ベイエリアに住んでいると、春から秋口にかけてはほとんど雨が降らないので、夏の屋外イベントを快適に楽しめる。チケットが無駄にならない。東海岸に住んでいた頃は、独立記念日にキーウエストへ洋上花火を見に行ったらハリケーン直撃でホテルに缶詰め、25周年ウッドストックの時はオリジナルに負けず劣らずのどしゃ降りで泥まみれになったりと、悪天候に夏のイベントを台無しにされること度々だった。お盆休みをはさんだ夏の行楽期に旅行を計画している方も多いと思う。米国もこの時期は新学年直前の本格的な夏休み期間で、家族で長期バケーションをとる人が多い。そんな夏の旅行が悪天候にぶつかったら「金返せ!」と言いたくなるのは日米共通だと思うが、米国ではこの夏、雨が降ったら本当に旅行費用を払い戻してくれる旅行パッケージが登場した。

これは「Priceline.com」が試験的に行っている「Sunshine Guaranteed」という期間限定のプロモーションだ。バケーション先として人気のある米国、カナダ、カリブ、欧州の都市100以上が対象になっている。条件は、7月1日から9月7日の間に行く3~8日間の旅行パッケージで、出発の12日以上前に購入する必要がある。旅行日程の半分以上の日に、1日0.5インチ以上の降雨があれば、航空券、ホテル、レンタカー、アトラクションなどの経費をすべてPriceline.comが支払う。なお同プロモーションを利用しても、その費用が旅行パッケージに上乗せされることはない。なかなか魅力的なパッケージだ。

Sunshine Guaranteedでの旅行パッケージ予約期間は6月2日から7月17日までで、現時点では購入できない。ただ7月末に「ハリケーン・ドリー南部通過」があったりして、プロモーションが発表された先々月よりもよりも、むしろ今のほうがニュースなどで取り上げられる機会が増えている。

複雑な天候保険を、数クリックでカスタマイズ

Sunshine Guaranteedはサンフランシスコを拠点とするWeatherBillという会社のサービスを利用している。同社はGoogle出身のDavid Friedberg氏(CEO)とSiraj Khaliq氏(CTO)が設立したスタートアップで、過去の天候データと天候予測アルゴリズムを土台に、天候による損失をカバーする保険を提供している。

映画を例にすると、週末興行収入1位の映画の観客数は雨が降ってもほとんど変わらないが、アウトドアのレジャーに適した暖かい日や雨の降らない少しドライな日が続くと売上が9~10%程度減少するそうだ。そこで映画館経営者が5~8月頃の暖かくてドライな日を対象にした保険を購入しておけば、快晴続きでキャンプなどに客を取られても、その損失を補える。

WeatherBillが優れているのは、天候という予測しがたい自然現象を扱った複雑な保険商品をWebサイト上でシンプルな商品にまとめ上げている点だ。WeatherBillのWebサイト内ではいくつかのツールが提供されている。例えばWeather Riskツールでは、事業地域、平均売上高、季節や曜日による売上の変化、天気や温度の違いで受ける影響の度合いなどを入力すると、天候がビジネスに与える影響と保険ソリューション例などをカスタマイズしたページが作成される。簡単な保険商品の見積もりをはじき出すツールも用意されている。例えば「8月14日から18日にニューヨーク市で1日0.5インチ以上の雨が降ったら、1日100ドルの支払い希望」と入力。リターンされた見積もりによると、過去の統計データから該当期間に0.5インチ以上の雨が降る日数は0~1.1日、掛け金は「67.97ドル」だ。この条件(旅行期間)で旅行代理店が保険をかければ、Priceline.comと同様に「雨が降ったら1日50ドル支払い」というようなプロモーションを行える。非常に分かりやすい。天候に対する保険は作成が難しいと聞いていたのに、複雑なケースに設定してもあっさりと見積もりが出てくる。しかも、ことごとくこちら側に儲けが出そうなお手頃な掛け金だ。それでも「保険として成立している」という。

天候がビジネスに与える影響を診断するWeather Riskツール。月ごとの収入の変化をグラフで入力

見積もり画面。期間や場所、天候の条件、支払額などを順番に入れていくだけで、数秒で掛け金が算出される

ギャンブルに悪用されないように、WeatherBillの契約者はECP(Eligible Contract Participant)に限られるが、条件さえ満たせばスモールビジネスや個人事業者でも契約可能だ。膨大な天候データに個々の条件を照らし合わせて、すぐに保険サービスをカスタマイズしてくれる。Priceline.comのSunshine Guaranteedによって広く知られるようになったが、他の多くのEコマースと同様に、スモールビジネスや個人に新たな門戸を開いてくれるサービスと言える。

原油高騰どこ吹く風のSouthwest航空

WeatherBillに関しては、利用価値を判断する材料が揃っていないのが現状であり、今後の可能性はまだ不透明だ。ただWeatherBillの登場によって、巨大エネルギー企業でもないスモールビジネスや個人事業者でも、天候リスクをヘッジできる選択肢が増えた。この違いは大きい。

7月24日に短距離専門の米航空会社Southwestが4~6月期決算を発表した。売上高29億ドルで前年同期比11.1%増、純利益3億2,100万ドルを計上した。指定席がなく"バスのような飛行機"と揶揄されるSouthwestだが、航空業界全体が原油高騰の直撃を受ける中で、なお利益を上げ続けている。

現在のSouthwestの業績を支えているのは、原油価格が10ドル台だった1999年に導入し始めた大規模なヘッジ・プログラムだ。安いレベルで燃料購入価格を固定する長期契約を結んだ。もちろん燃料ヘッジが奏功するとは限らず、逆に損失につながる可能性もある。ただSouthwestのケースでは、歴史的に原油価格が安いレベルで、どの航空会社も燃油コストを意識していなかった頃に動いた。今にして思えば、失敗しても大きな損失を被る可能性は極めて低く、一手がうまく決まった時の成功は大きいのだから、動いたほうが得策である。だが実際に行動に移したのはSouthwestだけ。当時何もしなかった航空会社は今、燃油コストに苦しんでいる。

何もしなければ、何も失うものがないように思えるが、常に自分の置かれている状況と、将来の考えられるリスクに目を光らせておかないと、リスク対策の怠りになってしまう。今でもほとんどのビジネスにとって天候は、その変化にただ身を任せるしかない存在である。ところが実際にはWeatherBillによって、ビジネスの大小を問わずに(なにもしない)リスクについて考えられる。そこを意識できる目を持てれば(WeatherBillのケースに限らず)、かつてのSouthwestのように誰にも見えなかった一手が打てる可能性が広がる。

Priceline.comはリスクをプロモーションに転じた。同社としては、雨が降っても支払い分を持つのはWeatherBillだから損はしない。Sunshine Guaranteedの旅行パッケージが期待していたほど売れなかったら、売上げに対して保険掛け金が予想以上の割合を占める可能性はあるが、それでも利用者に「大胆なプロモーション」と思ってもらえる効果を期待できる。ユニークなリスクの相殺方法である。