いつでも会社や業務に関する知識を探し出すことができるクラウド時代、情報の流れが早いだけにビジネスモデルも猛スピードで変わっていきます。若い世代より長い経験があるからとか、業界特有とか専門分野の業務の知識があるからという理由では、今後部下を引っ張っていくことはできないでしょう。かといって高い給料で繋ぎ止めるとかもできない状況です。

これからの40代は自分が習ってきた指導とは違う方法で若い世代のマネジメントをしていかなければいけないというものの、では何をもって若い社員を引き止め、モチベーションを上げていくのでしょうか。

会社と個人の成長は別、同床異夢をマネジメントする時代

ここまではクラウドが知識の流通を簡単にしたために、過去の経験が活かせない状況になっていることを説明してきました。そしてその結果、経験という価値が暴落し、年功序列の崩壊や上司への価値観も変わってきているのですが、実は、高度成長期のワークスタイルや労働観はIT以外の要因でもすでに変わらざるを得ないところに来ています。

一つは失われた20年による育った環境の違いによる世代断絶で、もう一つは低成長と少子高齢化による生活環境の変化です。

第1回でも書いたように、働くほどに豊かになる高度成長期に育った40代は「会社の成長=個人の成長」であり、上司に従ってがむしゃらに働けばいつか報われると心の底で信じている部分があります。そして、それを無意識のうちに部下や後輩にも求めますが、その価値観は、失われた20年を働いた親の背中を見て育った若い世代に拒絶されてしまいます。

会社や上司の方針にとりあえず従うことがもっともベターで普通の選択という判断基準と、会社の成長や没落には関係なく、自分の幸せは自分で見つけなければいけないという判断基準の違いです。残念ながら多くの会社が明確な成長の方程式を持てない現状においては、「とにかく俺を信じろ!」と自信を持って言えるマネージャーは多くはないでしょう。

また、現状うまくいっているからといって、その状況が永遠に続くわけではなく、むしろ状況がすぐに変わるだろうことは、若い世代のほうがむしろよく理解していたりします。

マネージャーは、若い世代に給与の伸び以外の報酬を与えることを考えざるを得ない状況になってきています。頑張れば家が買える、買った家はきっと値上がりする、そして会社も大きくなり部下も給料も増えるなんて、今は40代でも信じてはいないでしょう。

そこにさらに頑張れない物理的な制約、すなわち生活環境の変化が加わってきています。 具体的に言うと平均給与の下落での共働き、そしてそれによる地域コミュニティの崩壊、さらには高齢化です。

高度成長期に描かれたビジネス小説などによく出てくるシーンで、熾烈なビジネス戦争を戦っているライバル同士が、物語の佳境で片方の実家で親が倒れて出世街道を諦めて別の道を見出し物語が終わるというパターンがあります。

家庭におけるトラブルの勃発は人生において一大事であり(それは今も一大事ではありますが)、想定外の出来事だったのに対し、50代でも60代でも最前線にいる環境が普通になった現在では、勤続しつづけられない状況が来ることは人生の計算に必ず入れるべきファクターであり、それは親の介護という問題のみならず、自分自身の健康とも相談する事態になってきています。

かつての小説では、親が倒れた時点で田舎に引っ込んでも退職金と不動産、年金でその後の人生は食べて行ける保証はありました。もしくは専業主婦である妻が親の介護を引き受けて、夫はそのまま働き続けるという選択肢も考えられたわけです。

しかし、共働きになればそうはいきません。お互いに家事も育児も介護も分配しないといけない上に、どちらかが健康を害した場合、その負担は一気に増してきます。「24時間戦えますか?」と聞かれたら、「戦えません!」となる期間が必ず出てくるようになりました。

そんな状況で、「24時間働くことが美徳」という価値観の会社で働き続けたいと若い人が果たして思えるでしょうか。その会社に就職しようと思うでしょうか。

会社の成長とは別に、自分の道を探す方法が存在し、24時間戦わなくても成長して暮らして行ける人生設計を考えるのはごく当然であり、それが可能な会社に入ろうと思うのは自然の流れです。

クラウドを使いこなす会社と上司にいい人が集まる

クラウド技術を活用することで、いつでもどこでも仕事が出来るようになることは、この状況においてまさに求められて登場したとも言えます。

よく言われる例では、テレビ会議システムやグループウェアの活用によって、在宅勤務やサテライト勤務などのテレワークが可能になりますが、効果はそれだけではありません。

今までの共働きでは、夫婦のどちらかが主(たいていは夫)でどちらかが従でした。しかしクラウドの活用によって夫婦ともに主として働いたり、主従が入れ替わることも可能になってきたのです。

今までそれができなかった理由はいくつか考えられます。

  1. 会社の机に座っていないと情報が得られないので、長時間働かないと情報が得られない

  2. 従来の経験をベースに改善する仕事のやり方が重視されるので長く職場にいるほうが有利である

  3. 文書化された情報より暗黙知に頼って仕事をする部分が多いので、ブランクがあると追いつけなくなる

  4. 年功序列社会なので、長く働くほうが上位の階級へ行き、それを後で逆転することができない

これらについては、クラウドが解決します。極端な例では、在宅勤務のメンバーの会社でのデスクにモニターを置き、そこにテレビ電話やテレビ会議システムなどでずっと自宅の部屋の様子を映し、同時に会社の映像や音声も自宅へ流すことをしていれば、自席周りの会話はキャッチアップできますし、忙しそうか暇そうかの様子も伝わります。

また、グループウェアなどで日報や報告書を上司のみならず関係者全員へ共有する習慣がある会社では、その場の情報共有にとどまらず、過去の出来事もいつでも見ることができます。

また、育児休業や介護休暇からの復帰時にも、これらの過去の情報を見ることにより周囲の助けをほとんど借りずに状況をキャッチアップすることが可能になり早期の復帰が可能です。

在宅勤務やモバイルワークについては、サービス残業の助長につながるとか、成果が把握しにくいなどの弊害も言われますが、職場で顔を合わせるミーティング中心の仕事のやり方をしながら、在宅勤務の制度のみ取り入れようとして矛盾が生じている例が多いようにも思います。

自分の仕事をクラウド上に残し、メンバーの仕事もクラウドを通して共有する習慣さえつければ、デスクでやる仕事も家でやる仕事も、昼やる仕事も夜やる仕事も、時間と場所がシフトしているだけで本質的に変わらないものであることがわかります。

仕事は担当者の頭の中だけにあり、デスクの上は紙の伝票が飛び交っている職場で、勤務制度だけを変えても効果は出ないでしょう。若い世代はプライベートではfacebookなどを使いこなして時間差コミュニケーションを普通に取る昨今、グループウェアや電子ワークフローを活用すれば、若い世代はそれを活き活きと使いこなしますし、それで仕事が進むことを喜んで受け入れることでしょう。

会社が変わらないと嘆くよりクラウド上司を目指そう

世の中の革新的な取り組みを行う会社の多くは、全部が全部革新的な社員が集まってできているわけではありません。多くは、ほんの一部の新しい発想とそれを受け入れやすい環境があれば、次第に変わっていくのです。

新しい発想はどうやって生まれるのか? そしてどうして自社ではそれができないのか? そのヒントの一つは回し車にあると思います。

飼っているネズミを運動させるための器具で知られる回し車(ハムスターホイール)の構造はご承知のとおりです。

ハシゴのついた車の中にネズミが入ると、ネズミの足の動きに応じて車が回ります。車は回って、ネズミは目の前のハシゴがどんどん下に下がるので、なおさら足の動きを速めて車の回る速度が速くなります。しかし、車よりネズミの体重が重いので、ネズミの位置はいつまで走っても同じで、車だけがどんどん回り、ネズミの目の前の景色はずっと回り続けるという効率的な運動器具です。

この器具、ネズミの目の前の景色はずっと回り続け、それに応じてネズミは反射神経的に足を動かします。傍から見ると笑える風景ですが、みなさんの会社もこうなっている可能性はないでしょうか?

日々のルーティンワークが自動的に下に落ちてくるので、社員は必死で足を動かす。動かせば動かすほどルーティンワークは逆に増えて、さらに足を必死で動かすけど、実は自分の位置は全く変わっていない。しかし、目の前の風景は動き続けるので、ものすごく忙しく仕事をしたことになっている。

当たり前の話ではありますが、給料が上がるには会社の労働効率があがらないといけません。同じ人員で昨年より多くの収益を上げてはじめて、収益の分配としての給与があがるのです。

つまり、回し車状態で仕事をしている限り、収益は変わりません。会社は変わることが宿命付けられている組織なのです。どうすればこのスパイラルを抜け出せるか、カギを握るのは環境と情報です。

新しい情報がインプットされれば、新しい発想につながります。例えば、紙の日報では上司と部下のやり取りだけですが、それをグループウェア上で展開すると、全社員が全社員の日報を見ることも可能です。違う部署、違う拠点の異なったメンバーの視点で日報を見るだけでも、会社の違う一面に気づきます。

サイボウズではこの仕組によって営業メンバーの日報に、顔も知らないような開発メンバーからのアドバイスが書かれることがしょっちゅう起こります。

また、環境を変えてみるのも回し車のスパイラルから抜け出す助けになります。経験や歴史が役に立たなくなれば、自分の体験のみを部下に伝授しても参考にならないばかりか尊敬も得られません。

しかし、いろんな最新情報に常に触れる機会や、最新知識を持つ人達と交流できる環境を提供することで、自分自身も部下も、回し車のスパイラルから離れて新しい仕事をする機会が得られるのではないでしょうか。

会社を変える第一歩は自分の環境を変えることから

ちょっと乱暴な言い方になりますが、従来のワークスタイルや労働観のまま逃げ切れる50代に代わって、今まさに会社の中核になりつつあるのは40代です。極端に言えば、40代が「変われないうちの会社」と嘆くのは、下の世代からすると責任放棄の無責任という見方になりますし、魅力的な労働環境は40代が率先して提供すべきなのです。

筆者は在宅勤務やテレワークをテーマにしたセミナーで話す機会がよくありますが、質疑応答の時間になると、ほとんどが産休や育休を取るような部下がどうやったら在宅勤務できるかという質問や、部下が在宅勤務をした場合の管理方法について聞かれます。そして、自分が取るにはどうしたらという質問はほとんど聞きません。

これでは残念ながら部下ではなく、自分自身が回し車の中でまわっている状態だと周りから思われても仕方ありません。自分も取るという発想でまず取り組んで見ることが、環境を変える第一歩です。

自分で在宅勤務を一度経験すると、在宅勤務する社員の気持ちがよくわかります。実のところ上司が心配しているようなサボれるという感覚はむしろ少なく、サボっていると思われないようにいつもより必死に仕事をするとか、不安なのでグループウェアなどに頻繁にアクセスするとか、紙の書類による業務的な制限がよくわかるはずです。

部下を変えるより、まずは自分を変えてみる。自分を変えるためには、仕事をする環境、そして入ってくる情報を変えてみることから始めましょう。

クラウドを活用して、自宅でもカフェでも、いつもと違う場所で仕事をしながら、部下とコミュニケーションを取ってみたらいかがでしょうか? やり方は、たぶん若い部下たちが喜んで教えてくれるはずです。

著者プロフィール

野水 克也(のみず かつや)
 サイボウズ 営業・マーケティング本部フェロー

1989年新卒で入社したプロダクションでテレビカメラマン(途中よりディレクター兼務)を勤め、報道からワイドショー、ドキュメンタリー、情報番組など多様な雑学と取材テクニックを学ぶ。

1995年に実家の零細建設業に入り半年後に代表取締役となる。業界団体の県統一積算プログラムの開発プロジェクトのリーダーを務めた際に本格的にITに興味を持つ。

2000年、中小企業でのインターネット普及の可能性を感じて、サイボウズ入社。IT業界一でベタだった広告宣伝を担当した後、営業マネジャー、製品責任者、マーケティング部長を歴任して現職へ。

テレビカメラマン、ディレクター経験を活かした成長企業の取材を元に、中小企業経営者向けの啓蒙記事の執筆や年間50回を超えるセミナー講演などで全国を飛び回っている。

セミナーでは経営者向けの真面目な話が主だが、得意のマーケティングでは意外性重視。IT業界一ベタと言われたネット広告はもちろん、首都圏の電車中にCD-ROMを吊り下げたり、社長に内緒でエイプリルフールに嘘製品をリリースをしたりやりたい放題。もちろんカメラ好きで、最近はダイエットを兼ねて自転車で被写体をブラブラさがすのが休日の定番。たま~にガジェット通信でも記事書いてます。バブル世代だが、バブル時代にはテレビ業界の底辺で奴隷以下の扱いを受けていた悲しい過去をもつ。

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