オンライン写真サービスのFlickrが、今後数ヵ月をかけてサイトデザインを刷新する。サービス開始からこれまで、主にパソコンのWebブラウザで利用する写真共有サービスであり続けてきたが、Yahoo!の"モバイル優先 (mobile first)"戦略に沿って、スマートフォンやタブレットのユーザーが使いやすいWebサービスに作り直す。
ライトボックスなどを除けば、従来のFlickrのページの多くは小さな写真とたくさんのテキストおよび余白で構成されている。よく言えば情報量が豊富だが、正直なところ文字だらけで空白が多く、肝心の写真の魅力や迫力があまり伝わってこない。新デザインでは、大きな写真がページ全体に散らばるJustified Viewが採用される。予定通りにロールアウトされれば、このコラムが公開される頃にはコンタクトのフォトストリームの標準表示がJustifiedになり、さらに他のセクションにも順次拡大されるという。さらにWeb版の写真アップローダーを、HTML5ベースでドラッグ&ドロップなどもサポートするアプリに近いものに変更する。これら以外にも詳細は不明だが、インタフェースとサービスの変更・改善は今年の後半まで続くという。
Flickrの特長を一つだけ挙げるとすれば、"ユーザーコミュニティ"になるだろう。写真に付けたタグから様々な写真を見つけられ、写真を通じてユーザー同士がコミュニティを形成した。その結びつきによって、Flickrは開設から瞬く間にオンライン写真共有の代名詞的なサービスになった。しかし、現在の責任者であるMarkus Spiering氏は、Yahoo!がFlickrを買収してから、Flickrの持ち味であるユーザーコミュニティを育んでこられなかったと認めている。今回のデザイン刷新は、ユーザーとの関係を再構築する試みでもあるという。
たしかにWebバブル期にYahoo!はユーザーコミュニティを作り上げたWebスタートアップを次々に買収し、その多くを活かしきれずに持てあました。ソーシャルブックマークサービスのDel.cio.usのような代表的なサービスですら、Yahoo!傘下で生き残れなかった。だからFlickrユーザー、特に初期からのユーザーは、Yahoo!の下でFlickrが開設時の文化を失い、単なるオンライン写真ストレージになろうとするのを嘆いた。しかし、Flickrがスゴいのは、特に進化していたわけではないのに、ごたごた続きのYahoo!の中にあって安泰を維持し続けたことだ。逆に考えると、同サービスが初期に築いたサービスモデルとユーザーコミュニティが、いかに強固だったか分かる。
そのFlickrが足元を脅かされるものを感じて、ついにサービスの見直しに乗り出す。背景に大きな時代の移り変わりを読み取れる出来事だ。
ポストPCデバイスで楽しむための写真
なぜFlickrがモバイル優先に舵を切るのか? 真っ先に思い浮かぶのはスマートフォンやタブレットのカメラ機能の進化だ。Flickrにアップロードされている写真で最も使われているカメラの現在のトップはiPhone 4である。iPhone 4Sも猛烈なペースで伸びている。この統計データは、普段カメラを持ち歩かない人でも、スマートフォンならいつも携帯して写真を撮ることを示す。しかし、それだけではない。タブレットやスマートフォンなどコンテンツを消費するのに適したモバイルデバイスのユーザーは、積極的に写真を楽しみ、そして共有する。なぜAndroidの人気端末を大差で引き離してiPhoneがトップなのか? それは写真を楽しむ上で、カメラと同じぐらい、モバイルアプリが重視され始めているからだ。
例えば、いま急速にユーザーを増やしている写真共有サービスInstagramだ。スマートフォンで写真をアーティスティックに加工して、すぐに共有できる。今はまだiPhoneアプリ版しかなく、Androidアプリ版が開発中という状況だが、すでにユーザー数が1500万人を超えている。パソコンで写真加工ソフトを起ち上げなくても、iPhoneでいつでも簡単にユニークな写真を作成できるのがInstagramの魅力であり、だから"iPhoneアプリのみ"という限られた世界であっても、膨大な数の写真が共有され、ユーザーの輪がどんどん広がっている。逆にデスクトップではAPIを利用したサードパーティのソフトでInstagram上の写真を閲覧するだけというような状況で、こうなると撮影のためにまずカメラを選ぶのではなく、Instagramを使いたいからiPhoneまたはiPod touchとなってしまう。
米国で現在大ブレークしているソーシャルサービスPinterestも、モバイルデバイス向けではないが、ポストPCデバイス時代のサービスと言える。自分のスペースのボードに、気に入った画像を貼り付けて共有するサービスで、Pinterestは自身のサービスを「仮想ピンボード」と呼んでいる。Pinterestを開くと写真だらけだが、文字が少ないからタブレットやスマートフォンで閲覧しやすい。そして、写真はテキスト以上にものを言う。センスのいい人、ユニークな人が集めた写真や動画は見ていて飽きないだけはなく、そこから多種多様で膨大な情報が伝わってくる。想像力も刺激されるから面白い。
ユーザー規模を比べれば、まだまだFlickrの方が大きいが、スタートアップ時代のFlickrがそうであったように、InstagramやPinterestはいま猛烈なペースでコミュニティを広げている。InstagramやPinterestは「スマートフォン・ユーザーが撮影した写真」や「スマートフォン/タブレット・ユーザーのための写真」を楽しむためのサービスとして機能しており、今のFlickrはそれらの受け皿になり得ていない。Flickrが提供する写真の一元管理は写真好きにとって重要なポイントだが、普通のスマートフォン・ユーザーにとっては便利ですばやく写真を楽しめる方が魅力である。このままポストPCデバイスで写真を楽しむユーザーが増えれば、コミュニティがどこに移るかは明白だ。それはすでに現れており、Compete.comによるとGoogle+が登場してからFlickrのトラフィックが急速に下降し始めたという。
米国時間の26日に、米ロサンゼルスで第84回アカデミー賞授賞式が行われた。ホストのビリー・クリスタルが冒頭で、会場のコダック・シアターを「美しい"チャプター11"シアター」と表現して集まった人たちを笑わせた。チャプター11とは米連邦破産法第11条であり、Kodakの破産法適用申請が認められたことで同劇場から"コダック"の名称が外されることになった(新名称はハリウッド&ハイランド・シアター)。KodakはCES 2012でFacebookを統合したカメラを発表したが、写真を撮る以上に、写真で表現・コミュニケートする人が増え、写真が情報をリンクさせるツールとして活用され始めたことに気づくのが遅すぎた。
Flickrの原点回帰が今の時代にも奏功するかは分からないが、近年のFlickrに厳しい意見を投げかけていたヘビーユーザーも再び前進を試み始めた同サービスの姿勢を歓迎している。少なくとも、新しい時代への移行を加速させる存在にはなるはずだ。