報を交換し合っている。部品サプライヤや製造工場から漏れてきた情報からかなり正確なものを作っている……と自慢していた。もちろん予想は予想であって、発表前に製造することはなく、アップルが正式に仕様を公開してから、デザインを修正し、最終的なモックアップを作り、それから生産行程に入れる。米国の大手アクセサリベンダーの製品デザイナーやパッケージデザイナーは、スペシャルイベントの日を中国で迎えるのが当たり前なのだという。
iPhone/iPodエコノミーを支えるアクセサリーベンダーも、Appleが製品を発表するまでは本格的に動き出せない。だから、最初に出てくるアクセサリは、とてもシンプルなものばかりで、新製品の形状や機能を生かしたアクセサリが登場するまでにはしばらく時間がかかる。ところがFab.comで20日に予約受付開始(発送は5-6週間後)になったiPhone 5用のケースやドックは、発表からわずか1週間で、突貫工事で製作を進めざるを得なかったはずなのに、細部にまでアイディアが行き届いた製品になっている。
8ピン端子になったiPhone 5と従来の30ピン用のコード管理をサポートするDock「Core」 |
キズつきやすいと言われるiPhone 5の背面を、スリムさを損なわずにカバーするケース「Luminum」 |
これはFab.comと共に「Inventing Apple Accessories」というプロジェクトを行ったQuirkyのソーシャルプロダクト開発の成果である。Quirkyは、Webサイトを通じて製品アイディアの投稿を受け付けている。メンバーによるコメントや投票を経て、有望なアイディアがEVALと呼ばれる評価セッションにかけられる。改良点、製造方法、ブランディング(製品名など)、価格・マーケティング方法などを議論し、煮詰め、そして商品化する価値があると判断されたプロジェクトの商品化と生産をQuirkyが引き受ける。完成したらQuirkyブランドの製品として、ディスカウントストアのTARGET、家庭用雑貨のBed Bath & Beyond、書店のBarnes & Noble、オフィスサプライのOfficeMax、玩具のToys"R"us、Amazon.com、ギークガジェットのオンラインストアThinkGeekなど、提携している小売店で販売される。売り上げの30%がアイディアを生み出した人や、他の貢献者の取り分になる。例えば、ヒット商品の1つである「Pivot Power」は発売から500日で支払いが38万ドル(約2960万円)を超えた。New York Timesによると、アイディアを生み出した"インベンター"ではなく、商品化に貢献をしたメンバーにも今年だけで5万ドル以上が支払われたそうだ。
Inventing Apple Accessoriesプロジェクトは、iPhone 5が発表された12日にアイディアの投稿受付を開始し、翌日の午後7時から特別版の評価セッションを開始した。夜を徹して議論し、24時間で約1700も集まったアイディアを50個に絞り込み、最終的に15個のプロジェクトにまとめた。そしてアイディアの受付開始から72時間後には7つが製品化プロセスに送られた。それがFab.comで販売開始になった7製品だが、これら以外の8つも、いずれ製品として発売するという。
QuirkyからソーシャルファンディングのKickstarterを思い出した人も多いと思うが、最近Kickstarterでは資金調達が成功しても製品化が遅れたり、ひどい場合はプロジェクトが頓挫するトラブルが増えている。今年のはじめに大きな話題になったスマートウォッチのPebbleもまだ製品出荷にこぎ着けていない。価格設定の失敗、製造コストの見積もりミス、製造の当てが外れるなど理由は様々だが、プロジェクトを煮詰めないまま資金調達に踏み切った見通しの甘さが原因であるケースが少なくない。投資だから失敗もあり得るのはメンバーも承知の上だろう。ただKickstarterの投資家の多くは消費者でもあるだけに、プロジェクト失敗の後味は悪い。
Quirkyは最終的に同社が、製造や販売に伴うリスクを専門的な見地から評価・判断し、プロジェクトを商品にして消費者に届ける部分を一手に引き受ける。だからこそ、アイディアの投稿、問題点の指摘、改良の議論やソリューションの提案といったソーシャルを活用できる部分が機能する。Inventing Apple Accessoriesプロジェクトで、iPhone 5発表から24時間で「1700件」ものアイディアが集まり、わずか「72時間」でアイディアが具体的な商品にまとまった規模とスピードがQuirkyの長所を示している。
「こんなものがあればいいな」に応えるすばらしいアイディアも、適切なタイミングで消費者に届けられなければ、その価値を失ってしまう。「商品として提供し、使ってもらう」のがQuirkyの最終的なゴールである……当たり前のようだが、思い返してみると"ソーシャル活用"をアピールするコンシューマ向けのサービスプラットフォームには、顧客を満足させるという視点に欠けた設計のものが少なくない。そういう意味では、Quirkyの仕組みは個人出版から大規模な製品開発まで、幅広く参考になると思う。
蛇足だが、数カ月前にTechShopという工房サービスのツアーに参加した。プロ用のツールとソフトウエアがなんでも揃っている。DIYというより町工場レベルで、編み物からアート、フィギュアの原型、カスタムカーまでTechShopで作れないものはない。月額175ドルまたは年額1395ドルのメンバー制で、メンバーは全てのツールやソフトウエアが使い放題である。もちろん、触ったことがない人がいきなり3Dプリンターやフライス盤を操れるものではない。様々な講習が用意されているので、まずはツールの使い方やテクニックを学ぶことになる。実際の使用においても問題にぶつかれば、スタッフが手助けしてくれる。
シリコンバレーのメンロパークに1号店をオープンさせて以来、北カリフォルニアに3カ所、ノースカロライナ、ミシガン、テキサスと着実に店舗を増やしている。メンバーの多くはプロトタイプや商品見本の製作を目的に利用しており、Kickstarterブームが飛び火して成長しているサービスと言える。
Quirkyで投票やEVALを勝ち抜くのは容易なことではないが、もし他人に何と言われようとも自分のアイディアに自信があるのならば、努力次第で自らプロトタイプを作れてしまう。自分の大学時代を思い出すと、何と便利になったことかとうらやましく思わずにはいられない。