今回は、「え、あの会社がレーダーを作ってるの?」というメーカーを取り上げる。スウェーデンのサーブである。かつて存在したクルマのサーブ(Saab Automobile AB)と、防衛関連メーカーのサーブ(Saab AB)は別法人である。
戦闘機だけのメーカーではない
まず、ありがちな誤解を解くところから始めると、かつて存在したクルマのサーブ(Saab Automobile AB)と、防衛関連メーカーのサーブ(Saab AB)は別法人である。厳密にいうと、前者は後者の自動車部門として後から発足した。その、クルマのサーブがどうなったかは本題ではないので措いておく。
防衛関連メーカーのサーブは、J35ドラケン、J37ビゲン、JAS39グリペンといった戦闘機で知られているほか、日本ではサーブ340旅客機がなじみ深い。それだけでなく、実は、防衛電子機器の分野でもけっこうな地位を占めている。また、2014年にティッセンクルップからコックムスを買収したことで、艦艇建造も手掛けるようになった。
今回のお題は、その防衛電子機器部門。レーダー、電子戦装置、艦載指揮管制装置といった製品があるが、レーダーは主に、以下のような製品がある。
- エリアイ : 早期警戒機用のレーダー。スウェーデンをはじめとする複数の国で導入実績がある。四角い棒状のアンテナを持つフェーズド・アレイ・レーダーで、これを旅客機の胴体上に搭載する。
- PS-05/A : JAS39グリペンの眼となる射撃管制レーダー。
- ジラフ : 陸上用のレーダー。後述するように複数の製品がある。
- シージラフ : 陸上用のジラフを艦載化した製品。もちろん陸上用との共通性は高い。
- ARTHUR : 名称はARTillery HUnting Radarの略で、その名の通りに対砲兵レーダー。つまり、敵の砲兵隊が撃ってきた時に、飛んでくる弾の弾道を追跡して、発射地点を割り出すためのレーダー。
これらのうち、ジラフ・シリーズに着目してみる。なにしろ自国のみならず、アメリカの海軍や沿岸警備隊でも導入を決めている実績がある。
ジラフとは、どんなレーダー製品か?
英語でgiraffeといえばキリンのこと。実は、最初に登場したジラフ・レーダーは、アンテナを折り畳み式のアームに載せる構造で、使用するときにはそのアームを頭上に展開するようになっていた。するとアンテナの位置が高くなるので、その分だけ広い範囲をカバーできる。その、アームを展開した様が「キリンっぽい」と思ったのだろうか。
そして現在の製品群は、以下の面々になっている。
- ジラフ1X
- ジラフAMB
- ジラフ4A
- ジラフ8A
ジラフ1XはXバンド(Iバンド)を使用する小型の三次元レーダーで、上下方向は電子走査式、アンテナ自体は回転式(毎分60回転)。仰角70度までカバーでき、探知可能距離は75kmとされる。主として、地対空ミサイルのための対空捜索や、経空脅威の探知・警報を受け持つ。
ジラフAMBはCバンド(C/Hバンド)を使用する小型の三次元レーダーで、上下方向は電子走査式、アンテナ自体は回転式(毎分60回転)。仰角70度までカバーでき、探知可能距離は120kmとされる。地対空ミサイルのための対空捜索や、経空脅威の探知・警報に加えて、広域対空捜索にも対応する。AMBはAgile Multi-Beamの略。
そしてジラフ4AはSバンド(E/Fバンド)、つまりジラフAMBより低い周波数帯を使用する、やや大型の三次元レーダー。上下方向は電子走査式、アンテナ自体は回転式(毎分30回転または60回転)。仰角70度までカバーでき、探知可能距離は対空捜索モードで280km、対砲兵モードで100km。窒化ガリウム(GaN)の送受信モジュールを使用している。
基本型のジラフ4Aは1面回転式だが、これを固定式アンテナ・アレイにしたFF(Fixed Face)モデルもある。このFFモデルについては、極超音速飛翔体を探知するためのモードを追加する計画がある。当然、全周をカバーするには複数のアンテナ・アレイを必要とする。
ジラフ8AはSバンド(E/Fバンド)を使用する、ジラフ4Aよりも大型の三次元レーダーで、上下方向は電子走査式、アンテナ自体は回転式(毎分24回転)。仰角65度までカバーでき、探知可能距離は対空捜索モードで470km。窒化ガリウム(GaN)の送受信モジュールを使用している。
ジラフ8Aで面白いのは、レーダーなのに逆探知、つまりESM(Electronic Support Measures )の機能を備えているところ。一方で、ジラフ4Aと違って対砲兵モードは持たない。つまり、広域対空捜索が主眼。
ジラフ4Aとジラフ8Aは同じSバンド・レーダーであり、ハードウェアやソフトウェアの共通性も相応に高いようだ。以前に取り上げたメーカー各社と同様に、共通化できるものは共通化するほうが合理的である。
同じベースモデルから陸海に製品展開
これらのレーダー製品群のうち、ジラフ1X、ジラフAMB、ジラフ4Aには艦載型があり、それぞれシージラフ1X、シージラフAMB、シージラフ4Aと称する。
シージラフAMBはスウェーデン海軍のヴィズビュー級ステルス・コルベットに加えて、AN/SPS-77(V)1という制式名称を得て米海軍のインディペンデンス級沿海域戦闘艦も搭載している。幸いなことに、どちらのクラスの艦も現物にお邪魔したことがあるが、いずれもレーダーがエンクローズされた構造物の中に収まっているので、外からは見えない。
米沿岸警備隊の巡視船にもシージラフAMBを載せる話が決まっている。さらに、米海軍の空母と揚陸艦に搭載する新型航空管制レーダーAN/SPN-50も、シージラフAMBの派生型だ。正式に導入が決まれば20隻以上に載ることになると計算できる。
つまり、同じベースモデルを陸上だけでなく艦載用にも展開することで製品ラインを低リスクで拡張して、商機を広げているわけだ。ただし、製品ラインを拡大するといっても、陸海を股にかけてシリーズ展開している事例は珍しい。普通、陸上用のレーダーと艦上用のレーダーは別系統で、珍しい例外はタレスのSMART-Lぐらいのもの。
もちろん、陸上用と艦載用では艤装の仕方が違うし、求められる機能にも違いが出てくる可能性がある。そもそも、艦上では土台が揺れるのだから、動揺を打ち消すための処理を加えないと仕事にならない。だから、単に同じものを載せ替えてポン付すればOK、という話でもない。意外と難しい仕事だ。
アクティブ・フェーズド・アレイ・レーダーの心臓部となる送受信モジュールは、以前はガリウム砒素(GaAs)半導体を使用していたが、2010年代の後半から窒化ガリウム(GaN)にシフトした。他社もそうだが、最初に送受信モジュールを開発・熟成することで、組み合わせる数やアンテナの構造を変えながら製品ラインを広げることができる。
中小というには存在感が大きいが、決して業界の巨人とはいえないサーブにとって、少ないリソースとリスクで商機を広げるのは大事な課題。「数が出ないのでお値段が高くなります」では買い手がつかない。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。