前回はIT、特にクラウドがビジネス環境をどう変えるかということを書きました。確かにクラウドはビジネスを激変する可能性を秘めています。しかし、変えるのはビジネスだけではありません。クラウドの利点として、在宅勤務やノマドワークといったワークスタイルがやりやすくなることがよく言われますが、実は単なるワークスタイルを超えて、日本の労働観も変えようとしています。

どうしてクラウドが労働観まで変えてしまう可能性があるのでしょうか?

そもそも革命とは?

革命(Revolution)とは、「権力体制や組織構造の抜本的な社会変革が、比較的に短期間に行われること」(Wikipediaより)であり、「レボリューション」の語源は「回転する」の意味を持つラテン語の「ラテン語: Vulgar」」(同)なので、要するに秩序の天地がひっくり返る価値観の下克上を指すようです。

政治の世界では、欧米でもアジアでも数多くの有名な革命がありますが、日本では有史以来「革命はない」ということになっています。明治でさえ「維新」ですから。意味の捉え方の問題はあるでしょうが、つまり、日本人は性格的に元々革命が苦手か嫌いなんでしょう。その代わりに「カイゼン」という得意技があります。

クラウドコンピューティングが革命というのはいささか大げさな気もしますが、そもそもどうして「クラウド革命」などと呼ばれるのでしょうか。

クラウドコンピューティングの仕組みは、今まで企業内を中心にデータやサーバの管理をしていたものをインターネット空間のどこかの国内外のデータセンター(多くは共用の)で運用するように変えたものにすぎません。技術的には革命的な要素はあまりありません。 革命的なのは技術ではなく、運用の違いがもたらす劇的な変化です。簡単に言うと、サーバがインターネットにあることで「知識がいつでもどこででも手に入る」ことが「クラウド革命」と呼ばれる理由です。

今までの会社の外から、社内の情報を見ることができる企業はたくさんありました。しかしそれはサーバが社内にあり、臨時で一部の情報を社内に覗きに行っていたに過ぎません。

クラウドの場合は、元よりサーバが社内にはありません。つまり、いつでもどこでも何でも情報が手に入る状態がデフォルトであって、そこからセキュリティや慣習などの理由で制限がかかるだけです。

クラウド革命で逆転する仕事の価値観

しかし、このデフォルト状態の違いがビジネスに大きな影響をもたらします。

例えば、学校の試験では一般的に「覚える」ことの量が測られます。記憶量だけが学業成績というわけではないですが、少なくとも学校の教科書を全部暗記するだけで、今の試験では良い成績を収めるのは間違いないでしょう。しかし、クラウド時代は違います。もし試験会場にタブレット端末を持ち込めるようになったらどうでしょうか? 試験中は自由にインターネットにアクセスして、答えを探すことができます。

ある学生は、辞典サイトにアクセスして調べるかもしれません。別の学生はそれこそ一時期問題になったQ&Aサイトへ試験問題を記入して、答えを待つかもしれません。少なくとも高校レベルまでの試験問題の半分以上は、その存在意義を失うでしょう。ここで必要になるのは、暗記力ではなく、検索力やネットワーク力です。

もし試験にあらゆる情報端末が持ち込みOKという事になれば、学生が勉強するという行為は、教科書を覚えることではなく、教科書にあることをいかに早く検索するか、もしくはいかに早く理解してそれを応用できるかになります。

おそらく試験問題は教科書をそのまま覚えてもほとんど役に立たない洞察力や創造性を問う問題ばかりになるでしょう(現実には、採点者の能力の方がむしろ問われてしまうと思いますが)。

クラウドコンピューティングにおける劇的なビジネスの変化はそれに近いものがあります。今までのビジネスに必要な知識やスキルを覚えた者が優秀になるというわけではなく、必要な知識を早く検索し、それを応用して新しいビジネスを創造する人が優秀ということになります。

こうして情報の流れが劇的に早くなることで、ビジネス環境の変化の速度も上がります。変化の速度があがれば、経験ではなく情報の活用が企業の優位性に繋がります。つまり経験値で出世するのではなく、変化の度合いで出世が決まる世の中です。変化の度合いが評価軸になった時、記憶力や経験の量をベースにした年功序列ではない序列が生まれます。

そして、企業の競争優位の原則が変わってきます。この価値観の変革こそが「クラウド革命」の言葉の所以です。

経験という価値の暴落で年功序列が崩壊する

クラウドもインターネットも無かった頃、仕事に必要な知識は、専門書を読んで覚えるか先輩から教えてもらうかして覚えていました。知っているというだけで先輩の存在価値はあったわけです。そして、そのビジネス経験が長く、知識とノウハウを身につけた人が偉くなり管理職に出世していったわけです。ストックした量の多いものが勝つという図式です。

そして、そのモデルに合うように労働制度が作られていました。終身雇用と年功序列制度はその主たるものです。企業としては長く働いてノウハウを蓄えた人に高い給料を払う価値があったのです。

そしてその時代のホワイトカラーは、覚えた知識やスキルを駆使することで報酬をもらい、それらのノウハウを体系化して仕様やマニュアルに落としこみ仕事の仕組みを作っていったわけです。しかし、クラウド時代には自社の中を探さなくても知識はネット上ですぐに手に入ります。

さっき病院でもらった薬がどういうものかも、浮気して離婚訴訟になった時の慰謝料の相場も、一番安い自動車保険の保険料も、新しい会社の作り方も、買いたいと思ってる掃除機を実際に使っているユーザーの評判も。20年前には専門家に聞く以外に知るすべがなかった情報がいつでも手に入ります。

それは、蓄えた知識を使って作業する事務系のホワイトカラーの価値を落としただけではなく、企業のビジネスモデルを変えようとしています。全国チェーンのお店が瞬く間に地域の商店を奪ったのは、情報システムの発達と深い関係があります。

今や全く未経験の大学生を3人連れてきて3日間も教育すれば、あとは放っておいてもコンビニエンスストアが運営できる時代です。当たり前のように思えますが、みなさんの会社で3日で教育して、あとは放っておけば仕事が回る仕組みが果たしてあるでしょうか?

昔は普通のお店だって丁稚奉公から何年も働かないと仕事は覚えられなかったことを思えば、コンビニの仕事が簡単なのではなく、優れた情報システムが現場を支えていることにすぐに気づくはずです。

一時期問題になった名ばかり管理職(店長)は、こういった環境で生まれ、当然のことながら昔ほどの権威は持てません。アルバイトでも店長が務まる仕組みが構築されていれば店長の価値がさがることは当然の成り行きでしょう。

40代バブル世代の先輩としてバブル世代を教育してきた50代以降と、これから会社の中核になる40代を取り巻く環境の大きな違いは、経験や知識とは全く違うスキルで今後評価される上に、違う労働観で部下をマネジメントしなくてはいけないということです。

それはIT知識やPCの操作に強いとかいう話ではなく、情報システムができる仕事(作業経験とかマニュアルに書かれているようなこと)ではないクリエーティブな仕事をしたり、多様な労働スタイルをマネジメントするスキルを身につけないとマネジメント職には就けないということです。

では、クラウド時代のマネージャーに求められるスキルや労働観はどうなるのか、次回で考察してみます。

著者プロフィール

野水 克也(のみず かつや)
 サイボウズ 営業・マーケティング本部フェロー

1989年新卒で入社したプロダクションでテレビカメラマン(途中よりディレクター兼務)を勤め、報道からワイドショー、ドキュメンタリー、情報番組など多様な雑学と取材テクニックを学ぶ。

1995年に実家の零細建設業に入り半年後に代表取締役となる。業界団体の県統一積算プログラムの開発プロジェクトのリーダーを務めた際に本格的にITに興味を持つ。

2000年、中小企業でのインターネット普及の可能性を感じて、サイボウズ入社。IT業界一でベタだった広告宣伝を担当した後、営業マネジャー、製品責任者、マーケティング部長を歴任して現職へ。

テレビカメラマン、ディレクター経験を活かした成長企業の取材を元に、中小企業経営者向けの啓蒙記事の執筆や年間50回を超えるセミナー講演などで全国を飛び回っている。

セミナーでは経営者向けの真面目な話が主だが、得意のマーケティングでは意外性重視。IT業界一ベタと言われたネット広告はもちろん、首都圏の電車中にCD-ROMを吊り下げたり、社長に内緒でエイプリルフールに嘘製品をリリースをしたりやりたい放題。もちろんカメラ好きで、最近はダイエットを兼ねて自転車で被写体をブラブラさがすのが休日の定番。たま~にガジェット通信でも記事書いてます。バブル世代だが、バブル時代にはテレビ業界の底辺で奴隷以下の扱いを受けていた悲しい過去をもつ。

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