骨太方針2020(正式名称は「経済財政運営と改革の基本方針2020~危機の克服、そして新しい未来へ~」)が、7月17日に閣議決定され、公表されました。
今回の骨太方針2020では、コロナ禍で機能しなかった行政手続きのオンライン化について言及されています。今回は、その内容について見ていきたいと思います。
骨太方針2020のデジタル化に対する問題意識
骨太方針は、その正式名称が示す通り、主に経済・財政の新たな柱となる政策を打ち出すことが、これまで目的となっています。今年度は新型コロナウィルスの感染拡大で、打撃を受けた経済状況を踏まえて、どのように経済・財政を立て直していくのかを軸として、展開されています。
骨太方針2020は、以下の3つの章からなっています。
第1章 新型コロナウイルス感染症の下での危機克服と新しい未来に向けて
第2章 国民の生命・生活・雇用・事業を守り抜く
第3章 「新たな日常」の実現
第1章の「感染症の拡大を受けた現下の我が国経済の状況」の項では、以下のような文章があります。
「今回の感染症拡大は、各国の言わば脆弱な部分を攻めてきており、我が国の場合も、課題やリスク、これまでの取組の遅れや新たな動きなどが浮き彫りとなった。」とし、例えばとして、最初に「今般の感染症対応策の実施を通じて、受給申請手続・支給作業の一部で遅れや混乱が生じるなど、特に行政分野でのデジタル化・オンライン化の遅れが明らかになった。」とし、「行政分野でのデジタル化・オンライン化の遅れ」を課題にあげています。
(図1)は、第1章のその部分を図で示したものです。
その他に「浮き彫りになった課題やリスク」として、「都市過密・一極集中のリスク」「新しい技術を活用できる人材の不足」「非正規雇用者やフリーランス、中小・小規模事業者の苦境」「グローバル・サプライチェーンの脆弱さ」などを挙げています。
また、(図1)にある通り、第1章では「国際秩序の揺らぎ」やこれまで抱えてきた構造的な問題なども取り上げています。
そして、「ポストコロナ時代の新しい未来」の「新たな経済社会の姿の基本的方向性」として『「新たな日常」を通じた「質」の高い経済社会の実現』を掲げ、「具体的には、以下の3つが実現した社会を目指す。」としています。
●個人が輝き、誰もがどこでも豊かさを実感できる社会
(柔軟性・多様性、変化や失敗の許容、ワーク・ライフ・バランスの実現)
●ひとり取り残されることなく生きがいを感じることのできる包摂的な社会
(セーフティネット、人とのつながり、不安に寄り添う)
●国際社会から信用と尊敬を集め、不可欠とされる国
(自由貿易の維持・発展、新たな国際秩序・ルールづくり、国際協調・連帯)
この3つは、優しい言葉で書かれていて、意味はよくわかりますが、ポストコロナの時代に向けて、どのようにしてこのような社会を実現していくのでしょうか。
第1章では、この後、「国民の生命・生活・雇用・事業を守り抜く」『「新しい日常」の実現』と続き、それぞれが第2章、第3章として、詳しく展開されています。
第2章では、現状の「ウィズコロナ」下での経済戦略や、激甚化・頻発化する災害への対応について、施策が展開されています。
そして、第3章では『「新しい日常」の実現』について語られています。
「新しい日常」の実現でデジタル化の果たす役割
(図2)は第1章で展開された『「新しい日常」の実現』の概要を示したものです。
「10年掛かる変革を一気に進める」とし、「年内に実行計画を定め、断固たる意志を持って実行」といった言葉に、今までにない政府の覚悟を感じます。
では、この(図2)と、第3章の内容と合わせて、政府が「新たな日常」をどのように構想しているのか、みていきましょう。
「新たな日常」の実現で、真っ先に掲げられているのがデジタル化です。そのなかでも、最初に取り上げられているのが、「次世代型行政サービスの強力な推進―デジタル・ガバメントの断行」です。
この項目の冒頭には、今回のコロナ禍での対応について、以下のような反省が述べられています。
「今回の感染症対応において、マイナンバーシステムをはじめ行政の情報システムが国民が安心して簡単に利用する視点で十分に構築されていなかったことや、国・地方自治体を通じて情報システムや業務プロセスがバラバラで、地域・組織間で横断的にデータも十分に活用できないなど、様々な課題が明らかになった。」
では、課題をどう認識し、どのようにして課題を克服しようとしているのでしょうか。ここでは、以下のような項目が並んでいます。
①デジタル・ガバメント実行計画の見直し及び施策の実現の加速化
②マイナンバー制度の抜本的改善
③国・地方を通じたデジタル基盤の標準化の加速
④分野間データ連携基盤の構築、オープンデータ化の推進
①デジタル・ガバメント実行計画の見直し及び施策の実現の加速化では、
「政府全体で様々な行政手続のデジタル化を一気に実現する。内閣官房は現行のデジタル・ガバメント実行計画を年内に見直した上で各施策の実現の加速化を図る。その際に、これまでの教訓を活かし、業務プロセスそのものの見直しを含め、できることのみならず、必要なことを全て同計画に盛り込む。」とし、「行政のデジタル化の集中改革を強力に推進するため、内閣官房に民間専門家と関係府省庁を含む新たな司令塔機能を構築し、マイナンバー制度と国・地方を通じたデジタル基盤の在り方、来年度予算・政策等への反映を含め、抜本的な改善を図るため、工程を具体化する。」としています。
行政のデジタル化については、内閣に高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT総合戦略本部)が設置されており、従来からここが司令塔のはずだったのですが、内閣官房が旗を振っても、関係府省庁が足並みをそろえて来なかった現実があり、改めて「内閣官房に民間専門家と関係府省庁を含む新たな司令塔機能を構築」し、「10年掛かる変革を一気に進める」ための体制をつくろうということのようです。
②マイナンバー制度の抜本的改善では、
「デジタル・ガバメントの基盤となるマイナンバー制度について、行政手続をオンラインで完結させることを大原則として、国民にとって使い勝手の良いものに作り変えるため、抜本的な対策を講ずる。」としています。
そして新たにPHR(Personal Health Record)として、「生まれてから学校、職場など生涯にわたる個人の健康等情報をマイナポータル等を用いて電子記録として本人や家族が正確に把握するための仕組み」を構築する計画が出てきています。「マイナポータルには有用な情報がないから使われない」といった批判に応えるための施策と考えられますが、2022年までに情報提供を行うとしており、「個人の健康等情報」の電子化がどれだけできているのかわからないなかでは、実現可能性について、疑問を感じざるを得ません。
その他、マイナンバーカード普及のための施策や、特定定額給付金で話題になった公金振込口座の設定などの施策が展開されています。
こうした個々の施策よりも、「国民にとって使い勝手の良いものに作り変えるため」に大事なことは、この項の最後に書かれている、
「関係府省庁は、マイナンバー制度及び国・地方を通じたデジタル基盤の構築に向け、地方自治体の業務システムの早急な統一・標準化を含め、抜本的な改善を図るため、年内に工程を具体化するとともに、できるものから実行に移していく」ことが、司令塔機能を通して、実現することだと考えます。
③国・地方を通じたデジタル基盤の標準化の加速では、
前項で最後に取り上げた「地方自治体の業務システムの早急な統一・標準化」について、「地方自治体の基幹系業務システムの統一・標準化について関係府省庁は内閣官房の下この1年間で集中的に取組を進める。年内に標準を設ける対象事務の特定と工程化を行う。」としています。
これまで地方自治体を統括してきた総務省と、内閣官房に置かれる司令塔とが、どれだけ足並みをそろえて、進めていくことができるのかどうか、その成果によって、②マイナンバー制度の抜本的改善にも影響が出てきますので、注目していきたいと思います。
④分野間データ連携基盤の構築、オープンデータ化の推進では、
「官民のデータを有効に活用したデータの解析及びEBPM(エビデンス・ベースト・ポリシー・メイキング。証拠に基づく政策立案)の推進や、AIを活用した行政サービスの推進等を図るためには、IT総合戦略本部の下、関係府省庁が分野間データ連携基盤の構築やオープンデータ化を抜本的に進めることが必要である。このため、阻害要因を洗い出し、これを国主導で取り除いていく。」
現状の新型コロナウイルス感染者数が、紙ベースでファックス等を用いて報告され、リアルタイムの感染者数ではなく、何日か遅れた数字の発表になっていることや、感染者情報が国単位でデータベース化されていないことなどを考えると、データの有効活用を言う前に、「関係府省庁が分野間データ連携基盤の構築やオープンデータ化」ができていない「阻害要因を洗い出し、これを国主導で取り除いていく」が、まず何よりも大事になってきます。
「官民のデータの有効活用」は、ここ何年もIT総合戦略本部で議論されていますが、成果を産み出しているとはいえない状況で、上記のようなコロナ禍での状況がすぐに解消できるとは思えませんが、まず問題が見えているところから取り組んで、成果を国民に示すことが大事なのではないでしょうか。
今回は骨太方針2020がデジタル化に焦点を当て、特に行政サービスのデジタル化について言及している部分を中心にみてきました。
この骨太方針2020では、行政サービスのデジタル化について「内閣官房に民間専門家と関係府省庁を含む新たな司令塔機能を構築」することを明確にしました。また、行政サービスがうまく機能しないたびに問題になってきた、「地方自治体の業務システムの統一・標準化」にも早急に取り組むとしています。
8月3日日本経済新聞の朝刊には「自治体システム 仕様統一」の見出しで記事が出ました。記事によると、「政府は住民記録や税・社会保険などを管理する自治体のシステムについて、標準仕様への統一を義務付ける新法を制定する検討に入った。」としています。この新法が、決まるのは来年の通常国会のようですが、標準仕様の検討は、もっと早めに着手して、新法が制定されれば、すぐに実行に移せるように準備を進めしてほしいものです。
これらの取り組みが具体的に機能し、「10年掛かる変革を一気に進める」ことがどのように成果を産み出していくか、注目していきたいと思います。
中尾 健一(なかおけんいち)
Mikatus(ミカタス)株式会社 最高顧問
1982年、日本デジタル研究所 (JDL) 入社。30年以上にわたって日本の会計事務所のコンピュータ化をソフトウェアの観点から支えてきた。2009年、税理士向けクラウド税務・会計・給与システム「A-SaaS(エーサース)」を企画・開発・運営するアカウンティング・サース・ジャパンに創業メンバーとして参画、取締役に就任。現在は、2019年10月25日に社名変更したMikatus株式会社の最高顧問として、マイナンバー制度やデジタル行政の動きにかかわりつつ、これらの中小企業に与える影響を解説する。