これまでは艦載レーダーの話題が多かったが、今回は分野を変えて、パトリオット地対空ミサイルのレーダーを取り上げる。なお、日本の防衛省・自衛隊では「ペトリオット」と書いているが、本稿では「パトリオット」で通す。
実は、頭文字略語
英単語のPatriotは「愛国者」という意味があるのだが、実は地対空ミサイル・システムの場合、PATRIOT(Phased Array Tracking Radar Intercept on Target)という頭文字略語でもある。フェーズド・アレイ・レーダーでターゲットを追尾・交戦する、という機能そのまんまで、うまいバクロニムを考えたものだと思う。
パトリオットが使用する多機能型フェーズド・アレイ・レーダーは、当初はAN/MPQ-53。後に改良型のAN/MPQ-65レーダーが登場した。AN/MPQ-65を使用するのは、コンフィギュレーション3以降のシステムである。コンフィギュレーションといってもハードウェアの違いだけではなくて、ソフトウェアのバージョンも上がっている。
もともとパトリオットは1970年代に、地対空ミサイルとして開発された。その特徴は、TVM(Track Via Missile)という誘導方式にある。
セミアクティブ・レーダー誘導のミサイルでは、発射元のプラットフォームが用意するミサイル誘導レーダーが目標を照射する。ミサイルは、目標に当たって反射してきたレーダー電波を受信して、それに基づいて自らを目標に導く。
ところがパトリオットのTVMでは、ミサイルはシーカーが受信したレーダー電波の情報を、無線で地上の射撃管制システムに送る。そして射撃管制システムは、自身のレーダーによるミサイルと目標の追尾データ、それとミサイルからダウンリンクしてきた反射波のデータに基づいて飛翔コースを計算して、ミサイルにそれを指示する。ただし命中直前の終末誘導段階では、ミサイル自身が反射波のデータを使って誘導を行い、ダウンリンクは使わない。
これは、ターゲットとなった敵機が囮を撒いたり、妨害を仕掛けてきたりした時の対処能力を高める目的で考案された仕組み。AN/MPQ-53レーダーやAN/MPQ-65レーダーは、この複雑な誘導システムを実現するため、捜索と追尾に加えて、ミサイルからのダウンリンク受信と、ミサイルへの誘導指令送信機能も包含している。だからアンテナ面には、捜索・追尾用レーダーの大きなアレイ・アンテナだけでなく、小さなアンテナがいくつも付いている。
なお、TVMを使用するのはレイセオン製のパトリオット・ミサイル。パトリオットのシステムを用いて弾道弾迎撃用のPAC-3(Patriot Advanced Capability 3)ミサイルを発射することもできるが、これはロッキード・マーティン社製で、誘導方式はアクティブ・レーダー誘導。だからTVMは使わない。
全周カバーという要求
艦載用のレーダーや対空戦闘システムは、どちら側から脅威が飛来しても対処できるように全周をカバーできる設計とするのが通例だが、パトリオットは違う。レーダー・アンテナなどを取り付けたパネルは1枚だけで、それを脅威の方向に向けて立てる。したがって、そのパネルが向いていない方面はカバーできない。
ところが、脅威のレベルが上がってきたとか、弾道ミサイル防衛の機能を強化する必要に迫られたとか、弾道ミサイル防衛も巡航ミサイル防衛も航空機からの防衛もまとめて実現する必要に迫られたとかいう理由で、レーダーの高機能化が必要になった。そこで出てきた要求項目の1つが「全周対応」。ミサイルは発射後に方向転換すれば済むが(ただし時間と運動エネルギーを余計に使う)、レーダーはそうは行かない。
そこで、2016年に持ち上がった新型レーダー開発計画が、LTAMDS(Lower Tier Air and Missile Defense Sensor)だった。もちろん、窒化ガリウム(GaN)の送受信モジュールを使用するAESA(Active Electronically Scanned Array)レーダー、いわゆるアクティブ・フェーズド・アレイ・レーダーとする。
これに対してロッキード・マーティン社は、一面回転式のフェーズド・アレイ・レーダーを使用する案を出した。レーダー自体の名称はARES(AESA Radar for Engagement and Surveillance)という。これだと全周を均等にカバーできるが、アンテナが物理的に回転している以上、全周の同時監視にはならない。瞬間的にだが、穴が開く。
対してレイセオン社が提案したのは、3面固定式のフェーズド・アレイ・レーダーを使用する案。ただし同じものを3枚並べるのではなくて、大型のメイン・アレイが1面あり、その背面に左右斜め後方を向けて2枚のサブ・アレイを並べる方法。
もちろん、メイン・アレイの方が能力的に優れているはずで、これを主たる脅威の方に向ける。それでお留守になる副次的脅威については、2面のサブ・アレイでカバーするという発想。全周を同レベルでカバーできるが、代わりに向きに応じて重み付けが違ってくる。
以下の動画はレイセオンが公開したLTAMDSの紹介用で、最後に、3面のアレイを備えたレーダーの画が出てくる。
「そういえば、他にも似たようなことをやっているレーダーがあったな」と思ったら、なんのことはない。航空自衛隊のJ/FPS-5、通称「ガメラレーダー」がそれである。三角柱(厳密には角を落としているので六角柱)の筐体に、主アレイ1面と副アレイ2面を取り付けており、状況に合わせて向きを変える。
航空自衛隊のレーダーサイトは、おしなべて辺鄙な場所の山の上にあるものだが、J/FPS-5のうち1基は、青森県・大湊の駅前から見上げることができる場所に据えられている。
レイセオン案を採用
そして米陸軍が2019年の11月に採用を決めたのは、レイセオン社の案だった。同社は2020年2月に最初のLTAMDS用アンテナを組み立て終わっており、これから本格的に開発試験を実施することになると思われる。
もちろん、アンテナ・アレイの構造の違いだけで採否が決まったわけではないだろうが、なにかしらの影響があったのは確かであろう。「全周均等だが間欠的」と「全周同時監視が可能だが、向きによって重み付けが違う」を比較して、後者を選定した背後にどんな考え方があったのか。個人的に興味を覚える。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。